映画評論 PARTX


目 次

1.誓   い        1981年 オーストラリア

2.レッドクリフ PARTT   2008年 中国

3.レッドクリフ  PARTU     2009年 中国

4.チェ  28歳の革命     2008年 アメリカ、フランス、スペイン

5.チェ  39歳別れの手紙    2009年 アメリカ、フランス、スペイン

6.ハロー・ヘミングウェイ  1990年 キューバ

7.永遠のハバナ               2003年 キューバ

8.コマンダンテ         2003年 アメリカ

9.チェ・ゲバラ&カストロ  2002年 アメリカ

10.13DAYS         2000年 アメリカ

11.ワルキューレ         2008年 アメリカ

12.天使と悪魔           2009年 アメリカ

 

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誓  い

      Gallipoli

 

制作;オーストラリア

制作年度;1981年

監督;ピーター・ウィアー

 

(1)あらすじ

  1915年、オーストラリアの若者たちは、史上初めて世界の桧舞台に立つことになった。すなわち、第一次世界大戦への参戦である。

  冒険を求める夢多き若者たちは、友情をはぐくみながら中東戦線の劈頭に立つ。

  だが、戦場となったのは、オスマントルコ帝国の精鋭が死守するガリポリ半島であった。

  純朴な若者たちは、冷酷非情な宗主国イギリスによって、消耗品代わりに利用され、そして虚しく倒れて行くのだった。

 

(2)解説

  第一次大戦屈指の激戦「ガリポリ半島の戦い」を描いた傑作映画。

 これほど見事な映画だとは、今年になってDVDを見るまで知らなかった。

 この映画の存在は以前から知っていたのだが、なかなか見る気になれなかった。その理由は、市販DVD(ビデオ)ジャケットの裏面の解説に、「クリミア戦争を舞台に・・・」など、ボケたことが書いてあったから。日本人は世界史音痴だから仕方ないのかもしれないが、オーストラリア人がこのボケを知ったら、国交断絶されても宣戦布告されても文句は言えないぞ!

 オーストラリアを訪れた方ならすぐに分かるけど、「ガリポリ半島の戦い」は、オーストラリア人にとって、最も意義深い歴史上の戦いなのだ。あの国には、あちこちにANZAC記念館とかANZAC広場とかANZAC大橋とかANZAC通りとかあるでしょう?ANZACというのは、「オーストラリア&ニュージーランド混成兵団(Australia and New Zealand Army Corps) 」のことだが、ガリポリ半島の戦いでは、実に10万人が戦死したと言われている。これは、オーストラリア史上で最大の戦災だ。ANZACの若者たちは、宗主国イギリスの命令で中東まで連れて行かれ、そこでイギリス人の楯代わりに戦死したのだから悲しい。

 それを、日本のレコード屋は、「クリミア戦争」などと事実誤認も甚だしいことを平気でDVDジャケットに書くのだから見識を疑う。いつか修正されるのではないかと、じっと経過観察していたが、10年経ってもまったく直らない。・・・誰も気づかないってこと?

 ようやく最近になってから、新宿のHMVでスペシャルエディションDVDを発見したところ、そこにはボケたことが書かれていなかったので、めでたく購入して見ることが出来たというわけである(泣)。

 なになに?オイラが、レコード会社に教えてあげれば良かったじゃないかって?いったんはそう考えたけど、「日本人の中にも、オイラ並に歴史見識のある人が他にいるだろう」と期待して、10年間の持久戦を戦ったのであった!その期待は、完全に裏切られたわけだが(苦笑)。

 さて、「誓い」は、オーストラリア出身の名匠ウイアーが、万感の思いで作り上げた歴史巨編である。

 冒頭からオーストラリアの片田舎が描かれ、元気いっぱいの若者たちの交感が描かれる。

 20世紀初頭のオーストラリアは、世界の辺境、そして宗主国の流刑地としての屈辱から抜け出すため、世界史の真ん中に華々しくデビューしたいと望んでいた。全編で描かれる野趣溢れる若者たちの躍動は、当時のこういった雰囲気を上手に伝えている。

 ウィアー監督は、セリフや解説をまったく用いずとも、映像の空気とテンポだけで、こういったことを全て表現できるのだから天才である。

 しかし、世界史へのデビューとは、すなわち第一次世界大戦に参加することだった。騎士道物語の陽気なノリで中東に出陣した若者たちは、トルコ軍の機関銃に一方的に殺戮される戦場の有様に愕然とする。そして、物語前半の陽気なテンポとリズムは、一転して処刑場の空気に代わり、そして若者たちは虫けらのように殺されて行くのだ。やがて迎える衝撃のラスト。

 日本版タイトルの「誓い」は意味不明だし、主演メル・ギブソンというのも大ウソだが(彼は、主演マーク・リーの親友役でしかない)、絶対に見て損をしない映画だと断言できる。

 なお、ガリポリ半島の戦いの詳細については、拙著「アタチュルクあるいは灰色の狼」の冒頭に出ているので、そちらを参考にしてください。このWEBでも読めるけど、本屋さんに注文して購入してもらえると、オイラ的には嬉しかったりして(笑)。 ・・・でも、絶版中か!

