S
muneyuki's main > SF & Horror >

小説評論もどき 2025年上半期 (更新中)


私の読書記録です。2025年1月分から、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

April, 2025
冬の子 (原題: Winter Child and Other Stories) 著: ジャック・ケッチャム(Jack Ketchum) / 訳: 金子浩
扶桑社ミステリー 2025年, 1200円, ISBN978-4-594-09878-0 ケッチャムは、短編も凄かった。モダン・ホラー界の鬼才が贈る珠玉の19作。
2014年に亡くなったジャック・ケッチャムの作品から、訳者が選び抜いた19篇からなる日本オリジナル傑作短編集。 『オフ・シーズン』に連なる表題作、ブラム・ストーカー賞最優秀短編賞受賞作「箱」「行方知れず」を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★★
代表作『隣の家の少女』は今でも普通に書店に並んでいて、没後10年たっても人気が途切れないジャック・ケッチャム。 本書に収められた作品群は、不条理な暴力や理解不能な運命がもたらす悲劇、ときに喜劇を切れ味鋭く描く。 作家を主人公とする作品がいくつかあるが(いずれも主人公はかなり酷い目にあう)、 ケッチャム自身がモデルである「三十人の集い」の、良識の暴走とその先の皮肉のきいたどんでん返しの見事さが印象的。
イカした言葉 「だいじょうぶだよ。ただ、おなかがすいていないだけ」(p65「箱」)
レッドリバー・セブン:ワン・ミッション (原題: Red River Seven) 著: A・J・ライアン(A. J. Ryan) / 訳: 古沢嘉通
ハヤカワ文庫SF 2025年(原典2023年), 1500円, ISBN978-4-15-012472-4 7人に課せられたひとつの使命とは。赤き霧漂う河上で展開するサバイバル×ディストピアSF
ボートの上で目を覚ました6人の男女と1つの死体。記憶がない彼らの身体にはハクスリーやピンチョンといった作家の名前の刺青があり、 遠隔操作で操縦されているボートは赤い霧に覆われた河を遡上していく。無意識の行動から元は刑事だったと思われるハクスリーや、 それぞれ軍人や医者、科学者などだったらしい彼らは、旅の目的もわからないまま、通信機を通じて与えられる苛酷なミッションの数々を経て、 霧の向こうで何かがうごめく荒廃したロンドンとおぼしき都市の奥へと進んでいく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
記憶喪失の主人公の視点で、断片的に課されるミッション、奇怪な何かとの戦闘を繰り返して不気味な世界を手探りで進み、 ときに得られるアイテムや情報を手がかりに恐るべき真相に迫る、という、FPSホラーゲームのシナリオになりそうな小説。 そのせいか、最初はVR世界が舞台かと思ってしまうのだが、そうではないそれなりのSF設定が仕掛けられている。 訳者あとがきにもあるように、手堅く面白くても賞を獲るような小説ではないのは確か。これ、本当にゲームにしてしまえばいいのに。
イカした言葉 「入っていき、用事を済ませて出てくる。単純であることは、つねに最良の作戦だ」(p159)
March, 2025
無限の回廊 著: 芦花公園
角川ホラー文庫 2025年, 740円, ISBN978-4-04-115768-8 まだ、悪夢は終わらない。
神に近い力で数多の魔を祓ってきた最強の拝み屋、物部斉清が死んだ。 心霊案件を扱う佐々木るみの依頼人が連れてきてしまった、拡散し続ける極悪な呪いを命と引き換えに治めたのだ。 しかし、何かがおかしい。 その後、人間の枠を超えた美貌で関わる人を惑わす片山敏彦が興味本位に入手した、 読む人によって内容を変える怪談を読む るみに、怪談の中の少女が話しかけてくる。 さらに、どこからともなく聞こえる「まだ」の声とともに物語は変転し続ける。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
佐々木事務所シリーズの4作目。ネタバレになるので詳しくは書けないが、最近のアメコミ映画によくあるアレを ここで展開するとは。そのせいか、シリーズの方向性が分からなくなったような気がする。 特に、ここまでの物語をドライブしてきた佐々木るみの凶悪な力とそれを彼女にもたらす呪縛が解かれたように見えるのだが、 今後どう続けていくのだろうか。青山幸喜があまり登場しなかったあたりに何かあるのかも。
