「あそこ」での一日(その3) -1972年7月14日-


たった一度の訪問でもう満腹感が充分という、「あそこ」の立体交差こと植苗-沼ノ端間のオーバークロス。その一日、1972年7月14日の全記録を追うこのシリーズ、続けて第三回に入ります。第一回・第二回は朝から午前中、この第三回でやっと昼前後までいくのでしょうか。このあと一日分どこまで引っ張れるのかは、やってみてのお楽しみ。もうすでにただ撮るだけでは飽き足らなくなって、いろいろアソびを入れ始めています。それが成功したかどうかは別として、そういうトライをする贅沢ができたということは、良い体験だったことは間違いありません。ということで、第三回スタートです。



まず最初は、岩見沢第一機関区のC57144号機の牽引する室蘭本線の上り旅客列車。早くも搦め手責めですね、これは。「あそこ」にいって撮影した経験のある人ならば撮影場所は推定できるかもしれませんが、若い人だと悩むかも。そもそもこの時点では北海道のC57はまだ踏段改造前ですから、LP405副灯がついているものの、東北や常磐筋、関東にいたC57と識別は難しいです。千歳線の上り線も、ほとんど丘陵か切通しのように見えますし、原野とはいえ灌木が混じる感じは、東日本のLP405副灯が使用されたエリアなら充分ありそうな感じです。こうなると例の保線小屋にも、人のぬくもりが感じられますね。


同列車が真横に来たところで、サイドビューを押さえます。通常、ここでもそうですが北海道の原野でのサイドビューというと、あえて風景を大きく入れて雄大な感じを出しますが、敢えて成田線でも撮れそうな、模型のジオラマ風のカットを押さえています。なんとか一味違う構図を撮りたかったのでしょう。ボックススポークのヌケがいい感じを出しています。テンダーの板台枠とドームの形状から、これは2次型のカマ。当時岩見沢にいた中では144号機、149号機、168号機が該当しますが、逆止弁のところの北海道式手摺がなかったのは、144号機だけなのであっさり比定できました。その分、シルエットは一層本州のカマみたいですが。


今度は室蘭本線下りの貨物列車。灌木と野草の花の間から顔を出したところを、引きで捉えました。次のカットから考えると、移動途中に面白い構図が狙えるところを見つけたので、そこから撮影したという感じでしょうか。もはや沼ノ端の「ぬ」の字もありません(笑)。独特の形をした電柱が目立ちますが、原野も複線も意識できないカットです。段々と正午に近付いているので、ここだと下り列車は逆光のトップライトというかなりキツいライティングになります。思い切ってコントラストを強めて、機関車を黒く潰し、夏の陽射しの当って輝く草木と対比させた仕上げにしました。多分16歳のぼくがやりたかった暗室処理は、こういうことでしょう。


その光線を活かして、脇をすり抜けざまワンカット。限りなくシルエットに近いですが、バルブギアなどぎりぎりディテールが見えるところまえ焼き込んだ感じ。とはいえ、これはデジタル・ポストプロならでは。印画紙を使った暗室作業では、簡単にはできません。さてこのカマですが、ギースルエジェクタを装着した、カマボコドームで標準テンダの準戦時型となると、候補は追分機関区のD51842号機しかいません。なるほどよく見ると、煙室扉のナンバープレートがかなり低い位置に取り付けられた、独特の面構えも一致しています。ということで、このカマは842号機と比定いたしました。今は、岡山の水島に保存されているようです。


もっと沼ノ端よりの、ちょうど千歳線の下り線が札幌に向け右に大きくカーブをはじめるあたりまで下ってきました。ここでやってきた滝川機関区のD51561号機の牽引する上り貨物列車を撮影します。この列車を望遠ズームで撮影したカットは<無意味に望遠 その1 -1972年7月14日->の2カット目として公開しています。望遠のサブカメラとブローニーはシンプルな構図でオーソドックスな写真ですが、こちらは敢えて広角レンズを装着して、このエリアの変わった線形をメインに据えたカットにしています。複線があって、立体交差があって、リバースのようなカーブがあってと、スケールは全然違いますがなんだか1960年代の16番の固定レイアウトのようです。


今度はほぼ同じポジションながら、室蘭本線の上り線をバッタ撮りするような位置へ移動しての撮影です。やってきたのは、岩見沢第一機関区のD51566号機の牽引する上り車扱貨物。無蓋車が多く連結されていますので、中小炭鉱から出荷された石炭が積荷でしょうか。これもまたヒネって、犬走りに咲いた野草の花を大胆にフィーチャーしています。流石に上り列車は光線状態がいいですね。560番台は苗穂工場製が多く、道産子で一生を道内で過ごしたカマがおおいですが、これは川崎重工製。とはいえ新製配置から北海道一筋のカマです。最末期まで残ったカマなので、おなじみの方もおおいでしょう。北海道赤平市で保存されているようです。


五稜郭機関区DD51612号機の牽引する、客車急行列車。この区間の客車急行は珍しいのですが、すでに臨時スジが多発される夏の多客期に入っていますので、臨時のすずらん号か、あるいは通常のディーゼルカーの運用を客車に置き換えてキハ56系を捻出する運用か、どちらかでしょう。この列車をブローニーのカラーポジで撮影したカットを<室蘭本線・千歳線 沼ノ端-植苗・遠浅間 -1972年7月14日->で公開しています。これも当時の鉄道写真としては珍しい広角レンズでの撮影ですね。当時の一眼レフ用レトロフォーカス広角レンズの特徴的である中央部が伸びた収差が、線路と車輌だけというバッタ撮りに妙なスピード感を与えています。


岩見沢第一機関区のD51855号機が牽引する、室蘭本線の上り貨物列車。この列車を望遠ズームを装着したサブカメラで撮影したカットも<無意味に望遠 その1 -1972年7月14日->で公開しています。逆カマボコ煙室扉が特徴的ですが、1943年後半に製作された840番台、850番台の浜松工場・鷹取工場製のカマは、戦時仕様の試作でどれも逆カマボコ煙室扉だったと思われます。その後の装備改造を担当した工場によって、かなり仕様が異なっているのが面白いく、このあたりはもっと研究してみる余地がありそうです。1974年まで現役だったので、逆カマボコのカマとしては最も最後まで残ったといえるでしょう。




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