題 |
夜の夢こそまこと 【人間椅子小説集】 |
著 | 著: 伊藤潤, 空木春宵, 大槻ケンヂ, 長嶋有, 和島慎治 |
版 | 角川書店 2022年, 1700円, ISBN978-4-04-112170-2 |
帯 | 怪奇と幻想のハードロック爆誕! |
話 |
デビューから30年を超えて、江戸川乱歩的な和風怪奇猟奇文芸の世界観を貫くハードロックバンド人間椅子。
彼らの楽曲からインスパイアされた短編6篇は、
筋肉少女帯の大槻ケンヂがバンド隆盛のあの頃の狂騒を虚実交えて描く「地獄のアロハ」、
人間椅子フロントマンの和嶋慎治の未来SF「暗い日曜日」、SF・ホラーの俊英、空木春宵による「超自然現象」など。
加えて、沙村広明による装画も作品の一つ。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★ |
筋肉少女帯はメジャーデビューから90年代末の活動休止までハマっていてよく聞いていたのだが、
彼らに隣接する(といっていいのか)人間椅子は、その強烈なスタイルは知っていたのになぜかほとんど触れていなかった。
最近また良く名前を見るようになったな、と思ったら、こんな本が出版されるとは。沙村広明のおどろおどろしい表紙画が書店で異彩を放つ。
どの作品も、深刻さや影響範囲はともかく「こじらせた人」の物語で、それが人間椅子の世界観の核なのかも(筋肉少女帯もそうだったな)。
こんな詞を書いてるのに和嶋慎治「暗い日曜日」が意外と普通のクラシカルなSFなのがちょっと面白い。 |
題 |
金色昔日 現代中国SFアンソロジー
(原題: Broken Stars: Contemporary Chinese Science Fiction In Translation) |
著 | 編: ケン・リュウ (Ken Liu) / 訳: 中原尚哉 他 |
版 | ハヤカワ文庫 2022年(原典2019), 1380円, ISBN978-4-15-012387-1 |
帯 | 『三体』の次に読むならこれ! 中国SFの多様性が迸る! 劉慈欣ら巨匠から新星まで |
話 |
ケン・リュウが編者・訳者となって、現代中国SFの精華を英語圏に紹介するアンソロジーで、『折りたたみ北京』に続く第2弾。
『三体』の劉慈欣ら14人による中短編16篇と、エッセイ3編を収録。 |
評 |
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★ |
中国SFといっても多分玉石混交だろうが、ケン・リュウが選んだ作品群は、
英語圏や日本のSFと共通したところもあるが中国という場所でしか生み出しえない独特な風情で、かつ、実に面白い。
中国近現代史が逆行する宝樹の表題作の重厚さ、秦の始皇帝がゲームにはまる馬伯庸「始皇帝の休日」の軽妙さなど作風も多様で、
これらを支える市場の層の厚さがよくわかる。
下の『太陽が死んだ日』がダメなのに、これ中国で出版できるの? というものがそこそこあるのは不思議。 |
題 |
太陽が死んだ日 (原題: 日熄) |
著 | 著: 閻連科 / 訳: 泉京鹿, 谷川毅 |
版 | 河出書房新社 2022年(原典2015), 3600円, ISBN978-4-309-20861-9 |
帯 |
真夏の黄昏時に伝染しはじめる「夢遊」という謎の病。ノーベル賞候補と目される巨匠による殺戮の物語。 |
話 |
中国河南省の伏牛山脈にある小さな町。暑い7月に、眠っているのに起きているかのように活動してしまう「夢遊」を発症する住民が急増する。
目覚めているときは隠れている彼らの欲望や過去の秘密が、それらに導かれる夢遊中の行動で露わになり、地域社会の平穏が崩れていく。
さらに、その混乱に乗じて盗みや暴行におよぶ者も現れる。
過去に町の住民への裏切り行為で財を成した葬儀用品店の店主と、その息子、念念は皆を目覚めさせようと町を駆け回るが上手くいかない。
そうこうするうちに、町の混乱を知った略奪者たちが集まり、いつまでも明けない夜の中で、破壊と殺戮が始まり拡大していく。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★ |
半裸で笑う、死体のような肌色、落ちくぼんだ眼窩に紫色の丸い目をした少年のインパクトある表紙でジャケ買い。
それだけでなく、著者の作品は本書も含め中国本国では出版できないものが多いことや、そのマジックリアリズム的な作風は聞いていたので、
