Pt25

インターネットリアルタイム旅行記Back In Africa編パート2(通算パート25)

スキスキスーダン


ハルツーム・コプト教会

やさしさにつつまれたなら…

99年1月15日同じサファリホテルの白田さん斉藤「てつ」さんと夜行でカイロを後にしルクソールに向かう。翌16日エルサラームホテルに泊まる。同じくサファリのさとうのぼるさん、もりさんがいた。一日でカルナック神殿、ハトシェプスト葬祭殿(テロの)をまわり、17日アスワンへ。ちなみにカルナックは凄い遺跡だ。「てつ」さんによれば「イランの全部の遺跡よりカルナックの方がいい」。白田さんは「アンコ−ルワットに匹敵する」ほどとか。

アスワンではマルワホテルに泊まる。わずか4£。サファリよりさらに安い。エルサラームもめしつきでは5£だったが。同部屋になった謎のフランス人イスマイル(フランス人で本名ジル。5年前モズリムになったらしい)と一緒にラマダン後の飯をただ食いしたあと翌日ともにアスワンハイダムからスーダンのワジハルファへ向かう。アスワン駅前でカイロで会った日本人カップルとも再会。4人でワジハルファへ。88・5£。船は遅れもせず18日昼2時出て19日昼11時に着く。イスマイルによればワジハルファは水害で町が半分以上沈んでいる状態らしい。実際4人が泊まったボハイラホテル(宿は大体200円くらいからある)も掘っ建て小屋だった。そんなこともあって町は何もない。飯を探すのもたいへんだったが一応食堂でナイルの白身魚のフライにありつくがこれがうまい。ニジェール川のは臭くて大変だったがこれはうまい。翌20日水曜列車でハルツームへ。3等2500スーダンディナール。10ドルくらい。4日かかると聞いてたが翌21日深夜にはついた。道中大変な混雑になり寝るのもたいへん。いすも木で出来ていた。でも途中で買ったグレープフルーツは美味しい。

ワジハルファもよかったがハルツームも悪くない。なんといっても人が親切だ。なにか声をかけられたり道を教えてもらったりしてもお金を請求されるようなことがまずない。おつりが数円分違うときもあるが逆におお目にくれるときもあり決してぼったりごまかしたりしようとしてるのではない。しかもすぐに大目に出した分は帰ってくる。ワジハルファからここに来るまでも、ハルツームでも何回もおごってもらったりもした。釣り銭が多いの少ないの、こいつらぼってんじゃねえのかとかむきになるだけここでは損だ。長く旅をしてると「現地人=敵」というようなスタンスの旅行者に良く会う。でもそんな人はスーダンを十分楽しめない。要は小さいことは気にしないし、また少々のことは分け合う気持ちがあるだけなのだ。
警察のチェックなどもあるがまったく威圧的でない。こっちが親指をあげるとそれに合わせて警官が全員で屈託のない笑顔で返事してくれる。彼らの笑顔になんの下心もないのだ。アフリカ旅行の原点に戻った気分になる。そんな眩しい笑顔のくに、スーダンなのだ。一番のスーダンの宝物はこの笑顔だと思う。

スーダンはジュースもおいしい。特に僕は泊まってるハラメインホテルの脇のジューススタンドが一番好きだ。またカルカデというハイビスカス茶も最高だ。すこし梅紫蘇っぽいすっぱさがいい。また赤いワインのような色も鮮やかだ。これは是非持って帰りたい。また前述グレープフルーツなどくだものもいいい。まとまったごちそうはないがシェワルマもいい。肉の煮込みにパンもなかなかだ。

青ナイルと白ナイルの合流点、モスク、白と水色が青空に鮮やかなコプト教会など観光名勝などはないがぼくにはいずれも素敵なところが多い。とくにコプト教会はいい。

旅を長くしていると感動する気持ちがどんどん希薄になってきて何も見てもお金との対比で評価したり、素直に感動する気持ちを失いがちになり金を巡って現地人と喧嘩しては心がすさんでいき何のために旅行してるのか分からないような人に良く会うし自分もそうなってるんじゃないかと思うときもあるが、このスーダンはそんなすれっからしツーリストの心を和ませてくれる。一番大事なものが何なのか気づかせてくれる。惜しみなくおごってくれたり、眩しい笑顔を振り撒いたり、そして電車の窓からは本当に嬉しそうに手を振る子供たちが見える。この「やさしさ」や「すべてを分け合う気持ち」や「ふれあいのこころ」は日本人は呼び掛け合って意識してやっていることだが、スーダンでは自然体、至極当たり前なのだ。そこがまた凄いと思う。ワジハルファもハルツームも来てすぐに好きになってしまった。

26日から4日間ポートスーダンに行ってきた。トラベルエージェンシーが閉まってたり天気が悪かったりでシュノーケリングは出来ず、行きのバスは朝6時でて夜1時に着くし帰りの列車では床で寝るわで、まあたいへんだったがこれはこれでスーダン人とのまた楽しい時間もあった。夜についても親切なスーダン人が何かと手助けしてくれ、不安など少しもない。またポートスーダン近くのスアキンは町自体がまるで廃虚のようになりかかっていて趣はあった。

29日ハルツームに帰るとカイロからムラコーさんが来ていた。カップルもまだいた。ムラコーさんは僕より長く旅行していることもありスーダン的こころは理解していないようであまり楽しんでいなかった。30日ケニア行きのチケットを買い、そして翌31日早朝、ナイロビへ向かうことになった。

スーダンはおいしいジュースと人々の笑顔で僕にとって最高の場所になった。現地との交流に重点を置いている人には本当にいい国だと思うので是非行って欲しい。そんなに観光スポットがあるわけじゃない(なくはないがあまり開発していないし、アクセスも悪い)。だからこそ誰が見ても同じような楽しみ方が出来る国じゃなく僕にとってフランスがそうだったように、そのひとそのひとで出会う人たちによってそれぞれのオーダーメイドのスーダン旅行が彩られていくのだと思う。ありふれたスーダン旅行なんてない、そんなひとりひとりのスーダン旅行をみなさんも是非満喫してはいかがだろうか。

青い空にグレープフルーツジュース、真っ赤なカルカデ、悠久のナイルそして眩しい笑顔。今スーダンは悩みを抱えてる。テロ疑惑、南部の内戦、エリトリアとの国境紛争、国際制裁…でもスーダン人は明るい。スーダンはそんなマイナスの要素さえ笑顔で吹き飛ばしさえするんじゃないかっておもうほど、彼らは元気だ。笑顔ってほんとに周りの人を幸せにしてくれるって改めて気づかせてくれた。
スキスキスーダン!

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