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小説評論もどき 2021年5月~12月 (27編)


7年ぶりに再開の読書記録です。2021年5月分~12月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2021
ポリフォニック・イリュージョン  飛浩隆初期作品集 著: 飛浩隆
河出文庫 2021年, 780円, ISBN978-4-309-41846-9 デビュー40周年、日本SF大賞2冠作家はここから始まる。
2018年に出版された同名の単行本から1980年代に「SFマガジン」に収録された6編と著者による解題を 文庫化し、新たに単行本未収録の超短編5編を加えて文庫化。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
寡作で知られる著者だが、初期にはそれなりの数の短編があったのね。 とはいえ、『零號琴』『象られた力』 に比べると瑞々しさはあってもさすがに完成度は高くはないかな。 「著者による解題」のはしゃぎっぷりが意外で、こんな一面もあったとは。
Genesis 創元日本SFアンソロジーIV 時間飼ってみた 編: 東京創元社編集部
東京創元社 2021年, 2000円, ISBN978-4-488-01845-0 SF新時代を切り拓くアンソロジー
東京創元社Genesisブランドのアンソロジー第4弾。小川一水らの6編に加え、 第12回創元SF短編賞優秀賞・正賞の2編を収録
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
収録作はそれぞれ面白いんだけど、各作品の方向性が違い過ぎて、 全体としてはテーマ性がボケているような気もする。面白いんだけどね。 創元SF短編賞優秀賞の「神の豚」には見事にスカされた。
大宇宙の魔女 ノースウェスト・スミス全短編
(原題: Complete Northwest Smith)
著: C・L・ムーア (C. L. Moore) / 訳: 中村融, 市田泉
創元SF文庫 2021年(原典1933-1940), 1500円, ISBN978-4-488-79001-1 火星で、金星で、そして時の彼方で出会う艶麗かつ獰猛な暗黒宇宙の妖女たち
太陽系を股にかける無法者ノースウェスト・スミスが、火星や金星でさまざまな魔女・妖女と邂逅する。 名高い「シャンブロウ」を筆頭に13編を、新訳で。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
第二次世界大戦より前に書かれた作品群なので、熱戦銃を手に宇宙を渡り歩くアウトローの話なのに 宇宙の描写は全くなくて、火星や金星は異世界ファンタジーの舞台の扱い。 スミスが戦う相手も妖術師や太古に滅びた民が崇める神や悪鬼だったり。「シャンブロウ」は今でも面白いと思うけど、 その他は古めかしすぎて、あえて再評価とか言わなくてもいい気がする。
狩りの季節 異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2021年, 1000円, ISBN978-4-334-79271-8 極上の収獲を求め物語の森の奥へ―― 狩るものと狩られるものを巡る傑作十五編!
異形コレクション第52冊目。「狩り」をテーマにした書き下ろし短編15編を収録。
統合人格評★★★ / SF人格評★★★ / ホラー人格評 ★★★★
アンソロジーが3冊続いたが、柴田勝家と伴名練の二人が全てに名を連ねていて、しかもそれぞれ面白い。 新しい作家たちが活躍しているのは本当に頼もしいし、一方、牧野修のような手練れの書き手も負けていない。 さて、本作は「狩り」がテーマ。人が何かを狩ったり、何かに狩られたりの中で生み出される恐怖やスリルは このジャンルの王道のモチーフで、これまでに取り上げられてなかったのが不思議なくらい。 空木春宵「夜の、光の、その目見の、」の美しさが一番好きかな。
November, 2021
ベストSF2021 編: 大森望
竹書房文庫 2021年, 1500円, ISBN978-4-8019-2754-4 冬が過ぎ、春風が吹き―― いま、SFの時代
創元SF文庫版年間SF傑作選を引き継ぐシリーズ2冊目。 2020年に様々な媒体に発表されたSF短編から編者が選ぶ11編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
裏SF作家界のボス(cf.下の『異常論文』収録「SF作家の倒し方」)のセレクトは 相変わらず独特というか限界を攻めているというか。でも収められた作品のラインアップを通じて 今のSFが求めるもの/求められるものは何かという問いに答えている気もする。 下の『異常論文』が編まれるきっかけとなった柴田勝家「クランツマンの秘仏」は論文というよりは評伝。
異常論文 編: 樋口恭介
