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小説評論もどき 2010下半期 (15編)


私の読書記録です。2010年7月-12月分で、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2010
郭公の盤 著: 牧野修+田中啓文
早川書房 2010年, 1800円, ISBN978-4-15-209171-0 東京スカイツリー崩壊!?
音楽専門の探偵を営む天津金四郎 — 実は古代より皇室に仕え歴史の陰から 国家を守護してきた〈守宮〉の家の次男 — は立て続けに怪異なる事件に関わる。 山口の田舎にある神社に伝えられた門外不出の短歌にまつわる忌まわしい悲劇。 精神病院の患者により音楽療法の一環として結成されたバンド「アムネジア」の楽曲が引き起こした恐ろしい結末と、 その曲を収めたレコードにより新たに発生した、アウトサイダーアートを専門とする美術館の学芸員の失踪。 中国で謎の遺跡を発掘し精神を病んでしまった大学教授が山奥にゴミから創り上げる奇怪な装置。 全ては卑弥呼の昔から伝わる呪物〈郭公の盤〉から派生している。 恐ろしい力を解放するが、国が滅ぶというそれは、源平合戦や太平洋戦争の際に危うく使われかけたのだが、 再度、世に現れようとしているのだ。 そして日本を世界の覇者とするべく暗躍する勢力が〈郭公の盤〉を求め動き出している。 重責を嫌い家から離れていた金四郎だが、巻き込まれるようにこの陰謀に立ち向かうことになる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
厭なホラーの日本代表2人の共作。後味の悪い厭ホラーを想像していたらそれほどでもなく、 むしろ、粗削りで暴走気味の奇想が炸裂する伝奇小説。クライマックスでは怪獣まで出てくる。 どう考えてもネタにしか見えない描写もチラホラで、そういえばこの2人はバカ小説の書き手でもあったなぁ。 まあ、パワフルではあるな。
イカした言葉 「ところできみはだれだ。まさか馬鹿ではなかろうな。」(p248)
火星転移(上/下) (原題: Moving Mars) 著: グレッグ・ベア (Greg Bear) / 訳:小野田和子
ハヤカワ文庫SF 1997年(原典1993), 各760円, ISBN4-15-011187-1/011188-X 驚・天・動・火 / 転・移・夢・方
2171年の火星。地球支配下での統一の動きに反対する学生運動に参加した大学生キャシーアは、 理論物理学を志すチャールズと知り合い、未熟でぎこちない劇的だが短い恋に落ちる。 その後、政治の道を選んだ彼女は、出身家系のスタッフとして火星独自の統一実現のために働き、 地球との交渉に向かうのだが、その試みは失敗してしまう。しかし、あらゆる面で圧倒的優位にある 地球が火星の何かを恐れているらしいことに気づく。 時は過ぎ、再びキャシーアが身を投じた火星統一運動の末に、彼女は遂に成立した統一政府の副大統領に就任する。 その時、彼女の前に現れたチャールズは、超兵器としての利用さえ可能な物理学のパラダイム・シフトを 密かに達成していることを明かし、その運用・管理を新政府に託す。 しかし、それに気づき恐れる地球は火星への全面侵攻を開始する。未だ不安定な政府の代表として、火星を守るために、 キャシーアは職責を大きく超えた決断を迫られる。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★
火星SFにハズレなし、とはこの世界では良く言われる話だが、まさにその通り。 一大未来史の掉尾を飾る大作だ。 歴史の変換点に立ち会い苦悩し選択する主人公の視点から語られる、動乱する火星社会。 それを、宇宙の様相を変える科学理論の大ネタと、古代火星生態系の化石に彩られた火星の情景の美しさが盛り上げる。 人間と人工知能の精神の内面を神話を用いて描く『女王天使』と、政治と科学で歴史を描く本作が それぞれに恐るべき完成度で未来史の両端をなす、その力量に感嘆する。
イカした言葉 「星をめざすなら、明るいものをめざしなさい。」(上p170)
November, 2010
凍月 (原題: Heads) 著: グレッグ・ベア (Greg Bear) / 訳:小野田和子