イカした言葉 「いいえ、駄目なんですよ、もう」(p284)
死者を動かすもの (原題: What Moves The Dead) 著: T・キングフィッシャー(T. Kingfisher) / 訳: 永島憲江
創元推理文庫 2024年(原典2022年), 1000円, ISBN978-4-488-51304-7 ローカス賞ホラー長編部門受賞
宣誓軍人であるアレックスは友人を訪ねて没落貴族アッシャー家の屋敷を訪れる。 陰鬱な沼のほとりに建つ古く荒れ果てた館に住む旧友ロデリック・アッシャーのやせ衰えた姿にアレックスは驚く。 その妹マデリンはさらにひどい有様で、生気なくさまよい歩き、重い神経症も患っているらしい。 館で数日を過ごすうちに、アレックスはマデリンが、ときどき別人のような話し方をすることに気づく。 なんとか兄妹の心身の健康を改善しようと試みるが、その甲斐なくマデリンは命を落としてしまう。しかしそれは終わりではなかった。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
舞台や登場人物の何人かから直ぐわかるようにポオの「アッシャー家の崩壊」を 下敷きにした物語だが、ゴシックというよりはまさかのバイオ・ホラー。「マ○○○」とか「ブ○○○・ミ○○○○○」を彷彿させる。 あらためて「アッシャー家の崩壊」も読み直してみたが、当然そんな話じゃなかった。そりゃそうだ。 本作を皮切りにアレックスを主人公とする連作となるとのこと。次はまた別の古典ゴシックホラー作品を題材にするのかな。
イカした言葉 「でも、この二つの丸いゼリーが入った嚢に役目があるって、どうしたら考えられる?」(p219)
メロディアス 異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2024年, 1260円, ISBN978-4-334-10524-2 至極のメロディが響き合う傑作十五篇!
異形コレクション第58冊目。音楽や歌、楽器をテーマとする物語15編。
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★★
音楽や歌唱を重要なモチーフとするホラー小説は古今を通じて確かに多い。 ラブクラフト「エーリッヒ・ツァンの音楽」や日本のものだと「耳なし芳一」などが思いつく。 序言で編者が挙げてないものとしては、パオロ・ガチカルピ「フルーテッド・ガールズ」(分類としてはSFだけど。 『第六ポンプ』収録)なんかも。 今作もなかなかに豊かなラインナップで、ポップなものもあればハードにグロテスクなものもあって面白い。 一つ選ぶなら、並行世界のジャズ(的な何か)の成立を描く田中啓文「真夏の夜の夢」かな。
リビングデッド(上/下) (原題: The Living Dead) 著: ジョージ・A・ロメロ & ダニエル・クラウス(George A. Romero & Daniel Klaus) / 訳: 阿部清美
UーNEXT 2024年(原典2020年), 各3000円, ISBN978-4-911106-00-6/978-4-91106-02-0 10・23、世界は突然に変貌した。 / その日から10年。人類は希少生物となった。
10月23日、突然死体が動き出し生者を襲い始め、加速度的に増殖する屍者の群れになすすべなく世界が崩壊していく。 ワシントン国勢調査局のオフィスで、サンディエゴの検死官の手術室で、バージニアの貧しい住民たちが暮らすトレーラハウスで、 異変を報道し続けるTV局のニューススタジオで、太平洋航行中の海軍空母の上で、 変わってしまった世界を生き抜くための戦い・逃避行が繰り広げられる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
ジョージ・A・ロメロの遺稿を継いで書き上げられた大河ゾンビ小説。 ゾンビの災厄発生から2週間で文明が崩壊し希望が失われていく様をいくつかの個人的な視点から描く前半と、 そこから11年後、生存者のコミュニティで発生するある変化が語られる後半。 ロメロの名前に恥じない、王道ど真ん中のゾンビの世界観であり、重厚で壮大な歴史の一頁の物語。 ゾンビ小説にハズレなし、の所感を新たにする大作。
イカした言葉  自分がすでに死んでいるかのように付きまとえ。(下巻p288)