ハヤカワ文庫 2021年, 1240円, ISBN978-4-15-031500-9 異常論文とは、生命そのものである。 樋口恭介
「論文」の様式で書かれたSF短編22編からなるアンソロジー。 SFマガジン2021年6月号の同名の特集に12編を追加。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★
論文の姿をまとう小説が成立するのはSFというジャンル以外ではあり得ないだろう。 そうだとしても、これだけの奇想の結晶が集まると壮観だ。 著作の多くが異常論文である円城塔は当然だが、最近の書き手の作風もこの形式にうまくはまっている感じ。 難解な作品も多いのだが、中央に配された内輪受けギャグの小川哲「SF作家の倒し方」が箸休めとして効いている。
逡巡の二十秒と悔恨の二十年 著: 小林泰三
角川ホラー文庫 2021年, 680円, ISBN978-4-04-111993-8 『玩具修理者』『アリス殺し』の奇才にしてホラー短編の名手、単著未収録作品集
2020年11月にこの世を去った著者のホラーまたはホラー系の短編10編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
著者はとても論理的なホラーを書く。論理的に正しくても起点がおかしければ、 その先に展開されるのは正しいのにおぞましい世界。特に「食用人」のグロテスクさは筋が通ってるだけに過激で、 人によっては読んでるだけで吐くと思う。 一方で異様ながら強烈な課題提起で、映画化してシッチェス映画祭あたりに出品すれば絶賛される気もする。
October, 2021
虚談 著: 京極夏彦
角川文庫 2021年, 680円, ISBN978-4-04-111541-1 この現実はすべて虚構だ
語り手やその知人が経験する、どこか筋道が通ってなかったり かみ合ってなかったりする話の中に埋め込まれた様々な「嘘」。嘘が読み手を浸食してくる10編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
1話目「レシピ」の最後の一文に総毛立った。 知人の高校時代の彼女にまつわるとらえどころのない幽霊話がいきなり正体を失う驚愕。 他の話も怪談のようでいながら、浮かび上がるのはそれぞれ「嘘」としかいいようのない何か。 実は何となく買った一冊だったのだが、読み進めるうちに足元が覚束ない感覚に落とされる語り/騙りの巧さは名人芸。
再着装の記憶 〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー 編: 岡和田晃
アトリエサード 2021年, 2700円, ISBN978-4-88375-450-2 血沸き肉躍る大活劇、ファースト・コンタクトの衝撃…  未来における身体性を問うSFアンソロジー!
テーブルトークRPG「エクリプス・フェイズ」を基盤とするシェアード・ワールド・アンソロジー。 シンギュラリティに達した軍事AI群の暴走により地球から強制退出させられた人類が、 人格のアップロードや義体へのダウンロードを自在に行う〈トランスヒューマン〉として 太陽系内にさまざまなコロニーを築いている世界を舞台とした14編の物語。 ケン・リュウら海外勢4編を含む。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
シンギュラリティ後の世界を舞台とした作品群で、〈人間性〉を脱して、または再定義して 宇宙に拡散する人類の姿を描くのだが、21世紀に入る前後くらいに流行ったテーマであり、 そもそも、サイバーパンクの聖典『スキズマトリックス』 の直系の子孫でもあるので、先端科学のその先を扱いながらも逆にノスタルジーっぽいものを感じたりする。 一方で、発祥がテーブルトークRPGで、本書収録を含むこのシェアード・ワールドがウェブマガジン上で展開されている、 という私が見逃していた領域の振興を知ることができたのは収穫。
開城賭博 著: 山田正紀
光文社 2021年, 2090円, ISBN978-4-334-91425-7 史実がどうであろうとも。
勝海舟の葬式を取材する新聞記者は、そこで見かけた男のたたずまいが気になって追いかける。 男は新聞記者に江戸城無血開城の秘話を語るのだが、勝海舟と西郷隆盛は開城の条件をなんとチンチロリンの勝負に託したという。 「開城賭博」
表題作を含め、奇想をこらした歴史短編6編を収録。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 -
歴史は全てが語られているわけでなく無数の隙間があり、その隙間を想像力でどう広げるか、 が、歴史小説の醍醐味でもあるのだが、よくぞこれほど絶妙な隙間をみつけてくるものだ。 どの話もなんとも軽妙で奇想に富んでいて、それでいて人生の機微に通じていて、なんといっても面白い。 老練の書き手である著者はこういうのが無類に巧い。シリーズで映画かNHKの時代ドラマにしてほしいな。