 


 

レッドクリフ PART T

              Red Cliff Part T

 

制作;中国

制作年度;2008年

監督;ジョン・ウー

 

 いわゆる「三国志演義」の、長坂の戦いから赤壁の戦いまでの映画化。

 濃い三国志ファンは、見ないほうが良いかもしれませんね。だって、ジョン・ウーさんが、「三国志をネタに使ってアクション映画を撮った」という、それだけの内容でした。

 逆に、ジョン・ウー監督のファンは、間違いなく楽しめますよ。過去作品のオマージュとか、いろいろあるので。特に、「白いハト」が出まくりなのは、映画館内で大爆笑しそうになっちゃった!

 「白いハト」はジョン・ウー映画のお約束なのですが、制作費が高い映画ほど大量に登場する傾向がありますね(「フェイス・オフ」とか「MI-2」とか)。そして「レッドクリフ」では、後半からハト出まくりなので、バジェットが大きかったんでしょうかねえ(笑)。

でも、「過ぎたるは及ばざるがごとし」。あんまり調子に乗ると、作品世界がぶっ壊れるから止めたほうが良いと思いますな。なんで、諸葛孔明が、赤壁の陣営内に巣箱を作って、ひたすら白いハトを飼わなければならないのか、必然性がほとんど無いわけだし(いちおう、後編では伝書鳩として働いていたけど)。

まあ、武闘派アクションシーンは楽しいので、こういうのが好きな方にはお勧めです。

でも、小さい子供には見せない方が良いです。野蛮すぎて、教育上よくないので。
 

 


 

レッドクリフ PART U

              Red Cliff Part U

 

制作;中国

制作年度;2009年

監督;ジョン・ウー

 


 赤壁の戦いの完結編。

  ジョン・ウー映画にしては、白いハトの出番が少なかったのでショック!もっと、たくさん出るかと思った(笑)。

  ラストの決戦シーンは、孔明(金城武)が飼っている白いハト数百匹が、「ぽっぽぽっぽー」、「くるっぷっぷー」と鳴きながら、火の玉と化して敵陣に特攻して勝利!という展開を期待していたのですが、普通のハリウッド的アクションになっていたのが残念!どうせ史実をグチャグチャにするなら、そこまでぶっ飛んでいて欲しかったな。

 クライマックスのトホホぶりは、思い出すだけで脱力です。まるで、子供向け番組の「戦隊シリーズ」みたいだった(苦笑)。

 他のおかしな点を挙げるとキリが無いけれど、たとえば、江南人の孫尚香(ヴィッキー・チャオ)が、江北の陣に潜入して難なくスパイするのは不自然です。なぜなら、言葉がまったく通じないはずだから(訛り程度の差異では無かったはず)。また、呉の兵士たちが、みんなで手紙を書く場面には、激しく脱力しました。あの当時、「紙」はたいへんな高級品だったので、王公諸侯でさえ軽々しく使えなかったはずなのに。

 ここまでグチャグチャだと、さすがの筆者も笑っていられない。見なけりゃ良かった(泣)。カネ返せ。

 ところで、実際の歴史上の「赤壁の戦い」って、どんなだったのか?

 私は、「実際には、大きな戦いは無かった」と考えています。

 ええー、そんなアホウな!

 と、思う人も多いでしょう。

  そういう筆者も、「昭烈三国志」の中では、いちおう戦いを描いていますけど、あれは一種の読者サービスなのです。「最大限デフォルメして、これが限度」という程度の派手さで遠慮がちに書いたのでした。

 では、どうして「戦いは無かった」と考えるのか?

