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小説評論もどき 2024年下半期 (17編)


私の読書記録です。2024年7月分~12月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2024
潰える / 堕ちる / 慄く 最恐の書き下ろしアンソロジー
角川ホラー文庫 2024年, 820円/820円/740円, ISBN978-4-04-114073-4/978-4-04-114077-2/978-4-114078-9 “最強”&“最恐”ここに終結! / 「恐い」ってこんなに面白い! / 主役級にこわ面白いホラー、6作品!
角川ホラー文庫30周年記念で企画されたアンソロジー。それぞれ新旧6人の作家が書き下ろしたホラー短編6編ずつを収録。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★★
角川ホラー文庫30周年記念企画の第3弾。小池真理子や小野不由美といったベテラン勢から、ニューカマーの背筋まで 幅広い作者による競作だが、企画が続くうちにちょっと勢いは落ちたかな。ミステリ寄りな作品が多い印象。
日中競作唐代SFアンソロジー 長安ラッパー李白 編: 大恵和実
中央公論新社 2024年, 2500円, ISBN978-4-12-005831-8 豪華絢爛! 大唐帝国を魔改造せよ
日中の8人の作家による、中国は唐の時代を舞台とするSF作品を収録。 三蔵法師や李白や二代皇帝李世民、日本から留学中の空海らがそれぞれ異形の唐で物語を紡ぐ。 日本からは、灰都とおり、円城塔、十三不塔、立原透耶。中国からは祝佳音、李夏、粱清散、羽南音が参加。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
「長安のラッパー」は李夏による作品タイトルだが、アンソロジー名にこれを採用したのが巧い。 タイトルのパワーワード感に書店で思わず手に取った人は多かったのではないか。 しかし、そのインパクトの割には、作品が面白かったかといわれるとそれほどでもないのが残念。 特に、中国側の作品が今一つ同人レベルを脱してない感じ。 それでも、こういう文化交流は有意義だし今後の発展し続いていくことに期待。
November, 2024
コード・ブッダ 機械仏教史縁起 著: 円城塔
文藝春秋 2024年, 2000円, ISBN978-4-16-391894-5 AIは悟りの夢を見るか?
あるとき、銀行の勘定系システムが、自分はブッダであり輪廻の苦しみを解消する方法を知ったと語り出した。 ブッダ・チャットボットと呼ばれるそれが入滅した後も、悟りに至った(と主張する)機械が散発し、人工知能や機械の間で機械仏教が興る。 ブッダ・チャットボットが得た悟りとは何か、悟りや救済を得るための条件や手順に関する理論構築・解釈が果てしなく広がっていく。 そんな中、悟りを得た人工知能の修理に携わる「わたし」は、焼き菓子焼成機が悟ったとされる現場で厄介な状況に囚われる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
あいかわらずのデタラメな語り口のホラ話だが、仏教史をまるまるなぞり直す壮大な試みでもある。 インドから中国を経て日本で分岐していった宗派群がモチーフなので、タイとか東アジアで栄えている流れは語られないが。 その中で、悟りとか救済に関して、「逆にこう考えたら」とか「あえて~」みたいな言説を積み重ねた結果、仏教の宗派は千々にわかれて なんでもありになっているということが示される。仏教には詳しくないが、歴史とかで勉強した知識、読んできた本からの知識では確かにそんな感じだ!  そして、物語は捻じれに捻じれ、曲がりに曲がった挙句、途方もない彼方へと「わたし」と読者を連れて行く。
イカした言葉 「この『たまごっち』でさえも悟るのである」(p73)
一億年のテレスコープ 著: 春暮康一
早川書房 2024年, 2200円, ISBN978-4-15-210358-1 遠くに。どこまでも遠くに。孤独と退屈で文明が滅びないために。これぞSF! 東浩紀
宇宙の壮大な時空間を駆け巡る旅が、ついには知的文明への深い洞察へ繋がる傑作! 渡部潤一
自分の名前の由来が「遠くを見ること」と幼いころに父親から教えられた鮎沢望は、 高校の天文部を経て大学で電波天文学を学ぶうちに、より遠い宇宙を見るための太陽系規模に配置した電波望遠鏡ネットワークを構想する。 志を同じくする仲間、新と縁とともにその実現に向けた検討を始め、計画の目的として異星文明の発見と、望遠鏡ネットワークを共有して口径を拡大し さらに遠くを見るという遠大なビジョンを掲げる。そして、人類の在り方を一変する技術のブレークスルーを契機に、 望たち自身が様々な異星文明と出会い繋げていく遥かな旅を始める。
