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小説評論もどき 2022年下半期 (17編)


私の読書記録です。2022年7月~12月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2022
夜の夢こそまこと 【人間椅子小説集】 著: 伊藤潤, 空木春宵, 大槻ケンヂ, 長嶋有, 和島慎治
角川書店 2022年, 1700円, ISBN978-4-04-112170-2 怪奇と幻想のハードロック爆誕!
デビューから30年を超えて、江戸川乱歩的な和風怪奇猟奇文芸の世界観を貫くハードロックバンド人間椅子。 彼らの楽曲からインスパイアされた短編6篇は、 筋肉少女帯の大槻ケンヂがバンド隆盛のあの頃の狂騒を虚実交えて描く「地獄のアロハ」、 人間椅子フロントマンの和嶋慎治の未来SF「暗い日曜日」、SF・ホラーの俊英、空木春宵による「超自然現象」など。 加えて、沙村広明による装画も作品の一つ。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
筋肉少女帯はメジャーデビューから90年代末の活動休止までハマっていてよく聞いていたのだが、 彼らに隣接する(といっていいのか)人間椅子は、その強烈なスタイルは知っていたのになぜかほとんど触れていなかった。 最近また良く名前を見るようになったな、と思ったら、こんな本が出版されるとは。沙村広明のおどろおどろしい表紙画が書店で異彩を放つ。 どの作品も、深刻さや影響範囲はともかく「こじらせた人」の物語で、それが人間椅子の世界観の核なのかも(筋肉少女帯もそうだったな)。 こんな詞を書いてるのに和嶋慎治「暗い日曜日」が意外と普通のクラシカルなSFなのがちょっと面白い。
金色昔日 現代中国SFアンソロジー
(原題: Broken Stars: Contemporary Chinese Science Fiction In Translation)
編: ケン・リュウ (Ken Liu) / 訳: 中原尚哉 他
ハヤカワ文庫 2022年(原典2019), 1380円, ISBN978-4-15-012387-1 『三体』の次に読むならこれ! 中国SFの多様性が迸る! 劉慈欣ら巨匠から新星まで
ケン・リュウが編者・訳者となって、現代中国SFの精華を英語圏に紹介するアンソロジーで、『折りたたみ北京』に続く第2弾。 『三体』の劉慈欣ら14人による中短編16篇と、エッセイ3編を収録。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
中国SFといっても多分玉石混交だろうが、ケン・リュウが選んだ作品群は、 英語圏や日本のSFと共通したところもあるが中国という場所でしか生み出しえない独特な風情で、かつ、実に面白い。 中国近現代史が逆行する宝樹の表題作の重厚さ、秦の始皇帝がゲームにはまる馬伯庸「始皇帝の休日」の軽妙さなど作風も多様で、 これらを支える市場の層の厚さがよくわかる。 下の『太陽が死んだ日』がダメなのに、これ中国で出版できるの? というものがそこそこあるのは不思議。
太陽が死んだ日 (原題: 日熄) 著: 閻連科 / 訳: 泉京鹿, 谷川毅
河出書房新社 2022年(原典2015), 3600円, ISBN978-4-309-20861-9 真夏の黄昏時に伝染しはじめる「夢遊」という謎の病。ノーベル賞候補と目される巨匠による殺戮の物語。
中国河南省の伏牛山脈にある小さな町。暑い7月に、眠っているのに起きているかのように活動してしまう「夢遊」を発症する住民が急増する。 目覚めているときは隠れている彼らの欲望や過去の秘密が、それらに導かれる夢遊中の行動で露わになり、地域社会の平穏が崩れていく。 さらに、その混乱に乗じて盗みや暴行におよぶ者も現れる。 過去に町の住民への裏切り行為で財を成した葬儀用品店の店主と、その息子、念念は皆を目覚めさせようと町を駆け回るが上手くいかない。 そうこうするうちに、町の混乱を知った略奪者たちが集まり、いつまでも明けない夜の中で、破壊と殺戮が始まり拡大していく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