 それは、「正史三国志」を何度か読めば分かります。

 (1)天下分け目の決戦だったはずなのに、官渡の戦いなどに比べて、ほんのわずかしか記述がない。

 (2)戦いよりも、疫病に関する記述が多く、「曹操は自ら船を焼いた」と書かれた箇所もある。

 (3)天下分け目の決戦だったのに、両陣営とも損害が異常に少ない。特に、中級将校以上の戦死者や投降者が一人もいない!(官渡や夷陵では、負けた側の将校が大量に死ぬか降参しているのに)。

 私が、特に決定的だと思うのは(3)です。

 小説版の三国志(演義)では、曹操軍が100万人も死んだことになっています。それなのに、名のある将校が全員生還したのは不自然です。映画「レッドクリフ」は、この不自然さを解消するために、架空の武将(中村獅童の甘興など)を両陣営に配し、彼らを戦死させることで誤魔化していますね。

 そして史実の曹操軍は、「赤壁の戦い」のわずか半年後に、孫権に対して元気いっぱいに復讐戦を仕掛けています。とても、100万人の損害を受けた勢力とは思えません。

 おそらく、実際の歴史の中で起きたことは、

 「曹操軍と孫権軍は、小競り合い(=黄蓋の火攻めも、その一部)の末、戦況が膠着した上に疫病が酷くなったので、休戦協定を結んで互いの母国に引き上げた。曹操はその際、敵に利用されないように自らの船団を焼いた」

 って、ところでしょう。

 小説版三国志やレッドクリフで描かれた派手な戦いは、実は後世の別の戦いの状況に酷似しています。

 1368年の「翻陽湖の戦い」です。

 これは、朱元璋(明の太祖)と陳友諒の両雄が、江南地方の覇権を握るための争いでした。巨艦を鎖で繋ぐなどの謀略戦の状況、最後の火攻め、何もかもが小説版三国志の記述とそっくりなのです。ここまで瓜二つでは、偶然とは考えられません。

 つまり、小説版三国志(演義)を明の時代に書いた羅貫中は、リアルタイムで起きた同時代の戦いの感動と興奮を、そのまま執筆中の自作の中に取り入れたのでした。

 と、まあ、このように、「歴史小説」や「歴史映画」というのは嘘ばかりなので、皆さん、気をつけましょう!

  


 

チェ 28歳の革命

Che  PartT

 

制作;アメリカ、フランス、スペイン

制作年度;2008年

監督;スティーブン・ソダーバーク

 

 チェ・ゲバラの著作「革命戦争回顧録」のダイジェスト版。

 主なエピソードをぶつ切りにして、無理やりくっ付けた感じなので、原作を読んでいない人には辛いかもしれませんね。逆に、私のように原作を5回以上読んでいる人には、「中途半端」感が否めない。

 種本の「革命戦争回顧録」は、ゲバラが戦闘中に書いた日記を、自ら戦後に集大成した内容なので、すごくリアルで生々しいです。それなのに、客観的で冷静な文体なのが、ゲバラという人の性質を現しているようでとても興味深い。ただ、気になるのは、「視野が狭いかな」と感じる点。たとえば、革命後に敵(アメリカ)に寝返った同志とか、ゲバラとソリが合わなかった人のことは、仮にその人が史実で大活躍したとしても、意図的にオミットするか悪く書く傾向があります。彼のこの「狭さ」こそが、彼を死地に追い込んだ最大の罠だったように思います。

 そして、映画版は、これをそのまま映像化しているのだから、微妙に舌足らずなのは仕方ないのかな。

 あと、予算不足なのか、大きな戦闘シーンはほとんどオミットされていました。クライマックス(のはず)の装甲列車撃破の場面も、かなりショボかった。史実では、「16両編成の完全武装の装甲列車」だったみたいですが、映画では「5両編成の普通の貨物列車」でした。予算が足りなかったのね(笑)。

 そういえば、緒戦のアレグレア・デ・ピオの大敗のエピソードも、 シエラ山中でのバティスタ軍との最終決戦「夏季攻勢」も、全部オミットされていました。これじゃ、話が繋がらない。これほど、編集が下手くそな映画を見るのは、実に久し振りでした。

 それでも、脇役の演技はなかなかでした。カストロ役の人なんか、本物そっくりだったし。アレイダ(ゲバラの恋人)役の人は、実物より可愛かったし。カミーロ・シエンフエゴスも、かなり似ていたなあ。

 惜しむらくは、肝心の主演がミスキャストでした。ベニチオ・デル・トロって、ブサイクなだけじゃなくて、カリスマ性が無いですね。実際のゲバラって、イデオロギーかぶれの熱に浮かされたような感じが周囲の人々を惹きつけていたはずなのですが、この俳優からは、そういう要素が全く感じられなかった。・・・ただの ブサイクなオッサンでした。

 もっと残念だったのが、「28歳の革命」がキューバで成功した理由が、ちゃんと描かれていなかったこと。

 映画には全く出てこなかったけど、あれはカストロが、アメリカのマスメディアを抱き込んで、全世界レベルで反バティスタ宣伝をやった成果なんですよ。アメリカの世界的メディアが味方に回れば、それがキューバの庶民にも影響力を持つので、バティスタ独裁政権は文字通り全世界から孤立し、宗主国アメリカからも見放され、こうして自滅したのでした。

  カストロは、当時30歳でこれをやったのだから、やはり彼は天才だったのだ!