ハヤカワ文庫SF 1998年(原典1990), 各560円, ISBN4-15-011242-8 熱力学が崩壊するとき、月を異変が襲う……
家系集団(BM)が社会・経済・事業の単位となって開拓が進む西暦2130年頃の月。 サンドヴァルBMの若者ミッキーは、義兄ウィリアムが主導する絶対零度到達を目指す科学プロジェクトの 渉外・財政面の統括を任されている。 困難なプロジェクトが行き詰まるなか、施設の冷却能力の余剰に注目したミッキーの姉ロウが、 地球から400人の冷凍された頭部を持ち込む。未来での復活を望む人々の冷凍遺体を保存していた 団体が経営破綻した際に買い取ったもので、保存の肩代わりをする替わりに、 それらの脳スキャンを行いその記憶をビジネスに使おうというのだ。 ところが、風変わりではあるがある種の勤勉さで地歩を固め、月の政治の要を押さえている 新興宗教信者からなるBMが、なぜか妨害工作を仕掛けてくる。 老獪な政治的罠に翻弄され屈辱を味わったミッキーは反撃の機会をうかがう。 そんななか、遂に絶対零度の実現が目前にせまる。 それは、思わぬことに宇宙の特性の変質を引き起こすことになるのだが...
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★
いよいよ舞台は地球を離れ、扱うネタも物理学と政治の領域へと移る。 発表順としては『女王天使』の次で、大部の他3作とは異なり薄い一冊で、 クライマックスたる『火星転移』への間奏曲的役割と言える。 明らかに誤った信念を持っていても政治的またはそれ以外の領域で有能であることは可能で、バカにしていると足下をすくわれる。 むしろその奇矯な信念を知らないと彼らと闘うことはできない、というなんだか実用的な教訓が得られる。 前書きでその辺の著者の経験が語られていたりする。
イカした言葉 「われわれは学び、変化するために生きている。それはつまり、あやまちを犯すということなんだ」(p159)
斜線都市(上/下) (原題: Slant) 著: グレッグ・ベア (Greg Bear) / 訳:冬川亘
ハヤカワ文庫SF 2000年(原典1997), 各800円, ISBN4-15-011311-4/011312-2 ナノテク・ユートピアが崩壊する日 / すべての謎は霊廟オムパロスに通じる
舞台は『女王天使』から10年ほど後のアメリカ。 ナノテクとセラピーを駆動力とし進歩してユートピアを謳歌する社会は、 セラピー受療者の精神が突如変調し機能不全に陥る原因不明の「退行現象」の蔓延に崩壊の兆しを見せていた。 そんな中、公安官マリアは違法な人体改造の末の殺人事件を捜査する過程で不審な自殺をしたある資本家と、 彼が死の直前に会ったポルノスターに行き着く。 また、前作で自意識を得た人工知性ジルに、由来不明の知性体ロディが接触してくる。 絡み合ういくつものプロットの中に、変化しすぎた社会を嫌うある政治的集団の暗躍が浮かび上がる。 そして、全ては、建築中の富裕層向けコールド・スリープ施設オムパロスへと収束していく。 そこは謎の男が襲撃のターゲットとして定めた先で、ナノテク武装による恐るべき戦闘のなか、 オムパロスに秘められた陰謀が姿を現す。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
時代としては『女王天使』に続く本作だが、発表は最も新しくその分「現代的」でもある。 テーマはセックスと家庭と政治、要は人と人との関係性とそのノードに関する思弁を軸としつつも、 濃密な近未来テクノロジー描写がキモとなる。ハチやアリのコロニーを演算素子とする人工知能なんてのもスゴイよね。 ひたすら象徴を重ね合わせる『女王天使』よりは素直な作りだが、作り込んだ構成がベアらしい。 敵役たる選良妄想にハマッた保守派の集まりは、金にモノを言わせて相当な陰謀を計画するのに 今ひとつ浅はかなのがちょっと面白い。
イカした言葉 「それって何? あたしたちの魂? それだって加工はできるわ」(上p328)
女王天使(上/下) (原題: Queen Of Angels) 著: グレッグ・ベア (Greg Bear) / 訳:酒井昭伸
ハヤカワ文庫SF 1997年(原典1990), 各720円, ISBN4-15-011176-6/011177-4 電子の天使=ナノマシンが開示するナノテク新世紀の壮大なヴィジョン / 21世紀メガロポリスに潜む殺人者の内宇宙へサイコダイブせよ!