半裸で笑う、死体のような肌色、落ちくぼんだ眼窩に紫色の丸い目をした少年のインパクトある表紙でジャケ買い。 それだけでなく、著者の作品は本書も含め中国本国では出版できないものが多いことや、そのマジックリアリズム的な作風は聞いていたので、 そのうち読みたいと思っていたこともある。 リズムよく短く連ねられた文章に乗せて語られるのは、ブラック寄りのユーモアとか「屍油」などの奇怪な事物で彩られた寓話的な物語。 近代化についても決して良いものとしては語られないのだが(念念の父親の過去の行いはある意味近代化の象徴)、 いつまでも続く夜の闇のなかで吹き出すイドは、中国の歴史や文化に暗然と根差す前近代的な蛮性の比喩か。
イカした言葉 人はみな不幸には金を払いたがるが、喜びには金を払いたがらない。不思議だ。(p21)
November, 2022
やみ窓 著: 篠たまき
角川ホラー文庫 2022年, 740円, ISBN978-4-04-112812-1 団地の窓の向こうから、何かがやって来る。今夜の闇の取り引きは――
短くも不幸な結婚生活を夫の事故死で終えた黒崎柚子は、その死を彼女のせいと思い込み 常軌を逸した嫌がらせを続ける義母から逃れて住居を転々とし、今は最寄駅からも遠いさびれた団地でひっそりと暮らしている。 生きる気力を失っている柚子だが、居室の窓が夜になるとときおり異界に繋がることに気づく。 やがて、彼女は江戸時代の貧しい山奥と思しき向こう側から現れる住人達と、 織物や薬草などとペットボトルなどを交換する取引を窓越しに行うようになる。 粗野でみすぼらしい姿の彼らからすると、柚子は交渉次第で思わぬ祝福をもたらすが、 ときに祟ることもある神様に見えているようだ。 次第に昼の世界より、窓の向こうの夜の世界との交流が彼女の生活の重心となっていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
第10回『幽』文学賞短編部門大賞受賞作から始まる連作短編5編。現代社会も窓の向こう側も、 ひたすらにじっとりと重く湿った描写が続く。はじめは受動的で生命力の薄い柚子が、生き残ることすら難事で 命の価値が現代とはまるで異なる向こう側の住人たちとの交流を経て次第に祟り神めいた心持ちとなっていく様はなかなかに恐ろしい。 土俗の蛇神などのいくつかは、こうした存在だったのかもと思えてくる。
イカした言葉 「また来たら、祟る」(p129)
Genesis 創元日本SFアンソロジーV この光が落ちないように 編: 東京創元社編集部
東京創元社 2022年, 2000円, ISBN978-4-488-01848-1 日本SFを牽引する注目の書き手による最新作6編
東京創元社Genesisブランドのアンソロジー第5弾。八島游舷のハード佛理学SF「応信せよ尊勝寺」をはじめとする5編に加え、 第13回創元SF短編賞優秀賞、笹原千波「風になるにはまだ」を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
今回のGenesisは洗練された傑作ぞろい。ファッションとか「表現すること」が通底するテーマといえるかな。 書き下ろしアンソロジーとしてのGenesisは本巻で終了し、創元SF短編賞受賞作の掲載の場も含めて小説誌「紙魚の手帖」に合流するとのこと。 素晴らしい作品の数々を見せてくれた名アンソロジーの完結に拍手。
親衛隊士の日 (原題:День опричника) 著: ウラジミール・ソローキン (Владимир Сорокин) / 訳: 松下隆志
河出文庫 2022年(原典2006), 1280円, ISBN978-4-309-46761-0 2028年に帝国ロシアが復活する