 ただ、ゲバラ自身は、大嫌いなアメリカと手を組むような戦略にはいっさい反対で、カストロのこのメディア戦略に否定的だったんですな。だから、映画にメディア戦略のことが描かれなかったのかもしれないけど、ゲバラのこの偏狭さ(くそ真面目さ)が、彼を39歳で敗死に追いやった決定的要因だと思うので、やはり描いた方が良かったように思います。じゃないと、続編との対比が上手くいかないので。

・・・案の定、まったく上手くいきませんでしたね。

 


 

ェ 39歳別れの手紙

Che  PartU

 

制作;アメリカ、フランス、スペイン

制作年度;2009年

監督;スティーブン・ソダーバーク

 

 チェ・ゲバラの著作「ボリビア日記」のダイジェスト版。

 事前に想定していた中で、最悪の内容でした。  

 「ボリビア日記」のぶつ切りで、しかも、ナレーションがほとんど無いので、予備知識が無い人には、さっぱり内容が分からないと思います。 

 あえて言えば、「頭のおかしなオジサンたちが、ボリビアの山の中で軍服を着て群れているところを、軍隊に襲われてやられちゃう話」(笑)。

 主演のベニチオにカリスマ性が欠けていることもあって、ただただ、惨めで暗い映画でした。一緒に見た友人は、まさにそういう感想を持ったようです。

 これじゃ、連合赤軍の「あさま山荘」や「よど号ハイジャック」と同レベルじゃん。でも、本当にそうなら、チェ・ゲバラがこれほど有名な人気者になったはずが無いのだから、やっぱり映画の作り方が完全に間違っているとしか考えようがない。

時代背景とかゲバラの思想とか、バックボーンの説明を何らかの形で劇中に入れるべきでしたね。それが抜けているから、ゲバラの最期が単なる犬死にしか見えないのです。

 どうも、この映画製作者の真の意図は、「ゲバラを貶めること」にあったのではないかと勘繰ってしまいました。

だいたい、演出も編集も下手くそです。考えてみたら、ソダーバーク監督は、自分がスペイン語が出来ないくせに、全編スペイン語で撮っています。これでは、まともな演出が出来るわけがないので、もしかすると最初から真面目にやる気が無かったのかな?

友人のベニチオに引きずられて、嫌々ながら撮った映画なのかもね。

そんなのに付き合わされて、まったく時間とカネの無駄でした。
 
 


 

ハロー・ヘミングウェイ

            Hello  Hemingway 

 

制作;キューバ

制作年度;1990年

監督;フェルナンド・ペレス

 

ゲバラ2部作を紹介したついでに、キューバ関連の映画をいくつか紹介します。

「ハロー・ヘミングウェイ」を、渋谷アンジェリカでの単館上映を見ました。さすがキューバ映画!客はオイラを含めて2人しかいなかったです。ほぼ貸しきり状態。っていうか、映画館は大赤字?? 

 1956年(革命前ですな)のハバナを舞台にしたひと夏のほろ苦い青春映画。アメリカ文化に憧れる多感な文学美少女ラリータが、アメリカ留学を目指して大奮闘します。主人公の家の隣にヘミングウェイが住んでいます(実際に、彼はハバナ郊外に住んでいた)。そして、主人公は「老人の海」の大ファンです。

 物語の基本構造が、「老人と海」のストーリーを微妙になぞっているのが隠し味。その割には、少女は最後までヘミングウェイに会えないままなのですが。

なかなか甘酸っぱい、良く出来た映画でした。

それにしてもキューバって、社会主義国のくせに、政治色の無い映画を作るんですねえ。 しかも、1990年代のキューバは、ソ連崩壊の影響で絶望的な経済危機に直面していた上、アメリカの経済封鎖が強化され、全国民が飢餓に陥りかけていたのです。そのような時期に、このような「親米的」な内容の映画が作られたのは驚きです。

社会主義のキューバって、実は、今のアメリカや日本よりも、リベラルで自由な国だったりして?