2047年末。アルファケンタウリ星系に到達した無人探査機AXISによる、 文明の廃墟らしきもの発見の報告に世界中が騒然となるさなか、LAで高名な詩人が8人の弟子を惨殺する事件が発生した。 ナノテクノロジーを用い精神を解析し脳内の化学的・神経的調整を行う「セラピー」受療者が 社会経済活動の中核を担うこの時代では考えられない凶悪事件を捜査する公安官マリアは、 犯人ゴールドスミスの逃亡先と目される中米の独裁国家ヒスパニオラに向かった。 また、彼の友人で挫折した詩人のフェトルは、事件の衝撃を整理するため再開した詩作を通じて 自らの内部のゴールドスミスを葬送する試みを行う。 一方、セラピーの基盤技術・技法の開発者としての名声と地位を政治スキャンダルに 巻き込まれ失ったマーティン・バークは、ゴールドスミスを匿うメディア界の大立者から、 復権を報酬として依頼を受け、事件の動機を探るべく違法かつ危険な、ゴールドスミスの精神への潜入を行う。
ゴールドスミスの荒廃した〈精神の国〉で、ヴードゥーの神々が影を落とす政情不安に揺れるヒスパニオラで、 フェトルが暴走気味に吐き出す神話めいた詩の中で、 そして、アルファケンタウリで希望と絶望を体験する人工知能AXISと それを地球上でシミュレートする人工知能ジルの思考の中で、物語が平行する。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
思い立ってベアの大作未来史を、発表順ではなく舞台となる時代の順番に再読する。 まずは、発表・作中の時代の両方で端緒となる本書。 何と言っても特徴的なのは、4つのストーリーが交錯しないままに配置されることで、 しかし、それぞれはヴードゥー教神話を借りた象徴的キャラクターを通じてトポロジー的に同型で、 一つの主題が繰り返されるのだ。 そこで語られるモチーフは、罪と懲罰と自意識の発生に関するある種過激な考察で、 濃密な近未来社会の描写とあいまって、超硬質な問題作となっている。 ところで、ナノテクを駆使し創造された生体と機械の混成で、人を凌駕する判断能力を持った 人工知能を搭載した探査機が4光年離れた目的地に出発したのは作中では2013年。 金星探査で失敗している現実は残念。
イカした言葉 「これはすべて、冒険とみなそう」「でないと、恐怖をいだいてしまいそうだ」(上p183)
August, 2010
Fの肖像 フランケンシュタインの幻想たち  — 異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2010年, 914円, ISBN978-4-334-74846-3 FはフランケンシュタインのF! 瀬名秀明、円城塔らが登場 ―― 甦る屍体。人造人間。生命の創造。
異形コレクション第46弾。創造者フランケンシュタインと彼に創られ命を与えられた怪物、 それぞれの系譜18編
統合人格評★★★★ / SF人格評★★★ / ホラー人格評 ★★★★
『フランケンシュタイン』が傑出した物語なのは 発表後200年近く経っても、こうして、それを基盤とした新たな作品群が生まれ続けることだ。 固有名詞であるフランケンシュタインと彼の怪物そのものが登場する作品が多いというのも特徴で、描かれるモチーフも、 科学技術そのものが内在する闇、生命と死の逆転、自分の子どもでもある不気味な怪物といった多様な相を持つ。 今回の異形は、なかなかに素晴らしい。
September, 2010
逆想コンチェルト 奏の1/奏の2 編: SF Japan 編集部 & 問題小説 編集部