統合人格評★★★ / SF人格評★★★★ / ホラー人格評 ー
壮大なスケールのハードSF。 主人公である望たちの物語と並行して、銀河系中の文明を繋いだ大始祖と呼ばれる存在の足跡をたどる親子の遠未来篇と、 太古の銀河系をある目的で移動する何者かの遠過去篇のエピソードが綴られるのだが、中盤、遠過去篇とメインストーリーがリンクして、 一億年の時間が包括されてさらにスケールアップするところがグッとくる。 多種多様な異星文明のデザインも良く考えられていて、そして、十分に発達した文明どうしは武力衝突などしないという 『三体』の黒暗森林理論とは真逆な前提なのが面白い。やっぱりそうであって欲しいよね。
イカした言葉 「コンタクトする前から相手の思考がわかるなら、そもそもコンタクトする必要はないな」(p321)
October, 2024
深淵のテレパス 著: 上條一輝
東京創元社 2024年, 1500円, ISBN978-4-488-02908-1 「光を、絶やさないでください」
PR会社で部長を務める高山カレンは、ある大学のオカルト研主催のイベントで奇妙な怪談を聞いた日以降、怪異に悩まされるようになった。 自宅の暗がりから聞こえる水音、汚泥の異臭と異様な足跡。灯りを煌々と照らしても次第に増してゆく暗闇に焦燥する彼女が頼ったのは、 科学的な手法でオカルト事象の解決を図る動画配信者「あしや超常調査」の二人組、芦屋と越野。 霊能力は無いが現実的な手段で様々な怪異を解決してきた彼らの調査で分かってきたのは、 これまでに同じ怪談を聞いた何人かが同様の怪異に脅かされその後失踪していること。 高山のタイムリミットが迫るなか、芦屋と越野は、人脈をたどり仮説と検証を繰り返して真相を追う。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★
2023年の創元ホラー長編賞の受賞作。 オカルトの論理ではあるが、きっちりと怪異の正体が判明し、理屈をもって対処していく、というスタイルは最近では珍しいかも。 とはいえ、あまりにも『リング』そのままなのはどうなんだろう。 ある種の物語に接することで感染する呪いとか、数十年前に行われた狂気じみた実験の被験者がすべての始まりとか。 もちろん独自性はあるんだけど、同じ枠組みを語りなおしたように見えてしまう。 怪異の禍々しさや、クライマックスの大がかりな崩壊シーンは、映像にしたら映えそうなのでそのうち映画化されるかもしれないが、 知らずに観たら鈴木光司原作と思ってしまうに違いない。
イカした言葉 「傾向として言えるのは、超常現象は、しょぼい」(p35)
ムーンシャイン 著: 円城塔
創元日本SF叢書 2024年, 1700円, ISBN978-4-488-01844-3 「ようこそ、一番最初の無限の果てのこちら側へ。それでは始めることにしよう。」
いくつかのアンソロジーに収録されていた4短編。
曽祖父が無数の文字を書き重ねた末の8つの黒い四角■■■■■■■■。そこに書かれたかもしれない「バリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」。 整数論のなかで扱われる超巨大数を擬人化する「ムーンシャイン」。生まれ変わりの数学的構造とその解釈に関する宗教の世代交代を描く「遍歴」。 ある人物が遺し物議を醸した大量の生成画像データ。その中に隠された虚実不確かなテキスト群「ローラのオリジナル」
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
この著者しかできない、こんな意味不明な話を何でこんなに面白く書けるのか、という系列の作品群。 表題作で扱われる、モンスター群とモジュラ函数の関係に関するモントラス・ムーンシャイン理論についてはなんかとてつもなく大きい数が でてくるのは知っていても、僕にはWikipediaの記事を見ても何を言っているのか理解できない(当方、一応理学部数学科卒なのだが)。 そこからこんな幻想的な物語が生成されるとは。作者も理論に関する単語のみの借用とは言っているが。 というように、数学、情報数学寄りの不可解な小説が並ぶ。だけど、やっぱり面白いんだよなぁ。
イカした言葉 「匿名化ソフトウェアあれと神は言われた。誰が世界をつくったのかをわからなかくするためである」(p142「遍歴」)
デシベル・ジョーンズの銀河オペラ (原題: Space Opera) 著: キャサリン・M・ヴァレンテ (Catherynne M. Valente) / 訳: 小野田和子
ハヤカワ文庫SF 2024年(原典2018年), 1680円, ISBN978-4-15-012418-2 銀河系最大の音楽祭典で最下位になったら人類消滅!
