ニブロール『コーヒー』

桜井圭介

 冒頭、壁一杯に映し出される黒い鳥、WTCに突っ込む旅客機かアフガンを襲撃する戦闘機のような黒い鳥の群れが飛び交う何やら不穏な映像(高橋啓祐)と、ビョークが書いた葬送行進曲といった趣の劇的な音楽(加藤由紀)をバックに、しかし舞台ではカップルが白のモーニングとウエディングドレス姿で、壊れた漫才をやっている。「恋愛ネタ」、一応。キスしようとする男の口を手のひらで遮ってから相手の首に腕を回す女。一瞬の奇妙な抱擁。そして女はちゃっかり男の服で手を拭いて、平然と立ち去ろうとスタスタ歩き出す。がその途端、コケてやんの! 続けて二度も。なんだソレ?
 この前景と後景の余りな落差に「9.11以後のスーパーフラット」を見た気がした。HMVの液晶ボードにCNN映像、手前には渋谷の北口広場、的な感じ。あちらも大変なことになっているようだけど一応ドラマチック! でもこっちはこっちでしょーもなくフラットなまま完璧バカでーす、って。
 優れて批評的ではあるにせよ、それだけならこの場所の現状認識と自己肯定=居直りで終わる。実際、彼等は前作『駐車禁止』で、「駆けずり回り、ぶつかり合い、倒れ、わめき、叩く。で、また駆けずり回る‥‥だいたいそんな感じ。」としか説明のしようがない、タイトルからの安直な連想で言えば、人と車と電波の交通する渋谷のスクランブル交差点そのもののような「スーパーフラット・リアル」を既に提示し切っている。それはいわばハンディカメラ(手ブレOK)の交差点のまん中からのフレームで、それゆえ生々しい臨場感が得られたのだが、『コーヒー』冒頭シーンのフレーミングは、同じ場所をわずかに距離を置いて「俯瞰」で捉える。この視点の移動は何か。ちょっと「引き」にした途端にフレームに入り込んでくる「外部」はたしかにジャマな異物で、それさえなければ完璧な絵になり、「スーフラ東京の終わりなき日常」といったドキュメンタリーが意図通りに完結するだろう。しかし9.11以後、どうやってもそれは写りこんでしまうのだ。
 かくしてこの戦闘的映像集団のようなダンスカンパニーは現にある異物を見せないフィクショナルなドキュメンタリーではなく、リアルしかも様々な視点のリアルが写し出せる可能性が賭けられた「フィクション」に赴くことになる。『コーヒー』はそうしたいわば彼等にとっての「長篇劇映画第一作」なのだ。
 『駐車禁止』の暴力と無意味の「リアル」から一転して愛と感動、涙と笑いの「物語」へ。ここには暴力も愛も動物も社会も青春も終焉も冗談も真実もそして嘘すらもがある。今ここであり他所であり未来であり過去。パフォーマーの身体運動も、世界標準な「いわゆるダンス」的なテクニックとその洗練の拒否はこれまで通りだが、「接触」即「暴力」の短絡から、コミュニケーション不全のその噛み合わなさをフル活用した「遊戯(ルビ:ゲーム)」へと変化した。作劇術(ドラマトゥルギー)のレベルでは、非=関係のプロット選択肢のヴァリエーションが無数に用意されたRPG、そしてその格闘技系ゲームへの応用が作舞術(ダンストゥルギー)レベルと言えるだろうか。そう、これは「コスプレ」なのだ。退行・自閉ではなく外部へとアクセスするためのコスプレ。
 もちろんこれはきわめてトリッキーな方法には違いない。リアルもアンリアルもヴァーチャルなエンコーディングによってかろうじて同一平面上に定位されるのだから。しかし、「J」という「悪い場所」の自閉から「世界視線」へのシフト、しかも単なる移動=転向ではなく、普遍/特殊、世界標準/日本の二項対立に回収されることなく、あくまで「スーパーフラット」な場所に踏み止まりつつ踏み出そうとするならば、これは必然的に選び採られる方法ではないのか。そこにある全てがシミュラクルであるとしても。

[ 写真キャプション]http://www.nibroll.com/dance/d.works/d-photo.menu.htm 参照)

 《で、結局のところ、この者たちは何をしているのか? 単に遊んでるだけ。女の子をブンブン回してみたり、倒れている男を足で小突いたり、雄叫びを上げて胴揚げしたり、ボート漕いだり、鎖に繋がれてイヌになってみたり、で、御主人を引き回してみたり。あとコーヒー飲んだり。それがものすごいスピードと超デタラメな脈絡で連鎖していくの見てるとなぜか世界まるごとウオッチングな気分に。》


(2002.3 初出『BT/美術手帖』2002年5月号)


copyright (C) by Keisuke Sakurai


■『コーヒー』
2002年2月23〜24日
新宿パークタワーホール
http://www.nibroll.com
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