徳間書店 2010年, 各1700円, ISBN978-4-19-862964-9/978-419-862998-4 豪華競演!! 森山由海のイラストから「逆想」された12の物語/ 空前の競作本!! 森山由海のイラストから「逆想」された更なる12の物語/
イラストレーター森山由海(別名フジワラヨウコウ)のイラスト2枚を下敷きに、 それぞれの作家が短編小説を書き上げ、森山氏が3枚目のイラストを追加する、という趣向の企画アンソロジー。 SF専門誌「SF Japan」とエンターテインメント系一般小説誌「問題小説」の 共同企画として3年にわたって掲載された作品を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
企画の着想は面白い。お題となるイラスト2枚は、それぞれが異様でそこから 物語を汲み出す作者の技が楽しいが、また、そのイラストは曖昧なものであるが故に 各作家は自分のフィールドにそれを引き込んで処理することができ、作家の限界を試す、 というようなところまでは行っていない。 そこまでいけば凄かったのに、というのは読者のわがままか。
血の本 [I]ミッドナイトミートトレイン [II]ジャクリーン・エス  [III]セルロイドの息子 [IV]ゴースト・モーテル [V]マドンナ [VI]ラスト・ショウ (原題: Books of Blood I ~ VI) 著: クライヴ・バーカー (Clive Barker) / 訳: [I][III][V]宮脇孝雄,[II][IV]大久保寛,[VI]矢野浩三郎
集英社文庫 1987年(原典1984-85), [I]470円[III]520円[他]490円, ISBN4-08-760125-0/4-08-760126-9/4-08-760127-7/4-760129-3/4-08-760132-3/4-08-760136-6
クライヴ・バーカーの名を世に轟かせたデビュー作。 書き下ろしの短編集6冊という形式と分量も破格なら、そこに収められた29編の過激なスプラッター描写、 退廃と倒錯の物語群の衝撃的完成度も破格。
統合人格評 ★★★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★★
随分久しぶりに読んだのだが、そうか、もう20年以上経つのか。 本書は、キングなどの日常的リアリズムの書き手が君臨していたモダンホラーの世界に突然現れた新星が、 新時代のスタートを高らかに宣言した一つの事件でもあった。 スプラッターホラー映画を明確に意識した、血しぶきが飛び散り腐肉が散乱する直接的・映像的な描写ではあるが、 諧謔にあふれ、高尚な文学性とヨーロッパ的デカダンスを感じさせる物語は、ヒエロニムス・ボスの絵画にも例えられる。 そして、なんといっても面白い。20年の時をすぎてもその面白さは健在で、 いまだにこれらの物語の映像化が新たに行われていることはその証左でもある。 また、処女作にはその作家の全てがあると言うとおり、バーカーのその後の全ての著作のエッセンスが ここにあるいずれかの物語の中に読み取ることができる。
宇宙消失 (原題: Quarantine) 著: グレッグ・イーガン (Greg Egan) / 訳:山岸真
創元SF文庫 1999年(原典1992), 700円, ISBN4-488-71101-4 2034年、夜空から星々が消えた。ナノテクと量子論がもたらす、 戦慄の世紀末ハードSF!