そのうち読みたいと思っていたこともある。
リズムよく短く連ねられた文章に乗せて語られるのは、ブラック寄りのユーモアとか「屍油」などの奇怪な事物で彩られた寓話的な物語。
近代化についても決して良いものとしては語られないのだが(念念の父親の過去の行いはある意味近代化の象徴)、
いつまでも続く夜の闇のなかで吹き出すイドは、中国の歴史や文化に暗然と根差す前近代的な蛮性の比喩か。 |
イカした言葉
人はみな不幸には金を払いたがるが、喜びには金を払いたがらない。不思議だ。(p21) |
題 |
親衛隊士の日
(原題:День опричника) |
著 | 著: ウラジミール・ソローキン
(Владимир Сорокин) / 訳: 松下隆志 |
版 | 河出文庫 2022年(原典2006), 1280円, ISBN978-4-309-46761-0 |
帯 |
2028年に帝国ロシアが復活する |
話 |
2028年に復活した帝政ロシア。
皇帝の親衛隊幹部コミャーガは、犬の首と箒をくくりつけたベンツを乗り回し、皇帝の威光に従わない貴族たちや民衆を弾圧し、資産を強奪する日々を送っている。
彼と親衛隊士たちの、暴力に次ぐ暴力、他組織との権力闘争、エキセントリックな皇后や異能の天眼女との奇妙な対話、
仲間とのグロテスクで滑稽な交歓を描く、奇態な物語。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★ |
2013年に出版されていた本書を昨今のロシア情勢を反映しての文庫化か。といっても、こじつけというわけではなく、
強権的なプーチン政権に対する風刺として作者は本書を書いたそうだから、このタイミングで再度世に出す意味はある。
ただ、グロテスクで過剰に暴力的な描写はソローキン兄貴の通常運転で、この物語からそこにターゲットを当てた風刺を読み取るのは難しい気がする。
親衛隊のホモソーシャルな感じは新選組を連想させるので、換骨奪胎して舞台を日本にしても同じ物語が描けそう。 |
イカした言葉
「死人に必要なのは屋根ではありません。蓋です」(p243) |
題 | シャーロック・ホームズとシャドウェルの影
(原題: The Cthulhu Casebooks: Sherlock Holmes and the Shadowell Shadows) |
著 | 著: ジェイムズ・ラヴグローヴ(James Lovegrove) / 訳: 日暮雅通 |
版 | ハヤカワ文庫 2022年(原典2016年,2017年), 1360円, ISBN978-4-15-020615-4 |
帯 | ラヴクラフトの血を引く作家が託されたのはワトソン博士が残した原稿!? 衝撃のパスティーシュ! |
話 |
作者のもとに届けられた古い原稿の束。ワトソン博士が晩年に記しラブクラフトに託したとされるその原稿には、
世に語られるシャーロック・ホームズの物語が隠している、異界から這い出す邪悪との闘いが記録されていた。
ワトソンの知人が巻き込まれた異常な事件をきっかけとした、コンサルタント探偵を始めたばかりの若き日のホームズとの出会いと、
その事件の背後にあるロンドン暗黒街を覆う旧支配者の影。さらに、旧支配者の力を得ようと画策する後の仇敵との最初の接触を描く、
クトゥルー神話とシャーロック・ホームズ小説のマッシュアップ3部作第1弾。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★ |
人知を超える宇宙的怪異を描くクトゥルー神話と、
一見奇怪な事件でも理詰めの推理で徹頭徹尾合理的に謎を解くシャーロック・ホームズの小説群は、かみ合わないようでいて
意外と相性が良いのかも。『宇宙からの色』のアンソロジーなのに、なぜかシャーロック・ホームズ縛りの
『ホームズ鬼譚 ~ 異次元の色彩』なんて珍品もあったり。
両方の物語とも強度が高くて、少々の改変は平気で受け入れ、混ぜ合わせたときにケンカはしても互いに食われない、
というのがマッシュアップの材料として適しているのだろうね。 |
イカした言葉
「身近に思い当たる人物がいるよ、教授」(p386) |
題 |
【閲覧注意】ネットの怖い話 クリーピーパスタ
(原題: The CreepyPasta Collection: Modern Urban Legends You Can't Unread) |