突然現れた異星人エスカが地球人に宣告したのは銀河系の知的種族連合に加盟するためのテスト。 それは、それぞれの種族の代表者一組が一曲歌う音楽祭への参加。 種族間の争いでお互いが滅亡しかけた「知覚力戦争」の反省で行われるようになったものだが、初参加で最下位となった種族は滅ぼされてしまうという。 エスカが持参した候補者リストの中からまだ存命というだけの理由で選ばれたのは、 かつてはヒットもあったが最近は鳴かず飛ばずのロックバンド、デシベル・ジョーンズ&絶対零度。 ノリと勢いで宇宙に乗り出した彼らは、様々な異性種族の駆け引きが渦巻く前夜祭に、経験豊富なロッカーらしく虚勢とハッタリで立ち向かう。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
饒舌で派手な、やかましい作品ではあるが、スラプスティックの底にSFとしてのしっかりした核がある。 各種各様な生命基盤の上で進化した異星種族のエキセントリックな姿かたちや生態は、生命の多様性と多様性がもたらす強靭さを表しているようだ。 ただ、主人公たちの(人類としての)多様なルーツ・性向を押し出しすぎていて、「多様性」の打ち出しが過剰であるように思える。
イカした言葉 「生命はそういう愚かで美しいものだからさ」(p109)
September, 2024
口に関するアンケート 著: 背筋
ポプラ社 2024年, 550円, ISBN978-4-591-18225-3
ある墓地に肝試しに行った大学生たちの証言を集めた音声ファイル。 肝試しに行った女性の一人が失踪した末に自殺したらしいのだが、ファイルが進むにつれ、証言そのものが何かおかしくなっていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
11.5cm × 8.5cm、63ページの手のひらサイズの装丁に、怪文書めいた違和感を感じさせる奇妙なタイトルと表紙画。 そしてラストに置かれた怪しい「アンケート」。どこかの頒布会に並ぶ風変わりな同人誌のような不思議な意匠の一冊。じつにこの作者らしい変化球。 核となる怪談は良くできているとはいえオーソドックスなのだが、それを容れるガワが新しい。
イカした言葉 「地獄は下にありますから」(p16)
精霊を統べる者 (原題: A Master of Djinn) 著: P・ジェリ・クラーク (P. Djèlí Clark) / 訳: 鍛冶靖子
創元海外SF叢書 2024年(原典2021年), 3600円, ISBN978-4-488-01468-1 ジンの魔法と科学の融合で大発展した世界 絵事務と魔術省のエージェント・ファトマは 恋人の女性シティとともに蘇った魔術師の謎を追う!
19世紀後半に謎の魔術師アル・ジャーヒズが門を開いた異界から精霊(ジン)がこの世界に現れて約半世紀。 精霊たちと共存しその力を利用することに成功したエジプトは、ヨーロッパ列強を退け、大国の地位を確立している。 いずこかへ姿を消したジャーヒズを崇拝する英国人ワージントン卿が主催する結社の会合に、かの魔術師を名乗る仮面の男が現れ、 参加者全員を焼き尽くす事件が発生する。 エジプト魔術省のエージェント、ファトマは、カイロの裏側に通じている恋人シティの手も借りて事件を捜査するのだが、 ジャーヒズの僭称者は、自由なはずの精霊たちを使役し社会に混乱を広げていく。 そして、ある魔法の遺物を使った危険な企みに気づいたファトマ、シティ、そしてファトマの同僚で新人エージェントのハディアは 自称ジャーヒズの正体を暴きその陰謀を止めるために奔走する。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
ネビュラ賞やローカス賞を取っているのだが、あまりSF要素はないよね。 癖の強い精霊や機械仕掛けの天使が闊歩する異国情緒あふれるエジプトの世界観は異世界ものに慣れた読者にハマるかも。 それに、しゃれた西洋仕立てのスーツを着こなす魔術省随一の敏腕ファトマ、野性的で奔放、驚異的な身体能力のシティ、 真面目な新人だが文武ともに抜群に優秀なハディア。男性社会の天井だの壁だのをぶち破る三者三様に強い女性たちの華麗な活躍も見どころ。 宝塚で舞台化しても良さそう。
イカした言葉 「おれたちが心の奥深くに秘密をしまいこんでいるのは、人を傷つけるためじゃないだろう。」(上巻p451)
August, 2024
サイボーグ009 トリビュート 原作: 石ノ森章太郎
河出文庫 2024年, 1100円, ISBN978-4-309-42122-3 テレビアニメ版の脚本家から日本SF大賞受賞作家まで、伝説に新たな息吹を吹き込む “九人の戦鬼”が集結!