  


 

永遠のハバナ
 

                   Havana  Suite

 

制作;キューバ

制作年度;2003年

監督;フェルナンド・ペレス

 

 DVDで見ました。

 「ハロー・ヘミングウェイ」のペレス監督が、現代のハバナ市を舞台に、10人程度の民間の素人さんを主人公に据えて、各人の平凡な一日の様子を、ドキュメンタリータッチで淡々と描いています。

 街は汚いし、電化製品や家具はボロいし(=アメリカの経済封鎖のせいで新品を買えないので、旧ソ連時代の中古品をまだ使っている)、とにかく貧乏くさい世界です。でも、みんな「スローライフ」が充実していて、アフターファイブはバレエやら音楽やら好きなように自己実現しているのが興味深い(出稼ぎのような感覚で、アメリカに亡命する人もいるけど)。さすが、世界で唯一成功した社会主義国ですな。

この国は経済的に平等だし、みんな公務員みたいなものだから残業も無いしで、割合と趣味や文化やスポーツで自己実現できる機会が多いのでしょう。日本とは随分と異なる価値観の世界なので、いろいろと面白いし勉強になります。

 また、この映画を見ると、いや、この映画の存在自体が、「キューバには言論の自由が無い」というアメリカのプロパガンダが大嘘だと言うことを示しています。
 

 



コマンダンテ

                      Comandante

 

制作;アメリカ

制作年度;2003年

監督;オリバー・ストーン


 アメリカの社会派オリバー・ストーン監督が、キューバを訪れて敢行したフィデル・カストロとの3日間のインタビューを、そのまま映画化したものです。

 この監督は、「JFK」や「ニクソン」でもキューバやカストロに多く言及しているので、前々からこの国に興味があったんでしょうね。

 面白いのは、ストーン監督やスタッフたちが、最初はビクビクしていた点。「失礼なことを言って、強制収容所に送られるんじゃないか!」とか、かなり本気で脅えていたみたい (笑)。

 それが、最終日には、みんなカストロのことが大好きになってしまい、ストーンなんか、カストロに抱擁されて感涙を浮かべてしまう!カメラマンの中には、「労働奉仕したい」と言って、本当に飛行機に乗らない人も出て来る!

  ・・・まあ、海千山千のカストロにとっては、ストーンとそのスタッフを篭絡するなど、朝飯前だったでしょうねえ(苦笑)。

 そういうわけで、この映画はアメリカ国内では公開が禁止されています。アメリカ政府は「カストロ=破壊と殺戮の悪魔」として国民にプロパガンダしているので、違ったイメージのカストロを知られたくないのでしょう。アメリカ人が自慢げに言う「自由と民主主義」の正当性が危ぶまれてしまいますが、これがアメリカ合衆国の本性なのでしょうね。

 


 

チェ・ゲバラ&カストロ

Fidel and Che


 

制作;アメリカ

制作年度;2002年

監督;デヴィッド・アットウッド

 

(1)あらすじ

 1950年代のキューバは、宗主国アメリカによる過酷な差別と搾取の中にあった。

 青年弁護士フィデル・カストロ(ビクター・ヒューゴ・マーチン)は、弟ラウルや親友チェ・ゲバラ(ガエル・ガルシア・ベルナル)とともに革命軍を組織し、バティスタ傀儡政権の打倒に成功し、ついにキューバ革命政権を樹立する。

 しかし、その後の苦難の歴史の中、新たな革命を求めてボリビアに発ったゲバラは、孤立無援の中で非業の最期を遂げるのであった。

 

(2)解説

 アメリカのテレビシリーズの映画編集版。DVDを購入して見ました。

 面白かったです。ソダーバーグの「チェ2部作」より、よっぽど歴史の本質を上手に捕えた内容でした。

 だけど、日本版DVDの日本語タイトルは「チェ・ゲバラ&カストロ」で、英語タイトルも「CHE GUEVARA & CASTRO」と変えてある。そして、DVDのカバーはゲバラの顔!

 これって、悪質な詐欺ではなかろうか?というのは、この映画の主人公はあくまでもカストロであって、ゲバラは脇役に過ぎないのです!

