題 |
チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク
(原題: TIK-TOK) |
著 | 著: ジョン・スラデック(John Sladek) / 訳: 鯨井久志 |
版 | 竹書房文庫 2023年(原典1983年), 1350円, ISBN978-4-8019-3667-6 |
帯 | 狂機誕生 |
話 |
人類の従順な下僕として家事や労働にロボットが広く使われている未来。ある家庭に買われたロボット、チク・タクはヒトに害を与えることを禁ずる
〈アシモフ回路〉が機能していなかった。あるとき近所の少女を殺害した(その罪は隣人になすりつける)あと主人の家の壁に勝手に書いた絵が世間に見いだされ、
チク・タクは芸術家としての活動を始める。その後も商売を成功させ文化人・経営者として名を挙げていく裏で、殺人や強盗、詐欺、テロなどあらゆる悪徳を重ねていく。
そして、ついにはロボットの権利解放運動の旗頭として政治の世界にまで活動の場を広げていく。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★ |
2023年になってスラデックの新刊が読めるとは。かなり悪意の強いブラックユーモアに満ち、随所に凝った言葉遊びが仕込まれた作風は類を見ない。
生成AIが発展していく先の、この現実と地続きな未来のとりうる一つの姿と言えなくもないが、すごく20世紀を感じさせるオールドスタイルで、最近のSFとは毛色が違う。
こういう作品を掘り出して世に出す竹書房の攻めた姿勢は称賛するが、この邦題はやりすぎ。 |
イカした言葉
しかしわたしはいない、へっへっへ(p186) |
題 |
オーラリーメイカー 〔完全版〕 |
著 | 著: 春暮康一 |
版 | ハヤカワ文庫 2023年, 1200円, ISBN978-4-15-031556-6 |
帯 | 春暮作品の「知性とは何か?」という本質的な問いかけから為される決断は、倫理という問題を突きつけてくる。 ―― 林譲治 |
話 |
宇宙に進出した知的種族が繋がりあう《水―炭素生物連合》と、彼らから決別した人工知能の集合体《知能流》がそれぞれ銀河系に広がっている遠未来。
軌道が工学的に操作されたと思しき惑星群からなる恒星系が発見されるが《連合》の調査チームが探査しても域内には文明はなく、またその痕跡も一切見つからない。
〈オーラリーメイカー〉と仮称されるその工作者を求めて単身で銀河を横断する調査チームの一員の行路と、ある文明の興亡を40億年にわたり描く表題作「オーラリーメイカー」。
同じ宇宙史を背景として、知的存在間の交流のために身体を改変した(元)外交官を主人公とする2編「虹色の蛇」「滅亡に至る病」を収録。 |
評 |
統合人格評★★★ / SF人格評★★★★ / ホラー人格評 ★ |
2019年の第7回ハヤカワSFコンテストで優秀作を獲得し刊行された単行本に加筆修正して文庫化。
スケールの大きなハードSFで、さまざまな「知性」の在りようが描かれる。ただ、本質的に異質な存在なのにどの種族も極めて「人間」的で、
神を信仰し畏怖したり(下に引用したセリフは地球人類のものではない)、異種族間の交流でも感情の共感があったりするのが意外と引っ掛かる。
同じ水―炭素を生化学の基盤としているので、そこから組み上がる生命の様式が類似している、という理屈はあるし、
それに、そんなこというなら、ハル・クレメント『重力の使命』やR.L.フォワード『竜の卵』はどうなんだ、となるのだが。 |
イカした言葉
「正しいと証明されてから信じるのは、本当の信仰ではない。」(「オーラリーメイカー」p45) |
題 | シャーロック・ホームズとミスカトニックの怪
(原題: The Cthulhu Casebooks: Sherlock Holmes and the Miskatonic Monstrosities) |
著 | 著: ジェイムズ・ラヴグローヴ(James Lovegrove) / 訳: 日暮雅通 |
版 | ハヤカワ文庫 2023年(原典2017年,2018年), 1360円, ISBN978-4-15-020619-2 |
帯 | 精神病院の患者が書き綴った謎の言葉とは!? ホームズが古き神々に挑む驚愕のパスティーシュ! |
話 |
前作から15年。ワトソンが著し世間で好評を博すホームズの推理物語の裏側で
異界の邪悪の侵入を防ぐ彼らの奮闘は続いていた。あるときホームズたちは、顔の半分と左手を失い壁や床にルルイエ語を書き連ねる患者を精神病院で見つける。