著 | 編: ミスター・クリーピーパスタ (MrCreepyPasta) / 訳: 倉田真木, 岡田ウェンディ 他 |
版 | ハヤカワ文庫 2022年(原典2016), 860円, ISBN978-4-15-041499-3 |
帯 | アメリカ発・都市伝説系ホラー「クリーピーパスタ」 恐怖のネット怪談ショートストーリー15篇 |
話 |
アメリカのインターネットの中から生まれそこで育ったショートホラーのジャンル。
クリーピーパスタと呼ばれるそれらを集めて編んだアンソロジー。原本の20篇から15篇を収録。 |
評 |
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★ |
ネット怪談というと、日本だと「くねくね」とか「きさらぎ駅」とかだが、アメリカだとこうなるか、と新鮮な印象。
クリーピーパスタという名前からしてコピー&ペーストが語源の一つで、インターネット・コミュニティの中で共有され、
成長してきたという点は共通なのだが、日本のネット怪談が「語り」芸の印象なのに対して、こちらは、ベタなB級ホラーのプロットとか、
ラブクラフト風の作品のなり損ねとかそういうテイスト。
そういう出自もあって、どれも浅くて薄っぺらいのだが、その浅さ薄さこそがこのジャンルの趣きなのかもしれない。
多分、この中にはさらに洗練されて熟成されていって本格ホラーになるものもあるだろうが、そうなる前の若く粗い感じを
楽しむのが正解という気がする。 |
題 |
巨大宇宙SF傑作選 黄金の人工太陽 (原題: Cosmic Powers) |
著 | 編: J・J・アダムズ (John Joseph Adams) / 訳: 中原尚哉 他 |
版 | 創元SF文庫 2022年(原典2017), 1360円, ISBN978-4-488-77204-8 |
帯 | 壮大無比の傑作アンソロジー SFならではの圧倒的スケール! |
話 |
大宇宙で威容を誇る超巨大構造物や、神のような超知性との戦闘など、派手さを前面に押し出した
センス・オブ・ワンダーとスケール感に特化した18編からなるアンソロジー。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★ |
これぞSFという、デカい仕掛けをふんだんに盛り込んだ作品ぞろいなのだが、いまひとつ印象が薄い。
バクスターの『虚空のリング』とか、イーガンの『ディアスポラ』、
直近では劉慈欣の『三体』とかいった、
宇宙そのものを工学的にどうこうするようなモンスター作品があるなかで、デカさだけで勝負を挑むのは無謀かも。
しかも、妙にファンタジー寄りの処理をしているものが多いのもどうかと思う。 |
題 | 異常 (原題: L' Anomalie) |
著 | 著: エルヴェ・ル・テリエ(Hervé Le Tellier) / 訳: 加藤かおり |
版 | 早川書房 2022年(原典2020年), 2700円, ISBN978-4-15-210079-5 |
帯 | 選べ。私たちが互いを滅ぼす前に。 |
話 |
秘密の二重生活を送るフリーの殺し屋、自殺した小説家、愛が終わりつつある映像編集者と建築家のカップル、
カエルを飼う少女とその母親、薬害訴訟に備える気鋭の弁護士、スターとなったナイジェリアのラッパー。
住む国も年齢も異なる無関係な彼らは、皆、巨大な乱気流に巻き込まれたパリ発ニューヨーク行きのエールフランス便に乗り合わせていた。
やがて、彼らのもとに不穏な来訪者が現れる。
そして乱気流の3ヶ月後、彼らだけでなく全世界が困惑する異常な事態が発生する。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★ |
2020年のゴンクール賞を受賞し、フランスでベストセラーとなった小説。
はじめはバラエティに富んではいるが個人の生活のミクロな描写なのだが、何が起こっているかが明らかになる中盤以降は
SF的な大きな物語に転じ、世界の在りように関わる理論物理的、哲学的な問いかけがなされることになる。
それでも依然として、異常な事象に巻き込まれた登場人物たちが自分の内面や過去と否応なく向き合うこととなる
個人の物語でもある。
習近平国家主席やマクロン大統領は実名で出てくるのに(セリフもある)、あの米国大統領の名前が示されないのはちょっと面白い。
|
イカした言葉
「ここまでは理解できましたでしょうか、大統領?」(p205) |