 まあ、業者の気持ちも分からないこともない。日本では、カストロよりもゲバラの方が人気があって知名度も高いから、それでゲバラを前に出しておきたいのだろーね。しかも、ゲバラを演じたガエル・ガルシア・ベルナルは、「モーターサイクル・ダイアリーズ」でもゲバラ役をやって、当時の日本で有名だったのだから、彼の顔を表紙に使いたい気持ちは分かります。

 でも、詐欺は詐欺です。脇役を主役扱いしてはいけません。私は、ゲバラよりカストロが好きな人なので、かえって嬉しかったけど、一般人はこれを見た後で激怒するのではなかろうか?

 もっとも、ガエルくんの演技はなかなかでしたな。ゲバラの、熱に浮かされたイデオロギストの雰囲気を上手に出していたので、ベニチオなんかより遙かに上でした(線が細すぎる感はあったけど)。

 また、キューバ革命政府の初期の過激な政策は、実際にはその多くがゲバラの入れ知恵によるものでした。カストロは、たとえば戦犯の大量処刑などには気乗りしなかったようですが、親友ゲバラの意見に流されていたようです。その点も、忠実に描けていたので、「ゲバラ=ヒーロー」として単純に美化しないところは感心です。

 それにしても、アメリカ映画なのに、カストロが主人公とは意外や意外。エディー賞にもノミネートされたみたいだし。しかも、革命戦争を中心にして、正義に燃える英雄青年カストロを、とても好意的に描いています。そして、すべての描写が歴史にかなり忠実なので、私でさえ文句を付けられません。

 たとえば、革命戦争に彼が勝利できた最大の理由を、「メディア戦略である」と正しく喝破して、戦闘よりもマスコミに顔を売るカストロの姿を中心に描いているのは偉い!意外と、こういった「本質」はオミットされがちなので、好感を持てました。

 主役のビクター・ヒューゴ・マーチンが、カストロに全く似ていないことくらい、十分に許せてしまいます(苦笑)。

 「カストロをヒーローに描くなんて、アメリカにも意外とリベラルで心が広い人がいるなあ」と感心しながら見ていると、終盤で来た、来た、来たー!

 終盤は、最近のキューバの貧乏で惨めな様子を誇張して描き、そして老年のカストロが失意に沈む様子を執拗に描きます。

 つまりこの映画は、「カストロは、若いころは偉かったけど、今では堕落してダメ爺になった。結局、キューバはアホウなバカ国家なのだ」と結論づけたわけです。だからこそ、「コマンダンテ」と違って、アメリカ国内で放映できたし、エディー賞候補にもなったのですな(苦笑)。

 これは、なかなか良く考えられた誹謗中傷の仕方です。

 歴史的事実の中から、都合の良い部分だけを抜き出して誇張する。最初に上げておいてから、後でドカンと落とす。

 最も賢いプロパガンダの方法を学べる良いテキストでした。

 


 

13Days 

       13Days

 

制作;アメリカ

制作年度;2000年

監督;ロジャー・ドナルドソン

 

(1)あらすじ

 196210月、キューバ上空を偵察した米軍機は、発射準備を進めるソ連製戦術核ミサイルを発見した。

 ケネディ大統領(ブルース・グリーンウッド)と側近たちは、このミサイルを撤去させるべくソ連と交渉を進めるが、事態はこじれて一触即発の危機となる。世界全面核戦争の危機の中、ケネディたちは死力を尽くして難局の解決に挑むのであった。

 

(2)解説

 いわゆる「キューバ・ミサイル危機」の完全映画化。

 私が知る中で、ポリティカル・サスペンスの最高傑作です。映画館やビデオ、DVDで、通算10回は見ました。見るたびに新たな発見が得られるので、非常にナイスな映画です。結局、DVDを購入して、今でもたまに見ています。

 「キューバ危機」の13日間を巡るホワイトハウス内の一部始終については、ケネディ兄弟が密かにテープに録音しておいてくれたため、その全貌が明らかになっています。そして、この映画の脚本は、そのテープの内容を忠実に正確に再現しているので、ほぼ完全なノンフィクションです。だからこそ、手に汗握る迫真のリアリティが得られるのでしょう。

 世界滅亡の瀬戸際で、世界最高の知性の持ち主たちが、卓抜なディベートを繰り広げます。戦争を始めたいタカ派の軍部と、それを押し止めようとするケネディ兄弟。殺意すら籠った両者の激しい議論を見ると、「なるほど。だからケネディ兄弟は、後に非業の最期を遂げたのか」と、妙に納得してしまいます。アメリカの産軍複合体を敵に回した人物は、決して幸せになれないのでした。