イカした言葉 「裏切るのではない」「俺たちは表がえるのさ」(「独立馬喰隊、西へ」p214)
オベリスクの門 (原題: The Obelisk Gate) 著: N・K・ジェミシン (N. K. Jemisin) / 訳: 小野田和子
創元SF文庫 2021年(原典2016), 1400円, ISBN978-4-488-78402-7 数百年ごとに文明が破滅する世界で苛烈な運命を背負った者たちの戦いが始まる
遥かな未来または別世界の地球。不定期に発生する大規模地殻変動がもたらす〈季節〉による文明の破壊を前提に存続する帝国で、 大地を知覚し動かす能力を持つオロジェンと呼ばれる人々は、その有用性と危険性ゆえに道具として使役されるがその管理の外では迫害されている。 オロジェンであることを隠し暮らしていたエッスンは、オロジェンであることが分かった幼い息子を殺して残った娘を連れて逃げた夫を追うが、 その時〈季節〉が始まった。やがて地下都市カストリマにたどり着き、そこで彼女の過去と深くかかわる人物と出会う。(前作『第五の季節』)
〈季節〉が深まり灰が地上を覆い食料が乏しくなるなか、エッスンはかつてのパートナーで石化しつつあるアラバスターや彫像のような謎めいた種族〈石喰い〉から、 この世界の秘密と闘争の片鱗と、軌道上に浮かぶオベリスクを用いて彼女が果たすべき使命を知らされる。 一方、エッスンの娘で父親に連れられて逃げたナッスンは、たどりついたコミュニティで母親にも負けないオロジェンの力を開花させ、 いくつかの葛藤を超えて自分のするべきことを自覚する。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
三部作が三年連続でヒューゴー賞を獲得したシリーズの2作目で『第五の季節』の続編。 しっかりとしたSF設定で構築されたエキゾチックな世界をファンタジーの文法で語るのは、ジーン・ウルフ『新しい太陽の書』シリーズと似ているかな。 非常に面白いのだが、記憶力の衰えた読者としては前作から引き継がれる固有名詞と人物相関がかなりアヤフヤなのでちゃんと読めてない気がする。 三部作そろってから読んだほうがよかったかな。 作者が黒人ということもあって、本国では黒人奴隷解放の歴史を連想する読み方もされているようだが、 むしろロマとかユダヤ人とかではないかな。
イカした言葉  ほほう―― やあ、小さな敵(p313)
恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション 編: 朝宮運河
角川ホラー文庫 2021年, 680円, ISBN978-4-111880-1 レジェンド級の戦慄
『再生』に続く角川ホラー文庫ベストセレクションの第2弾。 竹本健治、小松左京ら8人の作家の短編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★★
ヒトが怖いものから、幽霊だったり怪物だったりと恐怖の対象は様々な8篇だが、 いずれも粘つくような黒さの語り口と読後感の重たさが共通している。坂東眞砂子の「正月女」はその代表。 2020年12月にこの世を去った小林泰三の 「人獣細工」は粗いと言えば粗いが、人体実験を扱うホラーの傑作。
September, 2021
零號琴(上/下) 著: 飛浩隆
ハヤカワ文庫JA 2021年, 各860円, ISBN978-4-15-031496-5/978-4-15-031497-2 それは日本SFの呪いか、それとも希望か。
人類の銀河進出を導いた〈行ってしまった人たち〉が様々な星に遺した特殊楽器。 その演奏者ギルド員であるトロムボノクと相棒の美少年シュリュバンは、大富豪パウルに誘われて惑星美縟に向かった。 大小数十万のカリヨンで構成される都市サイズの特殊楽器〈美玉鐘〉が美縟の首都磐記の定礎以来500年ぶりに再建されるというのだ。 もともと〈美玉鐘〉の土台として設計された磐記はまた、假劇〈美縟のサーガ〉が毎週演じられる舞台でもあった。 假劇では、住民全員が神や英雄や詩人の假面をつけ、無数の假面の連合の中に生成される神話が演じられている。 〈美玉鐘〉の奏者を押し付けられたトロムボノク達の目の前でパウルが暗殺される非常事態が生じるも、 秘曲〈零號琴〉とともに演じられる特別な假劇の準備が進む。 パウルの死亡も本人の仕掛けの疑惑があり、他にもさまざまな思惑や陰謀や秘密の計画が錯綜する中、 美縟と美縟の人々に途方もない何かを引き起こすであろう一大假劇が始まろうとしている。2018年発行の単行本を文庫化。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★★
