大畑の3日間 その9 -1971年12月20日の2+α-


「大畑の3日間」シリーズも、カラー編に突入しての第四回。さすがに、これで大畑も打ち止めということで、最後に訪れた1971年12月20日に撮影したカットです。それにしても、大畑だけでけっきょく9ヶ月引っ張った勘定。3日で9ヶ月ですからね。この区間は比較的列車密度が低く、本数は稼げないというイメージがありますが、そこそこ撮影していたんですね。自画自賛になりますが、撮影ポイントが限られるワリには、けっこう工夫してメリハリを付けられたんじゃないかと思います。まあ、おきまりのお立ち台からのカットもありますが。けっきょく大畑の撮影のコツは、「本務機と補機を同時に狙わない」という一言に尽きるのではないかと思います。補機を捨てるのは、ある意味贅沢と思われるかもしれませんが、結果的にそれがオリジナリティーを生むのであれば、それはそれで重要な決断と思います。極めて特徴的な装備の機関車ですから、本務機のアップだけでも「大畑だ」とわかるわけで、その割り切りが大事なんですね。今だから言えることですが。



ということで、最終回はこのカットから。モノクロ版は、「大畑の3日間 その5」の最初のカット。ループ線上の下り混合列車。本務機がD51477号機、後補機がD511079号機と、末期に人吉に移動した「外様」のカマのコンビです。両機とも、重油タンクはテンダに装備した1500l型。というワケで、重油使いまくりで黒煙が爆煙状態です。モノクロ版とはかなりシャッターチャンスが違うので、雰囲気は別物ですね。こうやってみると、お立ち台の丘の上は間違いないんですが、みんなが好んで撮影するポイントよりは、だいぶ内側かつ前側に寄っていることがわかります。「火の用心」は、完全に裏側が見えていますね。


次なるカットは、モノクロ版では4カット目。トンネルの入口の上側から撮影した下り混合列車のカットです。タイミング的には、ちょうどハエタタキ一つ分手前に寄せてシャッターを切った感じ。モノクロは望遠ズーム、カラーはオートコードの標準なので広角と、レンズの選択が違うので、タイミングの違いとも相まって、両者それぞれに楽しめる「一粒で二度おいしい」絵作りになりました。こういう切り通しの中での撮影は、余程極端にメリハリをつけないと、違う列車を撮っても、ほとんど同じ絵面になってしまいがちです。逆に、差をつけるのであれば、一列車でも違う写真が撮れるといういい例ではないでしょうか。


さて、正真正銘、これが大畑の最後のカットです。例の木とガケのポイントを行くD511151号機。モノクロが極端な縦構図だったので、横幅合わせでトリミングした横位置のカットにしてみました。6×6のブローニーは、プリントするにしろ、印刷原稿にするにしろ、トリミングが前提になるので、撮影時に完成形のトリミングをどれだけ意識しているかが、作品としての出来に大きく関係します。それにしても、風呂屋の書割のような強烈な青空に、真っ白な雲、真っ黒な爆煙と、強烈なコントラストです。冬の午後の強烈な西日がきていたこともありますが、さすがコダカラー。40年以上の歳月を経ても、ほとんど褪色がないのには驚きます。陽射しの強いときのコダックの描写は、本道にキレイです。


最後は、オマケのカット。実はこのカットは、前に「九州の優等列車 -1971年4月-」で使ったことがあります。しかし、大畑の全カットをうたうからには再度登場願いました。全く同じでは能がないので、今回は横幅合わせの横方向ノー・トリミングの横位置のカットにしてみました。1971年4月6日の撮影ですので、色調も今回のシリーズの4月6日の他のカットと合わせています。こういうディーゼル急行は、ぼくらの世代、特に模型をやっている人だと、多分ワンカットは押えておいたと思いますが、もうちょっと上の世代だと、多分撮っていないんでしょうね。逆に、ちょっとしたの世代だと、こういうのを一番追っかけていたりとか。やっぱり蒸気機関車って、なんか別格なんですよね。鉄道の中でも。



(c)2015 FUJII Yoshihiko


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