 ただ、この映画はいろいろな意味で「観客を選ぶ」内容なので、詰まらないと感じる人も多いかもしれません。

 まず、背広姿(あるいは軍服姿)のオッサンが、ホワイトハウスの中でひたすら議論を繰り返す内容なので、ビジュアル的に単調です。いちおう、海上封鎖やキューバ航空偵察のシーンはあるけど、若い女性は全然出て来ないし(笑)、アメリカの市井の様子もほとんど分かりません。

 また、歴史の予備知識が無い人には、内容が難しいかもしれません。「ミュンヘン協定」とか「ピッグス湾」とか、説明も無しにいきなり話題に出て来るので、パンフレットなどで前史を学んでから見る方が良いかも。「実際の歴史に忠実な脚本」は、実は、「歴史の予備知識を持たない人を排除する」という弊害を持つのです。

 そして、この映画の最大の弱点は、「ホワイトハウス主観でしか語られない」点です。

 この事件には、アメリカ、ソ連、キューバの三国が絡んでいます。それなのに、映画の中では、キューバはおろかソ連の状況すら全く語られません。カストロやフルシチョフといった要人の顔さえ、全く画面に映りません。だからこそ観客は、「相手の顔が見えない不気味さ」を、主人公であるホワイトハウスの面々と共有できるのでしょうけど、これは歴史を評価する上で公平な姿勢とは言えませんね。国力の低いキューバやソ連の方が、アメリカよりも遙かに深刻な恐怖と絶望に沈んでいたはずなのに、この映画からは、まったくそれが伝わりません。

 だいたい、「キューバ危機」は、アメリカのせいで起きたのです。

 アメリカは、カストロのキューバ革命政権を潰すために、この島国に対して軍事侵攻とテロ攻撃を繰り返しました。たまりかねたカストロ政権がソ連に助けを求めると、ソ連はアメリカの激烈な核配備攻勢に対抗する思惑を抱いて、この新たな同盟国に核ミサイルを配備したのです。これに過剰反応したホワイトハウスが、勝手に「核戦争の是非」について議論を始めたというわけ。

 つまり、最初にキューバとソ連に喧嘩を吹っ掛けたのはアメリカ側なのです。それに対する相手の反応が意外に強硬だったので、勝手に狼狽して慌てふためいちゃったのです。「キューバ危機」というのは、そういう事件だったのです。アメリカの独り相撲だったのです。その結果、全世界が滅亡寸前に追い詰められたのです。

 映画「13Days」は、残念ながら、ホワイトハウスに舞台を絞ったアメリカ主観に偏った映画なので、こういった「本質」を汲み取ることが出来ません。だから、予備知識を持たずに映画を見た人は、「キューバとソ連こそが、世界平和を乱した悪の国なのだ」と、間違って思い込んでしまうでしょう。

 穿った見方をするのなら、それこそが映画製作者の狙いだったのかもしれません。 

 アメリカ映画は、常に「アメリカの正義」をアピールすることを目的に創作され、そして全世界にばら撒かれるのですから。

 


 

ワルキューレ

         Valkyrie

 

制作;アメリカ

制作年度;2008年

監督;ブライアン・シンガー

 

 1944年夏の、ドイツ国防軍将校によるヒトラー暗殺計画の全貌を描いた映画。

 トム・クルーズ主演なので、いろいろと危ぶんでいたのですが、蓋を開けてみたら、期待以上の良い映画でした。むしろ、トムくん主演の最高傑作映画だと思います。

 監督はブライアン・シンガーですが、私は昔からこの人のテイストが大好きなのです。なんというか、代表作の「X-MEN」にしても、「真面目でストイック」な作風ですよね。だから、以前から「シンガー監督は、歴史ものを撮れば良いのになあ」と思い続けていたのですが、やっぱり良い映画を撮ったじゃん

 この私さえ唸ってしまうくらいに「史実に忠実」です。人物のセリフまで、ほとんど史実のままです!おまけに、コスチュームをはじめ、ギミックやプロップスも凄い!「なんで、ここまで拘るのか?」というくらいに、史実どおりです。Ju52機も、本物を飛ばして撮っている!(これだけでも、ナチスマニアは必見です!)。とても、ハリウッド映画(MGM)とは思えない真面目な出来栄えでした!

 これはどうやら、スタッフとキャストに、ドイツ人が多く参加した成果なのだと思います。俳優なんかも、「ヒトラー最期の十二日間」に出演していた人も多くて、つまりナチスもの映画のノウハウを豊富に持っている人たちが、監督やトムくんを支えてあげたのでしょうね!