豪華絢爛なガジェットやアイデアを畳みかけるように繰り出し複雑なプロットで読者を翻弄する 派手でテンションの高い物語。 単純に面白いのだが、それだけではなく物語の端々や固有名詞から、日本の戦後オタクカルチャーの様々な要素が浮かび出る。 何しろ劇作家のワンダが假劇世界に波乱を引き起こすために取り込むのが、美縟以外の世界で圧倒的人気を誇った 「仙女戦隊あしたもフリギア」シリーズだからね。 でもネタではなく、この破格な物語をドライブする核として機能している。 想像力のみに拠って存在する人々の物語は、想像力を至上とする読者の精神を打ち鳴らす。 パウルの子どもであるワンダとフースは聡明で世知に長けているのに美縟の相続システムを知らなかったのは疑問だが。
イカした言葉 「『生きててよかった』だって。おかしいよね。あのおばさんも死なない人なのにさ」(下巻p54)
ビンティ 調和師の旅立ち
(原題: BINTI: The Complete Trilogy)
著: ンネディ・オコラフォー (Nnedy Okorafor) / 訳: 月岡小穂
早川書房 2021年(原典2015, 2017), 2200円, ISBN978-4-15-335054-0 アフリカ系アメリカ人の最注目作家が描く宇宙冒険コンタクトテーマSF
高度な情報機器でもある工芸品の製作に長けるアフリカのヒンバ族の一員で、 数理フローを操る調和師師範として家業に就くことを期待されていた少女ビンティは、 生涯土地から離れない部族の伝統を破って密かに村を抜け出した。異星の名門大学へ入学し他の世界を知るためだ。 大学のある惑星ウウムザに向かう宇宙船をクラゲ型宇宙人のメデュース族が襲撃し多数の死者が出る窮地を解決し、 彼女は様々な異星種族が集うウウムザ大学で学び始める。 やがて、休暇で帰郷した彼女は、彼女を理解しようとしない親族との軋轢や、 関係の深い他部族とメデュースとの争いに巻き込まれるなかで、自分が知らなかったルーツに向き合い、 さらに新たなルーツを取り込みながら、調和師として成長していく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
SFの体裁はとりつつも、ほぼ100%ファンタジーで、そのフォーマットで書けばいいのにと思ったり。 でも、著者のルーツも踏まえた社会や文化の現代的な多様性がテーマなので、 現実世界との連結を細いながらも確保するために必要な設定だとも思う。 数理フローとか、数学っぽい超越的能力も、出てくるのはピタゴラスの定理とか円の面積の公式程度で こじつけにしても弱いとか、主人公の少女がなんやかんやで世界を味方につけ問題を解決してしまうとか、 全体としてはヤングアダルトの風情で、いろいろヌルめな感じ。
イカした言葉 「ゾウどうしが戦うとき、雑草はどんなに踏みにじられても、じっと耐えるものだ」(p262)
機龍警察 白骨街道 著: 月村了衛
早川書房 2021年, 1900円, ISBN978-4-15-210045-0 日本はもう終わっているのか?
開発中の日本製機甲兵装の重要パーツの国外流出を企て国際指名手配された男が ミャンマー辺境で逮捕された。紛争地帯での身柄引き受け役として官邸が指名したのは警視庁特捜部突入班の3人。 突発的な危機への対応能力といざとなれば切り捨てられる人材であることが表向きの理由だが、 特捜部の沖津部長は、特捜部を壊滅させ龍機兵の秘密を奪おうとする警察内部の〈敵〉の陰謀を察知する。 犯人を引き取った姿警部ら突入班の3人は、軍閥と化した国軍の一部や人身売買組織が跳梁するミャンマー奥地で、 仕掛けられた苛烈な罠を間一髪でかわしながら、当地で多数の日本兵が無意味に命を落としたインパール作戦のごとき 脱出行を続ける。 一方、日本では特捜部のメンバーが国産機甲兵装開発の裏に隠された政府上層部と経済界の闇を暴くべく捜査を開始した。 しかしこの腐敗に手を出すことは特捜部の解体を招きかねない危険な勝負だった。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★
このサイト休止中に読んだ『暗黒市場』『未亡旅団』『火宅』『狼眼殺手』も良かったが、 本作も圧倒的に面白い。現実のロヒンギャ弾圧や国軍とNLDの覇権争いが影を落とすミャンマーのジャングルや山岳地帯での 機甲兵装を駆使した戦闘シーンは圧巻で、また、手を出してはいけない警察を含む政財界の闇に敢然と立ち向かう特捜部と、 彼らと協働する気骨ある警察官たちの奮闘に痺れる。 日本とミャンマーでの腐敗と悲惨の有様と、その引力に抗えずダークサイドに落ちる人々の物語は、 作中で姿警部が何度か語るように、この世のいつでも、どこでも起こっている普遍的な光景なのだろう。 今回、〈敵〉の一人であることが判明する人物の動向ははじめから胡散臭いので、その仕掛けには沖津部長なら気づきそうだけど、 というところはちょっとした穴かな。
イカした言葉 「確かにどいつもこいつも死に損ねるのが大の得意だって顔してやがる」(p364)
August, 2021
不死身の戦艦 (原題: Federations) 編: ジョン・ジョゼフ・アダムス (John Joseph Adams) / 訳: 佐田千織 他
創元SF文庫 2021年(原典2009), 1360円, ISBN978-4-488-77203-1 豪華執筆陣が広大なる星間国家を描く!