2034年、太陽系は突如出現した〈バブル〉に覆われ、外宇宙から隔離された。 超越的存在の仕業としか考えられない事態に地球全土でパニックが起きたが、 それ以上の何かは起こらず、全てが謎のまま30年の月日が流れた。 その間に、人々は星々が失われたことにも慣れ、脳内の神経配線をナノテクで再構成し 精神機能を改変・強化する技術が商業ベースで流通するようになるなど、 社会はさらに発展を遂げている。そんな時代のオーストラリア。 探偵を営む元警官ニックのもとに、病院から行方不明となった女性患者を探して欲しいという依頼が届いた。 重度の脳機能障害で独力では一切活動不能であるにもかかわらず、 鍵がかかった密室から忽然と姿を消したというのだ。調査の末に、最先端科学ベンチャー企業の 謎のネットワーク〈アンサンブル〉にたどり着いたニックだが、捕らえられ内部に取り込まれてしまう。 そこで彼が見たのは、量子論上の観測問題の根幹に迫る実験で、〈バブル〉の正体と目的の解明につながるものであった。 そして、その実験結果を巡り〈アンサンブル〉内に発生した秘密グループが企てる一種のクーデターは、 世界を変容させようとしていた。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★
書棚の奥から取り出して再読。当時はやっていた電脳ハードボイルドの様式の上で、 量子論における観測問題をテーマにアクロバティックな論理の大技をかます。 作者の常なる主題である、人間であること、自由意志とは何か、の極限を探る物語であって、 そして宇宙の秘密について奇想天外な仮説を提起し、それ起点に奇怪とも思える純粋論理を厳密に 果てしなく繰り広げる思考実験は、書かれてから既に20年を経ているが、まだまだ新しい。
イカした言葉 「きみがなにかするたびに、きみは別人になる。」(p157)
August, 2010
破滅の箱/再生の箱 トクソウ事件ファイル①② 著: 牧野修
講談社ノベルス 2010年, 900円/960円, ISBN978-4-06-182543-7/978-4-06-182722-6 その箱の中を覗いてはいけない――。 / 壊れるべきは世界の方じゃないか?
県警金敷署特殊相談対策室、通称「トクソウ」。警察に持ち込まれる相談の中でも 霊だの宇宙人だのといった困ったものを取り扱う部署。要するに問題警官の左遷先部署なのだが、 ある時を境に、妄想めいた相談内容にリンクするような凄惨・凶悪な事件が続発する。 トクソウの捜査によって浮かびあがってきたのは、異端の犯罪学者、鴻上の唱えた〈環境=脳〉理論 — 環境を適切に調整することで犯罪を誘発することができる — を秘密裏かつ大規模に実践している何者かの存在。 犯罪が増加し街に悪意の濃度が増していくなか、陰謀の中心を明らかにするために奔走するトクソウ達だが、 敵は全く正体を現さないばかりか、彼らも次々と事件で傷つき命を落とし、また事件の狂気に取り込まれていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
「正義」と「法」と「治安」のそれぞれの間にあるギャップをイヤな感じで拡大し、 悪意と狂気で描き出す作者お得意の領分の作品。 ではあるが、警官が守るべきはこの三者のうちどれか、といった視点とか、 二重三重の構造を持つ陰謀の姿が明らかになるにつれスケールアップし政治的な問題へ変わっていくのは これまでにあまりなかったもので、社会派スリラーとも言えるかも。 鴻上理論はともかく、そこから最凶の犯罪学的装置である鴻上邸の設計へは飛躍がありすぎて 無理があるのはネックかな。霊的・呪術的要素なしで人を狂わせる家、というのは意外と新しいのだが。
イカした言葉 「最低でも五分ぐらいは、どんな人だっていい人なのよ」(破滅の箱 p141)
年刊日本SF傑作選 量子回廊 編: 大森望・日下三蔵
創元SF文庫 2010年, 1300円, ISBN978-4-488-73403-9 2009年の日本SFの精華19編
2009年の日本SF短編(どう見てもSFではなさそうなのも含む)の傑作18編をセレクト。 加えて、第1回創元SF短編賞受賞の松崎有理「あがり」を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