2028年に復活した帝政ロシア。 皇帝の親衛隊幹部コミャーガは、犬の首と箒をくくりつけたベンツを乗り回し、皇帝の威光に従わない貴族たちや民衆を弾圧し、資産を強奪する日々を送っている。 彼と親衛隊士たちの、暴力に次ぐ暴力、他組織との権力闘争、エキセントリックな皇后や異能の天眼女との奇妙な対話、 仲間とのグロテスクで滑稽な交歓を描く、奇態な物語。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
2013年に出版されていた本書を昨今のロシア情勢を反映しての文庫化か。といっても、こじつけというわけではなく、 強権的なプーチン政権に対する風刺として作者は本書を書いたそうだから、このタイミングで再度世に出す意味はある。 ただ、グロテスクで過剰に暴力的な描写はソローキン兄貴の通常運転で、この物語からそこにターゲットを当てた風刺を読み取るのは難しい気がする。 親衛隊のホモソーシャルな感じは新選組を連想させるので、換骨奪胎して舞台を日本にしても同じ物語が描けそう。
イカした言葉 「死人に必要なのは屋根ではありません。蓋です」(p243)
October, 2022
ベストSF2022 編: 大森望
竹書房文庫 2022年, 1500円, ISBN978-4-8019-3212-8 またSFが死んだらしい...... では、この傑作群はいったいなんなのか
竹書房版年間SF傑作選シリーズ3冊目。 2021年に様々な媒体に発表されたSF短編から編者が選ぶ10編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
今回も、SFの領域を大きく拡張する挑戦的なセレクトで、もはやその姿勢にゆるぎなし。 そして、SFの境界を踏み越える作品も含めて相当な傑作がそろっている。 今年10月に亡くなった津原泰水による、短編に収まらないレベルで異文化を丸々創成する「カタル、ハナル、キユ」。 『異常論文』の中でも格別に異常な鈴木一平+山本浩貴「無断と土」。 もっともSFらしい中編だが、初出がマンガ誌「コミック百合姫」の表紙(!)での連載という伴名錬「百年文通」。 この3編が出色だが、それ以外も日本SFの力と可能性を見せつける力作。
イカした言葉 《これが歴史なら、思うさま壊し尽くしてさしあげましょう。手伝ってくださる?》(p363「百年文通」)
シャーロック・ホームズとシャドウェルの影 (原題: The Cthulhu Casebooks: Sherlock Holmes and the Shadowell Shadows) 著: ジェイムズ・ラヴグローヴ(James Lovegrove) / 訳: 日暮雅通
ハヤカワ文庫 2022年(原典2016年,2017年), 1360円, ISBN978-4-15-020615-4 ラヴクラフトの血を引く作家が託されたのはワトソン博士が残した原稿!? 衝撃のパスティーシュ!
作者のもとに届けられた古い原稿の束。ワトソン博士が晩年に記しラブクラフトに託したとされるその原稿には、 世に語られるシャーロック・ホームズの物語が隠している、異界から這い出す邪悪との闘いが記録されていた。 ワトソンの知人が巻き込まれた異常な事件をきっかけとした、コンサルタント探偵を始めたばかりの若き日のホームズとの出会いと、 その事件の背後にあるロンドン暗黒街を覆う旧支配者の影。さらに、旧支配者の力を得ようと画策する後の仇敵との最初の接触を描く、 クトゥルー神話とシャーロック・ホームズ小説のマッシュアップ3部作第1弾。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
人知を超える宇宙的怪異を描くクトゥルー神話と、 一見奇怪な事件でも理詰めの推理で徹頭徹尾合理的に謎を解くシャーロック・ホームズの小説群は、かみ合わないようでいて 意外と相性が良いのかも。『宇宙からの色』のアンソロジーなのに、なぜかシャーロック・ホームズ縛りの 『ホームズ鬼譚 ~ 異次元の色彩』なんて珍品もあったり。 両方の物語とも強度が高くて、少々の改変は平気で受け入れ、混ぜ合わせたときにケンカはしても互いに食われない、 というのがマッシュアップの材料として適しているのだろうね。