 で、歴史にあまりにも忠実なので、当然ながらストーリーは地味で淡々としているのですが(色気もない!ひたすらナチスの制服を着たオジサンばかりが出て来る!)、さまざまな工夫を脚本に入れて、背景をそれとなく補強しサスペンスを入れているので、「ゲバラ2部作」みたいに話が分からなくなることはないし、単調にもなっていません。

 下手に架空の話を入れたりして技巧をこらすよりも、「歴史どおり」のほうが説得力が出て、真実の重みが増して感動を呼べるのです!

 さすがは、シンガー監督! 惚れ直しましたぞ!この勢いで、じゃんじゃんと史実に忠実な、真面目でストイックな歴史映画を撮りまくってほしいものです!

唯一、文句をつけるとすれば、劇中の使用言語がドイツ語では無くて英語だった点。でもこれは、監督も主演俳優(トムくん)もドイツ語が出来ないのだから仕方なかったでしょうね。下手に現地語にこだわって、演出がグチャグチャになった「 チェ2部作」の悪例もありますし。

 


 

天使と悪魔

                Angels and Demons

 

制作;アメリカ

制作年度;2009年

監督;ロン・ハワード

 

(1)あらすじ

 謎の秘密結社イルミナティが、バチカンのローマ教会に対して宣戦を布告した。イルミナティは、教皇を毒殺した上、バチカン市国のどこかに反物質の時限爆弾を仕掛けた。しかも、教皇選挙(コンクラーベ)を妨害するために、4人の教皇候補者を誘拐し、そして中世の秘儀に従って彼らを殺害するとの予告状を出したのである。

 窮したバチカンは、中世の秘密結社に詳しいラングドン教授(トム・ハンクス)に助けを求める。ラングドンは、ガリレオが残した暗号を解読し、敵の正体に迫って行く。

 

(2)解説

 「ダビンチ・コード」シリーズの第二弾。ただし、原作小説は、こっちの方が「ダビンチ」より早い。

 ローマとバチカンの名所が、到る所に出て来るので、観光ミステリーとして一級である。また、暗号解読の謎解きにも、「ダビンチ」に劣らぬ爽快感がある。スピーディーでスリリングな展開も、一級のエンターテインメントと言えるだろう。

 ただし、物語の構造が極めて不自然であり、人間心理的にもおかしい。

 犯人は、なぜわざわざ危険を冒して、スイスのセルン研究所まで反物質を奪いに行ったのだろう?そんなリスクを冒さずとも、他に強力な爆発物を手に入れる方法はあったはずだ。また、誘拐した枢機卿たちを、手の込んだ方法で殺害するのも、意味が良く分からない。しかも、殺害方法や殺害場所のパターンについては、かなり早い段階でラングドンらに喝破されており、犯人もそれを承知したはずなのに、なおも同じ行動を継続しようとするのは不自然極まりない。

 主人公ラングドンの行動の動機も、良く分からない。どうして、バチカンと対立する無神論者の彼が、敵に直接狙われているわけでもないのに、バチカンのために命をかけて暗殺者と戦おうとするのだろう?原作小説では、「恋したヒロインが敵にさらわれる」という無理やりな状況設定をすることで、主人公に無理やり動機づけを与えているのだが、映画ではこの設定をオミットしてしまったため、なおさら訳が分からなくなった。

 また、作中で展開される歴史ウンチクは、全てデタラメである。

 そういうわけで、この映画が「ダビンチ・コード」よりもヒットしなかったのは仕方ないだろう。それでも、ロン・ハワード監督は頑張って、原作小説のおかしな点を必死に払拭しまくっているのだが、そもそも物語の基本構造自体が狂っているのだから仕方ない。

 結局は、原作者ダン・ブラウンの金儲け主義に問題があるのだろう。「観光ミステリー+謎の秘密結社+暗号解読+歴史ウンチク+男女の逃避行+意外などんでん返し」。ここまで一冊の中にブチ込めば、間違いなく面白い内容になるだろうし、本もたくさん売れるだろう。だけどその結果、物凄く常識はずれで不自然な物語になってしまった。せっかく、「科学と宗教の関係」という興味深い大テーマを設定したのだから、もっとこっちを突っ込んで書けば 、立派な文学として成立させることも可能だったのに、他の設定があまりにも幼稚で不自然なので、大テーマが後景にボヤけてしまったのである。何ともったいないことか。

 こういったアメリカ人の「金儲けさえ出来れば、後はどうでもいい!」という下品な感覚こそが、全世界を同時不況に追いやり、世界の文化を貧困にしている最悪の元凶なのである。

 そう考えるのは、行き過ぎであろうか?