広大な宇宙空間を版図とする帝国や連邦国家を舞台とするアンソロジー。原書の23編から16編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
大宇宙に広がる国家・連邦・帝国は、昔からSFの定番の舞台で、政治や歴史を織りなす大河シリーズも数多い。 本書でも「エンダーのゲーム」「歌う船」「ヴォルコシガン」シリーズに属する短編があったりと、 王道な作品が並んでいるのだが、「星間集団意識体の婚活」は文明圏そのもののが主人公となって伴侶を求めるドタバタ (幼なじみラブコメあり)を描く異色作で楽しい。
秘密  異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2021年, 1000円, ISBN978-4-334-79208-4 秘められた恐怖を味わう傑作十六編!
異形コレクション第51冊目。秘密をテーマとする書き下ろし短編16編を収録。
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★
10年間の空白を経て異形コレクションが復活し、 2020年末に『ダークロマンス』『蠱惑の本』の2冊が立て続けに刊行されたことに驚き歓喜した。 それが本サイトの更新を再開した一つの要因でもあるのだ。 さて、復活第3弾となる本書は、序文で編者が語るように、物語を生み出す源泉である〈秘密〉を巡る物語。 坂入慎一「私の座敷童子」が一番良かったかな。
July, 2021
フェイス・ゼロ 著: 山田正紀 / 編: 日下三蔵
竹書房文庫 2021年, 1300円, ISBN978-4-8019-2690-5 無表情の表情―― ひとが決して目にしてはならない“顔”
山田正紀の単行本未収録の短編13篇を収めた短編集
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
掲載作の多くは異形コレクションなどで発表されていて、 1990年代後半以降の12編は初出時の媒体で既に読んではいたのだが、一つだけ「冒険狂時代」は未読。 1978年初出ってほぼデビュー直後でさすがにこれは追えない。まだこういうのが残っているとは。 30年を超える期間に書かれた短編は単行本に収められていないものが多数あり、 著者本人も忘れてたりするようなので、編者の日下さんにはこれからも頑張ってほしいと願うばかり。
怪奇疾走 (原題: Full Throttle) 著: ジョー・ヒル (Joe Hill) / 訳: 白石朗, 玉木享, 安野玲, 高山真由美
ハーパーBOOKS 2021年(原典2019), 1590円, ISBN978-4-596-54158-1 モダンホラーの名手が案内する悪夢のドライブ旅行。
モダンホラーのみならず幅広い文学ジャンルをものするジョー・ヒルの短編集。 父親S・キングとの共作2編を含む、13編を収録。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
このサイト休止中に何冊か出版されたジョー・ヒルの長編や短編集は全てを読んでいるが、 ことに短編の切れ味は異様なまでに鋭い。本書に収められた全編もそうで、 読んでいる間どこに着地するのか全く見えず、洗練された不協和音や、 死角から急所を射抜くラストの一撃の見事さに読み終わった瞬間、思わずうめき声や驚きの声が漏れる。 その後を想像させる余韻の残し方、現代社会の不穏さを掘り起こす筆致は格別でたぶんキングを超えている。 両親から受け継いだものを語り自らを振り返る序文も良い。
イカした言葉 「ある意味ではごく平凡なことだよ。図書館に入って、気が付いたら死者と対話しているなんてあたりまえのことだ」 (「遅れた返却者」p338)
死人街道 (原題: Deadman’s Road) 著: ジョー・R・ランズデール (Joe R. Lansdale) / 訳: 植草昌実
新紀元社 2021年(原典2010), 2000円, ISBN978-4-7753-1883-6 魔界西部にようこそ。 朝松健(本書解説より)
西部開拓時代のアメリカ。銃の名手にして破戒牧師のジュビダイア・メーサーは 怪異や妖魔の討伐を自らに課した使命とし、西部の荒野を町から町へと旅をしている。 リンチで殺された先住民の呪いが生み出すゾンビの群れや、何者かが異世界から召喚した怪物に、 彼が嫌悪する神の力と正確無比の拳銃の腕で立ち向かう。 「死屍の町」「死人街道」「亡霊ホテル」「凶兆の空」「人喰い坑道」の5編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