彼の正体を調べるうちに、ミスカトニック大学で学んでいたアーカム名家の青年ホウェイトリーと、彼の友人で医学の革命的理論に取り組んでいたコンロイの二人に行き着く。
彼らはミスカトニック河を遡行しショゴスを探そうとした調査旅行を悲惨な事件で終えていた。
やがてロンドン郊外の湿地帯に導かれたホームズとワトソンは、彼らを出迎えた人物のもとで調査旅行の真実を記したコンロイの手記に接し、
そして、混沌の果てから触手を伸ばす存在と対峙することになる。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★ |
シャーロック・ホームズとクトゥルー神話マッシュアップ3部作の第2弾。
シャーロック・ホームズは小学生のとき読んだきりの初心者なので、本作がどれくらいシャーロック・ホームズかは評しがたいのだが、
本家の修飾過多ぶりは薄いもののラブクラフトっぽさは結構感じられる。
特に、コンロイの手記は要素満載。ハーバード・ウェストばりの禁断の医学実験、荒涼とした未踏の地に有史以前から在る呪われた何か、
それらを仄めかす「ネクロノミコン」等の禁書から邪な知識を手に入れようとするアーカムの悪名高い名家の主と、その破滅までの顛末。
このパートは読んでいて、ちょっとうれしくなった。
一方で、外枠のワトソンの記録では、いくつかの怪物・邪神は現れるものの、正しい知識と準備があれば対処可能で「名状しがたい」度が弱いのが少し残念。
ここはホームズ領域なので仕方ないけど。 |
イカした言葉
「おめでとうと言うべきかな」「きっと自分でしつこいほど祝ったことだろうが」(p452) |
題 |
蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記
(原題: 기기인 도로) |
著 | 著: キム・イファン(김이환), パク・エジン(박애진), パク・ハル(박하루), イ・ソヨン(이서영), チョン・ミョンソプ(정명섭)
/ 訳: 吉良佳菜江 |
版 | 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 2023年(原典2021), 2600円, ISBN978-4-15-335060-1 |
帯 | 蒸気機関が発達したもう一つの李氏朝鮮、歴史の転換点で暗躍した男がいた。 |
話 |
謎の人物〈都老〉が李氏朝鮮にもたらした蒸気機関とそれを動力とするロボット工学。
このテクノロジーが書き換えた朝鮮史を舞台に、宮廷内外の権力争いに翻弄される人々や、
歴史の節々で現れ、自身も機器人と噂される都老の彷徨を描く、韓国発のスチームパンク・アンソロジー。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★ |
朝鮮史には詳しくないのだけど、どの話も陰気な印象で、李氏朝鮮ってそんな時代だったの?
王宮の高官から平民や奴婢にいたるまで皆、権力争いの大波に翻弄され生き残るのに必死でとても辛そうなのだ。
歴史に別の角度から光をあてて見ようという試みなのだろうが、せっかくのスチームパンク設定があまり活かされてないように思える。
架空の日本を舞台とした同じ趣向の乾縁郎『機巧のイブ』シリーズがエンタメとして圧倒的に面白かったのと比較しちゃうね。 |
題 |
吹雪
(原題:Метель) |
著 | 著: ウラジミール・ソローキン
(Владимир Сорокин) / 訳: 松下隆志 |
版 | 河出書房新社 2023年(原典2010), 2900円, ISBN978-4-309-20881-7 |
帯 |
皇帝化するプーチンを予言!!! 世界で注目される危険な作家の奇妙奇天烈な近未来ロードノヴェル |
話 |
辺境の村で発生したエピデミックのワクチンを届けるため、馬を乗り継いで旅をする医師ガーリン。
ある駅で馬を得られず調達したのは、パン運びのセキコフが運転する、ボンネットに収めたヤマウズラ大の馬50頭をエンジンとする車。
視界を遮り体温を容赦なく奪う吹雪が強まる中を強行軍で進むが、道を見失い、雪だまりに隠れた障害物に乗り上げて故障したりと予定から遅れ続ける。
小人の粉屋とその妻や、謎めいた麻薬装置の売人に助けられ、なんとか進み続けるのだが、
吹雪により迷宮と化した大地を行くガーリンは果たして目的地にたどり着くのか... |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★ |
まず、帯がミスリーディングで、「皇帝化するプーチンを予言」は本書の内容ではない。