相変わらず、節操のない選択というかひたすら遠くの領域までSFと称してカバーしているが、 意外とやりすぎた感じはしないね。それに、そうでもないと僕の目に触れない作品も多いし。 ツイッター小説の倉田タカシ「紙片50」が面白かった。「あがり」は、アイデアが穴だらけでどうかなと思う。 そもそも、その実験は証明にならなさそうだし、その理屈ならソレを破棄すれば一気に解決じゃないの、 というのが気になって。
黄衣の王 (原題: The King in Yellow) 著: ロバート・W・チェイムバーズ (Robert W. Chambers) / 訳: 大瀧啓祐
創元推理文庫 2010年(原典1895, 1920), 1200円, ISBN978-4-488-55302-9 災厄と恐怖をもたらす戯曲
読んだ者の精神・魂を恐怖と狂気で冒し、ときに超自然的な災厄をもたらす戯曲「黄衣の王」、 各国で発禁処分になりながら、それでも伝染病のごとく広がる書物の存在を背景とした短編4編と、 アジア奥地から世界の滅亡を画策する暗殺教団の手を逃れ、身につけた霊能力で教団の魔術師・ 暗殺者と闘うアメリカ人女性の物語「魂を屠る者」を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
ラブクラフトが評価したことで名高い「黄衣の王」にようやく接することができた。 なにしろ1世紀以上前に書かれた話なのだが、画家出身の作者だけにヴィジュアルな表現がうまく、 時代背景はともかく話として古くさくは感じない。 「魂を屠る者」も日本で書かれたなら祥伝社から新書で出てそうなオカルトアクション。 全編を通じてすごく面白い、とは言わないが、意外なモダンさが印象的だ。
人間競馬 悪魔のギャンブル 著: 山田正紀
角川ホラー文庫 2010年 590円, ISBN978-4-04-144614-0 最後に生き残るのは誰だ?
JR新宿駅のホームから奇妙なゴシック建築が見えることがあるという。 その建物を飾る4体のガーゴイル像は生きていてこちらを見ている。 ガーゴイル達=悪魔達に運命をねじ曲げられ、いつの間にか始まったゲームのプレイヤーになってしまった4人の男女。 それぞれが心に黒々とした闇をたたえた犯罪者でもある彼らは、互いを殺し合うべく動機づけられ、 そのチャンスをうかがっている。そして、異形の四角関係は新宿駅へと収斂していく。
統合人格評★★ / SF人格評- / ホラー人格評 ★★★
タイトルを見て『カイジ』みたいなのを想像すると全然違って、 文字通り、異界の悪魔が人間を駒にギャンブルをする話。 実は作者の昔の作品『サブウェイ』に 相当程度かぶっているのだけどね。たまにこの作者はこういう唐突な小説を書くんだよね。
イカした言葉 「十八歳にならないうちは捕まってもたいした罪にはならない」 「そういう奴はどうしても仕事が甘くなる。」(p129)
July, 2010
NOVA2 責任編集: 大森望
河出文庫 2009年, 950円, ISBN978-4-309-41027-2 完全新作で贈る12人の夢の饗宴
特定テーマなしの日本SF短編書き下ろしアンソロジーの第2巻。12編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
前巻が最新日本SFのコアであったのに対し、 (神林長平を除くと)一般的にはSF作家とは分類されないものの優れたSFを 書いてきた作者達が周辺領域から斬り込んでくる作品群。一部、とんでもない異色作もあるものの、 ど真ん中剛速球のSF作品がそろう。
ジェイクをさがして (原題: Looking for Jake) 著: チャイナ・ミエヴィル (China Miéville) / 訳: 日暮雅通
ハヤカワ文庫SF 2010年(原典2005), 980円, ISBN978-4-15-011762-7 すべてを狂わせる異形の街で――
英国SF界の鬼才、チャイナ・ミエヴィルの短編集。異形の街へと変貌したロンドンを (またはロンドンを思わせるどこかを)幻視する14編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
チャイナ・ミエヴィルの幻視する世界には、不安と不満を核としたザラついた感触がある。 バリバリの左翼社会活動家でもある作者の特質なのだろうが、その物語の感触は読者の心にも伝染し、 胸騒ぎのするような読後感を残す。なかにはギャグ作品もあるのだが。