なんと、ランズデールの新刊。しかもパルプのテイスト全開の魔界西部劇(ウィアードウエスト)で、 クトゥルー神話の要素も少し。 シリーズとして一冊にまとめられたのは2010年だが、収録作初出は1980年代から2000年代とそこそこ古い。 牧師でありながら神を嫌い呪い罵倒し続ける主人公が、ためらいなく勝算の低い戦いに挑む姿は、よくある感じで目新しくはない。 でも、まえがきで著者が語る、このジャンルへの愛と熱意、作劇へのこだわりが見える、 僕みたいなジャンルの古参客には心地よいシリーズ。コミカライズするなら絵は平野耕太を推薦したい。
イカした言葉 「残念なことだが」ジュビダイアが答えた。「ここが神の国だ」(「死人街道」p199)
こうしてあなたたちは時間戦争に負ける
(原題: This Is How You Lose The Time War)
著: アマル・エル=モフタール & マックス・グラッドストーン (Amal El-Mohtar & Max Gladstone) / 訳: 山田和子
早川書房 2021年(原典2019), 1900円, ISBN978-4-15-335053-3 “そうしてあなたは一通の〈手紙〉になって、レトリックとイマジネーションの 宝石をちりばめた千の時空を、飛翔するのだ。そう、愛と死と凱歌を綴る手紙となって―――。” 飛浩隆(小説家)
数多の並行世界の中で、時空を超え歴史に介入して覇権を争う《エージェンシー》と《ガーデン》。 《エージェンシー》のレッドは、ある作戦を完了した現場で一通の手紙を拾う。 それは、《ガーデン》 のブルーがレッドに宛てた手紙だった。罠を疑いながらレッドは返信を試みる。 両陣営のトップ工作員である彼女たち二人は、過去と未来、異なる時間線を縦横無尽に駆け巡り、 自陣営の工作と相手の作戦の妨害を繰り返し互いの力量を認め合いながら、 MRIで沸騰する水分子や人骨製の宗教的モビールが奏でる音色の中に隠した手紙のやり取りを続ける。 それぞれの陣営に対する背信行為となりかねない二人の秘密の交流は次第に親密さを増していく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
様々な領域からの引用をちりばめ、技巧を凝らした物語で、 ヒューゴー、ネビュラ、ローカス、英国SF協会賞を受賞と評価は高いようだ。 過去や未来の並行世界の短く切り取られた描写や、 突拍子もない媒体に隠された手紙とそこに書かれた情緒あふれる文章のギャップは面白い。 が、やはり本作は百合SFだ、ということに尽きるのかもしれない。 僕は、新興したこの分野(というより解釈?)に対する感度は高くないのだが、これだけストレートだとね。 欧米圏でも流行ってるのかな。
イカした言葉  レッドはアトランティスが大嫌いだ。何よりもまず、アトランティスの数が多すぎる。(p63)
宿で死ぬ 旅泊ホラー傑作編 編: 朝宮運河
ちくま文庫 2021年, 900円, ISBN978-4-480-43746-4 泊まれば二度と帰れない
ホテルや旅館など宿を舞台としたホラー短編を集めたアンソロジー。 遠藤周作を筆頭に11人の作家による11編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
旅すれば、いつの間にか異界へと足を踏み入れることもあれば、 土地や建物としての宿も何かが憑いた曰くつきの物件のこともあるだろう。 ということで、旅泊はホラーの題材としては鉄板のモチーフ。 収録作は、恐怖というよりは、気味の悪さや奇怪な違和感、の風情を感じさせるものが多い。 そういえば『異形コレクション』でも同旨の巻がいくつかあったよな、 と思ったら「IX グランドホテル」から、恩田陸と北野勇作の2編を収録。
June, 2021
三体Ⅲ 死神永生(上/下) 著: 劉慈欣 / 訳: 大森望, 光吉さくら, ワン・チャイ, 泊功
早川書房 2021年(原典2010), 各1900円, ISBN978-4-15-210020-7/978-4-15-210021-4 全世界2900万部突破! 小説の歴史を塗り替えた驚異の中国エンタメ、ついに完結。 / 世界を圧倒した現代中国最大の衝撃作、想像を遥か超えるその結末を目撃せよ。