イカした言葉 「身近に思い当たる人物がいるよ、教授」(p386)
September, 2022
橘外男日本怪談集 蒲団 著: 橘外男
中公文庫 2022年, 1100円, ISBN978-4-12-207231-2 “日本最凶”の古典怪談、ここに蘇る。
明治の終わりころ、上州某町の古着屋が仕入れた商品の中に豪華な縮緬の蒲団があった。 大きな儲けをもたらすはずだったが、入手以来なぜか商売が傾きはじめ、さらに血まみれの美女が現れる怪異が続く。 やがて古着屋の家族にも異変が起きる。「蒲団」
江戸川乱歩と同時代に秘境・幻想小説で活躍した橘外男の怪談7編を収録するオリジナル短編集。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
このジャンルを長く読んできているが、やはりまだ底が浅くて、こういう先駆者の仕事に疎いことを思い知る。 なので、新刊として世に出してくれることはありがたい。 作品は現代の実話怪談の先祖といっていいのかな。いろいろ古臭いのは当たり前だが隅々までキチンとした構成が巧み。 後半の4編は、作者本人のプライベート、それもかなりデリケートな領域を下敷きにしたもので、 虚実ないまぜだとは思うが、露悪的で、覗いてはいけないものを覗く感じが面白い。
ゴジラ S.P 〈シンギュラポイント〉 著: 円城塔
集英社 2022年, 1800円, ISBN978-4-08-790081-1 過去現在未来を灼き尽くす その破局の名前はゴジラ
2030年、謎の飛行生物が千葉に飛来した。のちにラドンと名づけられたそれは、 天才だが奇人ぞろいの中小企業オオタキファクトリーのロボット〈ジェットジャガー〉との格闘の末倒れた。 その後も、ラドンの群れや新たな怪獣が現れ、さらに、怪獣を構成し、 怪獣が拡散する〈紅塵〉― 通常空間における操作では生成できない超物質 ― が世界を覆い始める。 ついに、時間や次元を超越して脈絡を破壊する紅塵のネットワークの中から〈特異点〉であるゴジラが姿を表す。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
2021年放映の同名のTVアニメは未見なのだが、そのシリーズ構成・脚本を円城塔が手がけると聞いたときは驚いた。 本書はその小説版だけど、これ、多分、アニメとは視点がかなり違うのだろう。 ゴジラが現れ消えるまでの経緯を、物理法則や因果の連なり方が異なる〈特異点〉の近傍からそこで成り立つ論理に基づき語る、 ヒトの理解を跨ぎ超える物語。いつもの著者らしい拵えと文体で、逆に安心。
イカした言葉  その脈絡は人間にはよく理解できない形をしていたからだ。(p11, 16)
August, 2022
嘘と正典 著: 小川哲
ハヤカワ文庫 2022年, 840円, ISBN978-4-15-031527-6 マルクスを歴史から抹消しようとするCIA、名馬スペシャルウィークに憧れた青年 ――  歴史と時間をめぐる世界文学級の傑作6篇
冷戦下のモスクワで諜報活動を行うCIA工作員が協力者であるソビエトの科学者から知らされた信じがたい発見。 これを活用すると過去においてマルクスとエンゲルスの関係を断ち、共産主義そのものを歴史から消し去ることができるかもしれない。 その顛末を描く表題作「嘘と正典」。一世を風靡したマジシャンの伝説の舞台は本物のタイムトラベルなのか作りこまれたトリックなのか、 読者を幻惑する「魔術師」など6篇。第162回直木賞候補作
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
SFの枠を超えて、さまざまな文学ジャンルを横断し、様々な測度と角度で時間と歴史を物語に落としこむ。 クリストファー・プリーストを思わせる極めて技巧的な作品世界。 「魔術師」なんかまさに『奇術師』と同工だし。 素晴らしく面白いのだが、技が麗しすぎて「一番のお勧めは小川哲だね」とか言うヤツは逆に信用できない。 「ひとすじの光」はまったくSF要素ないんだけど、初出は「SFマガジン」なのね。