作者の政治的発言や『親衛隊士の日』などの他の著作のことで、
その名前を出しとけば目を引くだろうという出版社の売らんかなの姿勢はいただけない。
本書は不快感をズブズブと流し込んでくるような強烈さはあまりなくて、むしろポップな印象。
何しろ体長30cm程の馬の一群が整列して頑張って車を動かしているとか、想像するとかわいらしい。
まあ、それなりにグロテスクなあれこれもあるのだけど。なので、ソローキンらしさを求めていると肩透かしを喰う。
舞台は最初19世紀あたりのロシアを思わせるが、多分『親衛隊士の日』と同じ世界線・同じ時代。 |
イカした言葉
「酔っ払って行き倒れた…… たわ言だ! ロシア的なたわ言だ!」(p243) |
題 | 悪魔はいつもそこに (原題: The Devil All the Time) |
著 | 著: ドナルド・レイ・ポロック (Donald Ray Pollock) / 訳: 熊谷千寿 |
版 | 新潮文庫 2023年(原典2011年), 900円, ISBN978-4-10-240291-7 |
帯 | オコナー、トンプスンを凌駕する、狂信と暴力の文学。 |
話 |
オハイオ州のさびれた田舎町。貧しい生活の中で母親を病気で亡くし、
母を救おうと信仰にすがった父親も自死し孤児となった少年アーヴィンは、祖母のもとに身を寄せる。
そこには、やはり狂信的な信仰が原因で両親を失った孤児のレノラが引き取られていた。
父親ゆずりの暴力性を内に抱えながらも新しい家族とともにそれなりにまっとうに暮らしていたアーヴィンだが、
彼の住む町に新たな牧師がやってきたことから、運命の歯車が回り始める。
卑劣で醜悪な欲望を隠した牧師は町を毒しアーヴィンの家族にもその手が伸びる。
さらに、旅をしながらヒッチハイカーの惨殺を繰り返す夫婦、職務に誠実だが裏では悪事に手を染める保安官など、
様々な悪人を巻き込んで、非情な暴力が連鎖していく。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ― / ホラー人格評 ★★ |
帯に惹かれてのセレクトで、Netflixでもオリジナル映画化された原作ということで期待したのだが、
結論から言うとそこまでではない。
主人公アーヴィンの父親の代から生々しく描かれるライフヒストリーは凄絶なものではあるが、
なにもない大地にへばりつくように暮らす人々の中で生まれる悪の形は、いかに異様でも個人的なもので、
巨悪にまでは育たないし、既存の物語を超えるような過剰なそれにはならない。
思うにまかせない人の世で、悪に転じてでも生きていく人々の話だ。
この後の彼の人生が幸せなものとなる可能性は低いが、それでも新たな世界で新たな道を見つけることを願う。 |
イカした言葉
「あの男をあまり長く待たせるのも悪いし」(p174) |
題 | 終末の訪問者 (原題: The Cabin at the End of the World) |
著 | 著: ポール・トレンブレイ (Paul Tremblay) / 訳: 入間眞 |
版 | 竹書房文庫 2023年(原典2018年), 1200円, ISBN978-4-8019-3506-8 |
帯 | その選択の結末は、家族の犠牲か、世界の終焉か。 |
話 |
同性婚カップルのアンドリューとエリック、彼らの養子ウェンの3人家族は人里離れた小屋で夏の休暇を過ごしている。
そこに突然訪れてきた4人の男女。柔らかい物腰ながら奇怪な武器を手にした4人は、小屋に押し入りアンドリューとエリックを拘束する。
そして、家族3人の中から一人を選び自分たちの手で命を奪うことを要求する。そうしないと世界が滅びるのだという。
終末カルトめいた戯言にしか聞こえない彼らの要求を当然拒否するアンドリューたちだが、次第に事態は常識から外れていく。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★ |
シャマラン監督の映画『ノック 終末の訪問者』の原作。映画はタイミングが合わなくて未見だが、
確かにシャマラン監督が好みそうな物語だ。選ばれた理由も選択の道理もなく、責任だけがある不条理。
それは人間をあざ笑う神の悪意か、世界を動かす人知を超えたシステムの発露か。
中盤以降の展開はなかなかの地獄で、現実が、全ての登場人物が望まない方向へ、聖書の黙示録をなぞるような異様な姿に崩壊していく。
これが世界を維持するために必要だというなら、そんな世界は滅びたほうが良いのかもしれない。 |
イカした言葉
なぜなら、この局面で希望は人を酔わせ、知性を鈍化させるから。希望は危険なものなのだ(p79) |