『三体』『三体Ⅱ黒暗森林』に続く三部作の完結編。人類を凌駕するテクノロジーで 地球をくまなく監視し科学技術の発展を阻害する三体人の侵略艦隊の到着が数百年後に迫る。 これに対抗する起死回生の面壁計画が立案され、面壁者の一人、羅輯の奇策・暗黒森林抑止策により 侵略をくい止めることに成功した。(第2部まで)
その面壁計画の陰で、三体艦隊に地球人を送り込む階梯計画が進行していた。エンジニアとして計画を推進していた程心が、 ミッションの候補者として見出したのは、彼女の大学時代の知人で末期がん患者の雲天明。 程心に密かに恋心を抱いていた雲は、彼の死体を回収した三体人が蘇生することを前提とした無謀な計画に参加する。 そして、失敗に終わるこの計画と、程心と雲天明の関係が、数世紀の時を超えて、人類の存亡を左右することになる。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★
正直、第1部『三体』を読んだときは、いまどき悪い宇宙人が侵略してくる話かよ、と思っていたのだが、 こうなるか! 何をどう書いてもネタばれになるので詳しくは紹介できないが、物語は驚天動地につぐ驚天動地の展開を重ね、 太陽系の人類文明は翻弄され変容し、イーガンかバクスターばりの途方もないスケールに指数関数的に加速・拡大していく。 人類には検知もできないところで、宇宙を焼野原(この焼野原の有り様がSFとしても屈指の大風呂敷)にしつつ繰り広げられる 闘争のビジョンのすさまじさよ。Netflixでドラマ化するそうだが、この第3部も含めるつもりならどうかしている。 個人の選択が歴史を方向付ける様が重視されるところが、日本やアメリカのSFではあまり見ない感じ。
イカした言葉 「人間性をなくしたら、われわれは多くのものを失う。しかし、獣性をなくしたら、われわれはすべてを失う」(下巻p224)
異端の祝祭 著: 芦花公園
角川ホラー文庫 2021年, 680円, ISBN978-4-04-111230-4 この祝祭の真実は、禁忌。
霊が視えるだけでなく、それらと生者との区別がつけられず、幼いころから他人とうまくコミュニケーションが とれない就職浪人の島本笑美は、面接の場に現れたヤンと名乗る謎の青年の鶴の一声で大手企業モリヤ食品に採用される。 ヤンに連れていかれた施設で意味不明で不気味な儀式のようなものを見せられた笑美は次第に彼に魅了されていく。 しばらくして笑美の様子に異常を感じた彼女の兄が、心霊事件を扱う佐々木事務所を訪れる。 エキセントリックだがずば抜けた知性と行動力の所長佐々木と、彼女に振り回される常識人の助手青木は調査を始める。 どうやら笑美を媒体としたオカルティックな企てが進行しているらしい。次第に真相に近づく佐々木事務所の面々にも ヤンの異様な力が迫る。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
佐々木と青木のコンビはこの手の探偵バディ物としては定型の造形。 ヤンが多数の人々を支配し笑美を核として行う宗教儀式や物語中盤で語られるある人物の生い立ちのおぞましい描写は なかなかに達者だが、ちょっと細部まで輪郭強く見せすぎな感じ。 著者は小説投稿サイト出身で最近デビューしたそうで、分かりやすくかみ砕いた表現はそれゆえか。 これから作を重ねていき、定型の寄せ集めを超えたオリジナリティがもっと出てくると良いな。
イカした言葉 「大丈夫、すぐ慣れるよ。絶対に考え方や行動を押し付けたりなんかしないから。」(p231)
最終人類(上/下) (原題: THe Last Human) 著: ザック・ジョーダン (Zack Jordan) / 訳: 中原尚哉
ハヤカワ文庫SF 2021年(原典2020), 各980円, ISBN978-4-15-012320-8/978-4-15-0120321-5 軽妙で深遠。新鋭による驚嘆スペースオペラ / 知性とスケール感が大爆発する宇宙冒険SF