【閲覧注意】ネットの怖い話 クリーピーパスタ
(原題: The CreepyPasta Collection: Modern Urban Legends You Can't Unread)
編: ミスター・クリーピーパスタ (MrCreepyPasta) / 訳: 倉田真木, 岡田ウェンディ 他
ハヤカワ文庫 2022年(原典2016), 860円, ISBN978-4-15-041499-3 アメリカ発・都市伝説系ホラー「クリーピーパスタ」 恐怖のネット怪談ショートストーリー15篇
アメリカのインターネットの中から生まれそこで育ったショートホラーのジャンル。 クリーピーパスタと呼ばれるそれらを集めて編んだアンソロジー。原本の20篇から15篇を収録。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★
ネット怪談というと、日本だと「くねくね」とか「きさらぎ駅」とかだが、アメリカだとこうなるか、と新鮮な印象。 クリーピーパスタという名前からしてコピー&ペーストが語源の一つで、インターネット・コミュニティの中で共有され、 成長してきたという点は共通なのだが、日本のネット怪談が「語り」芸の印象なのに対して、こちらは、ベタなB級ホラーのプロットとか、 ラブクラフト風の作品のなり損ねとかそういうテイスト。 そういう出自もあって、どれも浅くて薄っぺらいのだが、その浅さ薄さこそがこのジャンルの趣きなのかもしれない。 多分、この中にはさらに洗練されて熟成されていって本格ホラーになるものもあるだろうが、そうなる前の若く粗い感じを 楽しむのが正解という気がする。
神々の歩法 著: 宮澤伊織
創元日本SF叢書 2022年, 1800円, ISBN978-4-488-01846-7 彼らの敵は人ではない。―― ある種の神だ。
東欧の農夫だったモノが、奇妙な幾何学模様を描いて、通った跡を焦土としながらユーラシア大陸を横断したのち、北京を壊滅させた。 さらにその廃墟から世界中に破壊をまき散らす。この魔人に対処すべく投入された米軍サイボーグ兵部隊もあえなく返り討ちにあうところに 空を駆ける少女ニーナが現れた。ニーナと彼女に憑依したセキュリティ多胞体〈船長〉によると、 遥か宇宙の彼方の超新星爆発で四散した高次元幾何文明の一部が漂流の果てに地球に到達していて、元農夫と彼女は、それらと融合した者だという。 ニーナは、人類には認識できない次元に拡張された領域で元農夫との闘いを始める。「神々の歩法」
その後、米軍サイボーグ兵部隊と協力することになったニーナと〈船長〉は、次々と到来する発狂した高次元体を無力化するために世界を飛び回る。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
東京創元社のアンソロジーGenesis等に掲載された3作に書き下ろし1作を加えたアクションSF連作集。 宇宙から来た知性体に共生された地球人がその力を借りて、同じく宇宙から来た災厄と戦う、ということで、ウルトラマンなシリーズ。 天空でステップを踏み幾何学模様を描きながら次元を超えて戦闘する華麗さとか、米軍のサイボーグ兵部隊や彼らの装備のイカツさなど、 ビジュアル的にはイカしているので、アメコミやマーベル的な映画にすると映えそうではある。 ただ、冒頭の表題作はともかく、基本、憑依体が活性化する前に抑えるように動く話なので、そこが地味かも。
イカした言葉 《憑依体は高次元の巨大な3Dプリンターで、独自解釈のブッダを印刷しつつあるようです》(p185「エレファントな宇宙」)
巨大宇宙SF傑作選 黄金の人工太陽 (原題: Cosmic Powers) 編: J・J・アダムズ (John Joseph Adams) / 訳: 中原尚哉 他
創元SF文庫 2022年(原典2017), 1360円, ISBN978-4-488-77204-8 壮大無比の傑作アンソロジー SFならではの圧倒的スケール!