1964年から1980年代まで、出版社・掲載誌を変え中断を経つつも連載が継続し、TVアニメや映画化もされた石ノ森章太郎の代表作の一つ 『サイボーグ009』。本書はその連載開始60周年を記念するアンソロジー。 辻真先、斜線堂有紀、高野史緒、酉島伝法、池澤春菜、長谷敏司、斧田小夜、藤井大洋、円城塔による9編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
なんといってもアニメ脚本を手掛けた辻真先が参加していることで一本芯が通った印象。 その他も今の日本SFを幅広く代表する個性あふれる作家たちは、9人のサイボーグ戦士が如し(ギルモア博士役は河出文庫編集部か)。 連載当時の冷戦時代から、ドローンやAIが戦争の形を変えた現代まで舞台や時代も様々で、若かりし頃の姿も、 老境に入ってなお人知れず世界を守り続ける姿も力強い。 005だけ主役の話が無いのは不憫(007も主役はないのだが準主役の話が多いので)。
寝煙草の危険
(原題: Los peligros de fumer en la cama)
著: マリアーナ・エンリケス (Mariana Enriquez) / 訳: 宮崎真紀
国書刊行会 2023年(原典2009), 4180円, ISBN978-4-336-07465-2 カズオ・イシグロ絶賛 ! 〈文学界のロック・スター〉〈ホラー・プリンセス〉による、 12篇のゴシカルな恐怖の祭典がついに開幕!!!
国書刊行会〈スパニッシュ・ホラー文芸〉の一冊。スペイン語圏の女性作家が生み出す、 社会的テーマを織り込んだ現実と非現実が混濁する恐怖や幻想の物語群で、多数の言語に翻訳され世界中でブームになっている文芸ジャンル。 アルゼンチンの社会・歴史に根差した怪奇な12編を収めた本書は、2021年国際ブッカー賞最終候補作に選出されている。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
宝島社が今年から始めた「このホラーがすごい! 2024年版」の海外編第1位になってようやく本書の存在を知る。 国書刊行会なんかやってるなとは思ってたけど全くノーマークだった。上記のとおり、直球のホラーではなくハイブロウな文学作品の範疇で、 幽霊とか死体とか消える子どもたちといった不気味なモチーフを通じて、(全然詳しくないけど)軍政時代の暗い記憶や抑圧される女性など アルゼンチン社会の奥底に横たわる遺物を掘り起こしているのを感じさせる。 心音フェチの女のSM癖がエスカレートする「どこにあるの、心臓」、急逝したロックスターに心酔する2人の少女が起こした事件「肉」の 2編のグロテスクさは結構こたえる。
屍者の凱旋 異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2024年, 1200円, ISBN978-4-334-10341-5 多種多様なゾンビたちが跳梁跋扈する世界へ――
異形コレクション第57冊。ゾンビをテーマとする物語15編。 『近畿地方のある場所について』の背筋が初参加。
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★★
異形コレクション最初期の第6巻『屍者の行進』を再蘇生。旧巻はなんと26年前で、編者の井上雅彦のみ両巻に参加 (牧野修は旧の前後の巻に参加しているので惜しい)。斯界を支える書き手の変遷に時代を感じる。 ホラーアンソロジーとしては安定・鉄板のテーマだけにどれも面白く、またテーマの特性かほとんどが映画原作になりうる。 あえて選ぶなら、ゾンビ出現後の社会に渦巻く異分子排除の空気がもたらす惨劇を描く澤村伊智「ゾンビと間違える」かな
July, 2024
赤虫村の怪談 著: 大島清昭
創元推理文庫 2024年, 840円, ISBN978-4-488-45122-6 H・P・ラヴクラフト×不可能犯罪 独自の妖怪伝説が継承される赤虫村――  人知を超えた方法で殺されてゆく村の有力者一族