数十億の星系を擁し、参加する数百万の知性種族が交流するネットワーク世界の片隅の 水採掘ステーションで暮らす少女サーヤには秘密があった。外骨格の獰猛なハンター種族の母に養女として育てられた彼女は、 かつてネットワーク世界に徹底的に駆逐され絶滅し、今もなお忌まわしい種族として語り継がれる「人類」の生き残りなのだ。 あるとき彼女の正体を知る、高階層の集合知性種族と賞金稼ぎが現れる。 養母を失い、ステーションが壊滅する中で、かろうじて逃れ、ある宇宙船に乗り込むことになったサーヤは、 まだ他にも生き延びているはずの同胞を探すことを決意する。 ところが彼女が命がけで選択したはずの運命は、人類には理解不能なレベルで争う高階層の知性種族たちの 遠大な策略の一部として織り込まれたものでしかなかった。それでも、自らの決意を胸に彼女は勇敢に道を求める。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
前半は、バラエティに富んだ宇宙種族が入り混じるコミュニティの賑やかさと、 秘密を抱え鬱屈とする主人公が、そこを飛び出して強敵に追われながら冒険を始める様を軽妙に描き、 アニメにすればいい感じかと思いきや、下巻前半で、急激に物語は大きくなり、 3千兆人だの、とんでもない大きさの数で語られる規模に拡大する。それはそれでアニメやドラマ化しても面白そうなのだが。 風呂敷の広げ方はなかなかに壮大で、広大無辺な宇宙のなかでの無常観みたいなところは、テイストはともかく 「百億の昼と千億の夜」あたりにも通じるものがあるかな。
イカした言葉 「“結局わたしたちはみんな草の葉にすぎない”なんてポエムで締めくくるのはやめてよ。」(下巻p328)
May, 2021
白墨人形 (原題: THe Chalk Man) 著: C・J・チューダー (C. J. Tudor) / 訳: 中谷有紀子
文春文庫 2021年(原典2018), 1000円, ISBN978-4-16-791699-2 S・キング激賞!
1986年の夏、アメリカの田舎町で暮らす12歳の少年エディの周囲でいつからか始まった不穏な出来事の数々。 目の前で起こった移動遊園地での事故、彼をいじめた不良少年の不審な事故死、新任のアルビノの教師の醜聞、 両親を巻き込む町の不和と関係者の一人が被害者となる殺人未遂事件。 そんな中、エディは友人たちとチョークで描いた棒人間の暗号でお互いに通信する遊びを始めたのだが、 あるとき、誰が描いたか分からない人形が指し示す森の奥に、頭部の無い少女のバラバラ死体が見つかった。 その犯人と目される人物の死により恐怖の夏は終わる。 そして、2016年。同じ町で教師を勤めるエディのもとに、棒人間の絵とチョークが入った差出人不明の手紙が届く。 過去から何かが蘇り動き出したらしい。 過去と現在が交互に記される物語が進むにつれ、登場人物たちの昏い秘密があらわになる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
作者は熱心なキングのファンだそうで、キング御大が書いたのではと思わされるほど 舞台や物語の構造は相当にキング的だが、読み終わってみると、ホラー要素は実のところほとんどない(ないよね?)。 無垢な子ども時代を脱し、世界が広がるにつれ社会の汚い面に否応なくさらされ、そして、 自分の内部にはじめからある黒いものを自覚する。 因縁が絡み合う不幸の連鎖を通じて描かれるのはそのような成長の物語。
イカした言葉  酒瓶の底に答えを見いだした者などいない。(p358)
ポストコロナのSF 編: 日本SF作家クラブ
ハヤカワ文庫JA 2021年, 1060円, ISBN978-4-15-031481-1 コロナ禍は、災厄か、変革か? 想像力が判断する――
世界を覆うコロナ禍に対して、物語の枠組みでこれを意味付け、 人類の精神世界に取り込もうとする試みとなる、日本SF作家精鋭19人の書き下ろしアンソロジー。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★
会長の池澤春菜氏(会長になってたんだ)がまえがきで語る言葉がこのアンソロジーを表す全てだろう。
だったら小説に、もう一度追い越して貰おう。(中略)作家は予言者である必要はない。 むしろ一つの未来ではなく、たくさんのあり得たかもしれない未来を見せて欲しい。 現実の重さに委縮しがちな私たちの想像力の地平を広げてほしい。 そして胸をはって言ってやろう。「ほらね、小説は事実よりずっとずっと奇なり、だよ」と。
書店で初めて見つけたときは、時流に合わせたネタかと思ったけど、 SFならではの思弁を様々な方向に広げた読みごたえのあるアンソロジー。