大宇宙で威容を誇る超巨大構造物や、神のような超知性との戦闘など、派手さを前面に押し出した センス・オブ・ワンダーとスケール感に特化した18編からなるアンソロジー。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
これぞSFという、デカい仕掛けをふんだんに盛り込んだ作品ぞろいなのだが、いまひとつ印象が薄い。 バクスターの『虚空のリング』とか、イーガンの『ディアスポラ』、 直近では劉慈欣の『三体』とかいった、 宇宙そのものを工学的にどうこうするようなモンスター作品があるなかで、デカさだけで勝負を挑むのは無謀かも。 しかも、妙にファンタジー寄りの処理をしているものが多いのもどうかと思う。
July, 2022
異常 (原題: L' Anomalie) 著: エルヴェ・ル・テリエ(Hervé Le Tellier) / 訳: 加藤かおり
早川書房 2022年(原典2020年), 2700円, ISBN978-4-15-210079-5 選べ。私たちが互いを滅ぼす前に。
秘密の二重生活を送るフリーの殺し屋、自殺した小説家、愛が終わりつつある映像編集者と建築家のカップル、 カエルを飼う少女とその母親、薬害訴訟に備える気鋭の弁護士、スターとなったナイジェリアのラッパー。 住む国も年齢も異なる無関係な彼らは、皆、巨大な乱気流に巻き込まれたパリ発ニューヨーク行きのエールフランス便に乗り合わせていた。 やがて、彼らのもとに不穏な来訪者が現れる。 そして乱気流の3ヶ月後、彼らだけでなく全世界が困惑する異常な事態が発生する。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
2020年のゴンクール賞を受賞し、フランスでベストセラーとなった小説。 はじめはバラエティに富んではいるが個人の生活のミクロな描写なのだが、何が起こっているかが明らかになる中盤以降は SF的な大きな物語に転じ、世界の在りように関わる理論物理的、哲学的な問いかけがなされることになる。 それでも依然として、異常な事象に巻き込まれた登場人物たちが自分の内面や過去と否応なく向き合うこととなる 個人の物語でもある。 習近平国家主席やマクロン大統領は実名で出てくるのに(セリフもある)、あの米国大統領の名前が示されないのはちょっと面白い。
イカした言葉 「ここまでは理解できましたでしょうか、大統領?」(p205)
ほねがらみ 著: 芦花公園
幻冬舎文庫 2022年, 750円, ISBN978-4-344-43194-2 安易な気持ちで、恐怖の実話を集めてはいけない。
趣味で怪談話を収集する医師の「私」が集めた話に奇妙な符合が見られる。 知人の漫画家がその知人から送り付けられた怪談話、「私」の先輩医師の患者の体験談、民俗学者から贈られてきた手記。 通常の実話怪談の造りに収まらない意味の通らない何かの断片や理屈を欠いた証言記録は、 全体として四国の旧家にまつわる呪いめいた因縁につながっていく。 やがて、「私」の周辺にも奇怪な出来事がにじり寄ってくる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
『異端の祝祭』等の作者の出世作。 もともとウェブ小説サイトに投稿されたものがネット上で話題となり、改稿の上単行本化されたもの。 意味不明であるがゆえに予測や回避ができない恐怖の構造や、ベタな脅かし方などの使い方が上手い。 世の中の実話怪談の集積からエッセンスを抽出する手技が冴えている。 作者が、生粋のホラーや怪談の愛好家・収集家でそれが高じてクリエイターに転じたことが、良く伝わる。 怪異に飲み込まれた水谷君の狂った長ゼリフが良い。
イカした言葉 「法則はないわけです、順序はあります」(p259)
2084年のSF 編: 日本SF作家クラブ
ハヤカワ文庫JA 2022年, 1200円, ISBN978-4-15-031522-1 62年後のあなたは、この世界のどこかで生きている。
『ポストコロナのSF』に続く、 日本SF作家クラブ発のテーマアンソロジー。さまざまな2084年を舞台とする23編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
舞台となる2084年は、ジョージ・オーウェル『1984年』の100年後。 種々の厄介な問題に現在だけでなく未来まで蝕まれつつある世界を、SF作家の想像力で錬成した 起こりえない世界群の多様性で上書きする試み。 何を言っているのか分からないのに妙なリズムで読ませる倉田タカシ「火星のザッカーバーグ」が一番面白かった。