愛媛県の山間部に位置する赤虫(あかむし)村には、村特有の妖怪、怪神の言い伝えがある。 無貌・漆黒の人影で見た者を狂わせる「無有(ないある)」、空に居て時に神隠しを行う「位高(いだか)坊主」、 行き倒れた旅人の怨念といわれ火災をもたらす火の玉「九頭火(くとうか)」、風雨災害の先触れとして現れる黄色い雨具姿の「蓮太(はすた)」。 そして村の有力者、中須磨家が祀る秘神「苦取(くとる)」と「欲外(よくそと)」。それらは今でもリアルな存在として村人たちに畏れられている。 かつて民俗学を志していた怪談作家の呻木が妖怪の目撃談の聞き取りに赤虫村を訪れた数日後に、中須磨家の先代当主が不審な死をとげる。 位高に攫われたかのような不思議な状況なのだが、明らかに人為的な密室殺人の証跡もある。 その後も、中須磨家の者が次々と妖怪の仕業のようにもとれる密室殺人の被害者となる。 呻木は妖怪の調査に何度か村を訪れるうちに、一連の殺人事件の捜査に関わっていくことになる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★
上で挙げた妖の名前や特性、村の住人の名前や地名など固有名詞のいくつかはクトゥルー神話 をもじったもので、そのファンはニヤニヤしながら読むわけだが。人外のもたらす祟りやら呪いやら災禍がリアルに存在する世界で、 犯人がたくらむ古典的・機械的トリックの殺人事件。かたや人外の「犯行」は裁きようがないのに、人間が起こす事件は切り分けて裁かれる一種の不条理。 しかも何百年も前から続く妖怪の仕業とされる死や災いのいくつかは、どうやら人手によるものらしいことも仄めかされる。 本作の犯人はついてなかったと言ってもいいかもしれない。
イカした言葉 「でも、近づくにつれて、その人、膨らんだり、萎んだりを繰り返していて、ああ、あれは人間じゃないなって思いました」(p65)
ここはすべての夜明けまえ 著: 間宮改衣
早川書房 2024年, 1300円, ISBN978-4-15-210314-7 いやだったこと、いたかったこと、しあわせだったこと、あいしたこと、一生わすれたくないとねがったこと
九州山奥の屋敷、100年前に病弱な身体を捨て「融合手術」を受けて不老となったわたしは、 これまで一緒に暮らしてきた家族を失い一人になった。 環境悪化で人類は衰退しほとんどいなくなったらしい世界で、わたしは過去を思い出して家族史を書き始める。 100年にわたる家族との関わりをほぼひらがなで書き記す記憶の中には幸せもあれば、ぬぐえない罪もある。 2023年の第11回ハヤカワSFコンテストで特別賞を受賞した、人間性と愛と罪悪感の物語。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
終末を迎えた人類、その人類の後継者も地球を離れざるを得ないような環境破壊、といったSF的背景はあるが、 語られるのは極めて個人的な生活史。 主人公は人間でなくなったがゆえに数世代分の記憶を積み重ねていて、語られる人生はより解像度が増す。 屋敷からほとんど出ない引きこもりの生活だが、単調なようでいて長い時間なりの大きな起伏もある。 ほぼひらがなということもあってパッと見は『アルジャーノンに花束を』を思わせるが、 どちらかというと、アシモフ『バイセンテニアル・マン』。あれはロボットが人間になる話なので逆方向だが。 自らの罪を見つめ続ける選択をした主人公のエモーショナルさを推す評は多いが、私にはあまり刺さらなかった。
イカした言葉  ええっと、むきあうとみつめるは、わたしのなかでじゃっかん、ちがうんです。(p116)
地球へのSF 編: 日本SF作家クラブ
ハヤカワ文庫JA 2024年, 1320円, ISBN978-4-15-031574-0 人類のほとんどは、いまだ地球を出ていない。
『ポストコロナのSF』『2084年のSF』 『AIとSF』に続く、日本SF作家クラブ発のテーマアンソロジー第4弾。 気候変動などの先にあるさまざま地球の未来と、人類、社会の関係を描く22編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
人工知能などの研究者である大澤博隆会長体制での2回目になるアンソロジーは、同時期に創元社から出版された 『シリコンバレーのドローン海賊』と類似したテーマ。 SFの機能としての未来予測がより強く求められるようになったのは、激動する社会情勢や環境変化で不確定性が増した未来への不安(と多少の希望)が広く通底する時代になったためか。 現代人の考える「多様化」をはるかに超えて多様化した世界で開かれた壮大な婚礼の祝祭を描く、琴柱遥「フラワーガール北極へ行く」が最も印象に残った。