"Fragile"─ダンスにつき取り扱い注意─

塩澤典子と岡田智代

桜井圭介

 最近、髪を顔の前にたらして踊る「貞子」ダンサーが急増中、らしい。『Side B』の黒田育世&ダンサーズとか、KATHYとか。あれは何なのかな、「匿名性」あるいは「羞恥心」? 見ている側(特に男子)からすれば、単純に「コワっ…」ってことで、とりあえず「効果」は大である。
 で、床に届きそうなくらい長い髪を持った塩澤典子は、それの「極め付け」かもしれない。少し屈むと、全身が髪の毛で覆われてしまう! そうして、ストレートなジャパニーズ・ロックで踊る。すると「髪の毛のダンス」が出現するのだ。これは新しい。他の「貞子ダンス」がキャラ設定に止まっているのに対して、彼女の場合はダンスの概念の拡張にかかわるからだ。歌舞伎の「鏡獅子」よりもっと繊細で多彩な表情を見せる髪の毛。時おり、髪の毛の間から前方にヌーっと手が伸びたりして。
 ときに、髪の毛の下の「本体」のほうは、実際はどう踊っているのか? 「音楽に呼応してガンガンに踊っている」のではない。むしろそれは、激しいビートを身体のなかにためてためて、それでもこぼれてくる微かな振動で、つまり「小さく身体を揺する」のだ。ところが、その振動が髪の毛にまで伝わっていくと、大きな波動となってうねる。そう、髪の毛は「グルーヴ」を増幅する「アンプ」だ。逆に“技術的に”考えてみても、「髪の毛を踊らせる」ためには、加える力は小さくないとダメだろう。
 しかし再度、髪の毛の下の身体を思い描いてみると、そのストイックな身体は激しい衝動、「音楽を生きる=ダンスする」欲望で膨張して、今にも放電しそうな強さを持っている。それがなければ、単なる「珍芸」(本邦唯一、「踊る髪の毛」でござい)でしかない。だから、本当は彼女の「欲望」の大きさとそれをため込む「意志」の強さ、そしてそのあらわれとしての「小さなダンス」じたいを評価しなければならない。それは我々観客が客席でこっそり踊るダンスにも似ている。音楽やダンスに共振して身体を揺する時の我々に。
 岡田智代の「LDK」にもかたちは違うが同じような質、いわばダンスに対する「構え」を感じた。所在なさげに(夕方の台所での物思い、家事の手が知らないうちに止まってしまい)ぼーっと「立ち尽くす」ような静止状態がまずある。ゆっくりと左上腕を水平まで上げる。次いで右腕も同様に。小麦粉を丸くこねるように両手を動かす。丸めていくうちに最初はボール大だったそれがどんどん膨らんでいく。というのは文章上の「形容」で、実際の「動作」は、身体の前方で軽く曲げられた両腕を逆方向にシェイクすること、である。これを反復しながら振り幅を大きくし、かつ加速していく。すると、それは「ダンス」(「ゴーゴー」!)に到るのだ。しかもそれは、滅多にお目にかかれない、最高にグルーヴィーなダンスですらあるのだった。
 これはある意味では「ミニマル・ダンス」と言える。ただし、いわゆる「ミニマル」の場合、日常の単純な動作それ自体を「ダンス」とみなす、それゆえ反復は速度・大きさも一定を保って遂行される。だが、岡田にとって、単純動作はダンス(という身体の状態・瞬間)へ到るための「呼び水」に他ならない。その「手付き」は記憶の片隅をまさぐっているようでもある。あるいは盲人が表面を撫で回して形状を探るような。あれ、これは何だっけ? こんなふうに手を動かす行為、いつかどこかでたしかにあった、私の身体がそれをしたことがある、こうやって、それからこう返して…ああ、これは「ダンス」だ、そう、ダンス! ここでようやく、しかし間髪置かずに音楽が鳴る。そうそう、この曲でこのダンス、ドンピシャリ!
 このダンスという記憶への小旅行は、我々観客の上にも起こった。舞台上の進行と同時に。そしてそれは、音楽やダンスと共振した身体の小さな揺れがしだいに大きくなっていき、やがて立ち上がり踊り始める時、にも似ている。
 最も大事なことは、この岡田の思い出そうとする「意志」、「ダンス」を思い出したいという無意識の「欲望」だ。それがなければ、単なるマイム(さすると大きくなる魔法の玉)にしかならない。そしてこの「意志」「欲望」を欠いたダンスは多い。そのくせ元気一杯舞台を跳ね回るそれらは、単なる「いろいろな動作」に過ぎない。岡田が(そして塩澤もまた)20分の作品中、一度も立ち位置を変えないのは、抱えている盥いっぱいに張られた水─「意志」や「欲望」─が飛び散ってしまわないように、なのだ。

(初出:『バッカス』創刊号2003年 論創社刊)

copyright (C) by Keisuke Sakurai

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