Feburary, 2025
AIとSF2 編: 日本SF作家クラブ
ハヤカワ文庫JA 2024年, 1360円, ISBN978-4-15-031584-9 長谷敏司の新作長編「竜を殺す」199p一挙収録  ほか、着実に社会実装されつつあるAIと人類の共生のかたち11篇
日本SF作家クラブ発のテーマアンソロジー第5弾。 『AIとSF』に続いて、AIをテーマ、モチーフとする11編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
前作『AIとSF』の1年前と比べても驚くべき速度でAIの機能が高度化し、 ついに本当に社会や生活、仕事の在り方を変えていく兆しが感じられる現在、同じテーマを重ねてより深く探っていく試みは意義深い。 また1年後にはまるで違った様相になっているであろう現実社会に合わせて新たな外挿を行う続巻も期待できるのかな。 今回でもっとも印象に残るのは、やはり、帯でも紹介されている長谷敏司「竜を殺す」。 AIが人間の仕事の多くを肩代わりし、さらには小説や音楽などの創作の領域まで人の手から奪われようとしている社会を とてつもない解像度で描き出し、その社会を背景に、痛切な思いで創作を続け、苦難におちいった家族に向き合う父親の物語に心を揺さぶられた。
イカした言葉 「人間は解決法を共有したがるけど、人間を突き動かすのは、困難のほうなんだ。」(p154「竜を殺す」)
Janurary, 2025
雨月物語 著: 上田秋成 訳: 円城塔
河出文庫 2024年, 800円, ISBN978-4-309-42151-3 超絶技巧の江戸文学が精緻で流麗な現代語で燦然とよみがえる 至高の怪異小説集
およそ250年前、江戸時代に上田秋成が記した怪異物語集を円城塔が現代語訳。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
円城塔は、以前にもラフカディオ・ハーンの『KWAIDAN』を直訳した『怪談』を出したことがあるが、 本書はそういうクセはない、普通の現代語訳。なんか不思議な仕事をしている。 さて、雨月物語はタイトルは知っていたが未読だったので、いい機会にはなった。 ただ、歴史上の人物だったり自分の血縁だったりの幽霊が現れて、その因縁が語られる、的な話が多くて、単調な印象。 なお、河出文庫の様々な作家による古典新訳シリーズはすでにいろいろ配本されていて、源氏物語、土左日記、好色一代男とか、 これまでまったく意識してなかったのだが、結構面白そう。優先順位的に読まない気がするけど。
ゴッド・パズル 神の暗号
(原題: The Puzzle Master)
著: ダニエル・トゥルッソーニ (Danielle Trussoni) / 訳: 廣瀬麻微・武居ちひろ
早川書房 2024年(原典2023年), 3000円, ISBN978-4-15-210370-3 13世紀の神秘家の暗号〈神のパズル〉。天才パズル作家が暴く世界の真実とは?
大学時代の事故が原因で驚異的なパターン認識力を得たマイク・ブリンクは、天才パズル作家として活躍している。 そんな彼に殺人の罪で収監中のジェシカ・プライスが作ったパズルを解いてほしいという依頼が来る。 謎めいた円とヘブライ文字などからなるパズルに興味を持ったブリンクが、面会時に密かに渡された紙片を解読すると、 別の事件を示唆するメッセージが表れた。 真相を探るために、ジェシカが捕まった事件の舞台となった富豪の屋敷を訪れたブリンクは、 彼女が見つけた何かを探している富豪当主の陰謀に巻き込まれていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★
そもそもテーマがパズルだし、作中にあまり見たことがないパズルが出たりするので(これが結構難しいのだが)、 パズル関連書籍紹介で採り上げるかも、と思って読んだが、結果的にそこまではなかった。 パズルというよりは、世界の裏側のアルゴリズムを動かすためのプログラム・コードの表現であって、 カバラとかセフィロトに隠された生命の秘法・神の知識を求める謎の富豪が率いる秘密組織とか、 ダン・ブラウンの『ダヴィンチ・コード』シリーズに近い感じであまり目新しさはない。 ただ、日本を舞台に秘密箱を扱う続編が予定されているらしいので、そこまでは付き合うかな。
イカした言葉 「蒐集という行為はつまり、自分のやり方で世界を表現することなの。」(p122)