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小説評論もどき 2013下半期 (19編)


私の読書記録です。2013年7月-12月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2013
ブックマン秘史1 革命の倫敦 (原題: The Bookman) 著: ラヴィ・ティドハー (Lavie Tidhar) / 訳: 小川隆
ハヤカワ文庫SF 2013年(原典2010), 860円, ISBN978-4-15-011916-4 ヴィクトリア朝オールスターキャストで贈るスチームパンク冒険SF三部作開幕!
詩人を志す孤児の青年オーファンの平穏な日々は2つの爆弾によって失われた。 王位を簒奪した大蜥蜴種族が統治する大英帝国を揺るがす正体不明のテロリスト・ブックマンの爆弾テロに連続して巻き込まれ、 2回目のそれにより恋人ルーシーが命を落としたのだ。 しかし、失意のオーファンの前に、バイロン卿の人格を移植した自動人形や、Mと名乗る政府の要人らしき男が現れ、 ブックマンを探せと彼に迫る。 訳も分からぬうちに、運命に流されるようにブックマンを探すことになったオーファンだが、 一連の事件の背景には彼が知らない自身の過去も関わっているらしい。 人ならざる爬虫類種族や、思考する自動機械が闊歩する異形のヴィクトリア朝時代を舞台に、 オーファンの冒険はロンドンからフランス、カリブ海の島へと予想もつかぬ方向へと進む。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★
スチームパンクは賑やかでないとね、と言わんばかりに、 実在・架空の人物をこれでもかと数多く登場させる派手なエンターテインメント。 時代背景や登場人物は『ディファレンス・エンジン』『屍者の帝国』と似ているんだが、 これらの思弁性はあまりない娯楽に徹した作風で、これを書いたのがイスラエル人だというのが面白い。 多分、日本人の手になる『屍者の帝国』を外国人が読むのと同じ感覚かな。 ちょっととっ散らかった若書きな感じはするけれど、心意気は買う。3部作は通して読もうかな。
イカした言葉 「詩というものは、できるかぎり退屈な人生からのほうがよいものが生まれるのに」(p388)
(原題: Сборник рассказов) 著: ウラジミール・ソローキン (Владимир Сорокин) / 訳: 亀山郁夫
国書刊行会 2013年(原典1992), 2500円, ISBN978-4-336-03960-6 『ロマン』『青い脂』の鬼才ソローキン、本邦初の最強・最狂短編集が復活!
ロシア現代文学のモンスター、ソローキンの17作を収録する短編集(原題は「短編集」という意味のようだ)。 1999年に発行されたものを、最近のソローキン再評価により復刊(というか第2刷)。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
狂ってる。狂ってる。普通の生活や情景で始まるテクストが唐突に全てを壊して狂い歪む。 『青い脂』は長篇で、狂ったなりにストーリーはあったが、 本作ではどの短編も意味を拒否する暴力的な狂気だけで形作られている。読んでいると異界に連れ去られる。 昔の筒井康隆がこんなの書いてたよなぁ、ソローキンの方が狂気の純度は高い感じだけど。
超時間の闇 著: 小林泰三, 林譲治, 山本弘
創土社 2013年, 1700円, ISBN978-4-7988-3010-0 『イース』時を超える“大いなる種族”
クトゥールー神話の 代表作の一つ「超時間の影」を題材とするアンソロジー。 異端の脳科学実験により精神を時空から解き放ち、様々な非人類文明を訪れるうちに、 彼らを時間を超えて蹂躙する〈大いなる種族〉の存在に気付く、小林泰三「大いなる種族」。 県が隣接する県を武力で併合しようとする異様な現代で、県の官僚が、厳重な監視カメラ網をすり抜ける少女と出会い、 不可解な事件に巻き込まれる、林譲治「魔地読み」。 同じ時を繰り返しながら奇怪な事件の謎に迫るゲームブック、山本弘「超時間の檻」の3編を収録。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
ラブクラフトのクトゥールー神話作品の中で最もSF色の濃いのが「長時間の影」。 太古から遠未来にわたる地球の時代時代を支配する様々な非人類文明と、時空を超える精神交換で 彼ら(人類を含む)を蹂躙する太古の「大いなる種族」の企みを描く原作を、それぞれの作者なりの手腕で調理する。 小林泰三のクトゥールー趣味は有名なので驚きはないが、林譲治にはそのイメージはなかったね。 で、やっぱりゲームブックという形式は合わないなぁ。
怪奇小説日和 黄金時代傑作選 編訳: 西崎憲
ちくま文庫 2013年, 1000円, ISBN978-4-480-43118-9 人というものの底にある怖さを覗きこむ
19世紀後半から20世紀前半にかけての欧米の怪奇小説黄金時代の精華18編。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★★★
怪奇小説の黄金時代から精選された作品群だけあって、いささかの古めかしさはあるものの、 滋味深い文章に格調を感じるし、それぞれの落ち着いた面白さが光る。 話の結構は、実は下の欄で紹介しているような怪談実話を核にしたものが多い。 人の精神を彩る不安と恐怖が文学を生み出すのは洋の東西、時代を問わないということを再確認。
November, 2013
ふたり怪談 肆 著: 平山夢明・福澤徹三
竹書房文庫 2013年, 638円, ISBN978-4-8124-9703-6 この組み合わせが大凶です。読者の身にもなってください。……京極夏彦
怪談実話FKB「ふたり怪談」シリーズ第4弾。 斯界の双璧である二人の語り手による42編の不安と恐怖の結晶群。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★★
シリーズの第4弾だけを選んで読むのは、著者二人のビッグネームに惹かれたから。 人々の口の端に伝わる理のない怪異を絶妙の語りで並べる手練れの技で、読み進めるうち心に黒いものが積み重なる。
ブラインドサイト(上/下) (原題: Blindsight) 著: ピーター・ワッツ (Peter Watts) / 訳: 嶋田洋一
創元SF文庫 2013年(原典2006), 各840円, ISBN978-4-488-74601-8/978-4-488-746012-5 突如地球を襲った65536個の流星群/謎の巨大構造物と最悪のファースト・コンタクト
2081年。地球軌道を囲んだ多数の小物体群が突然、光を放ちどこかに何かを通信した。 予期せぬ地球外知性の到来を意味する事態にパニックになった人類文明だが、侵略か友好かの意図も不明、 所在も正体も不明な相手を探索するうちに、太陽系外縁のほぼ不可視の準矮星に何かがあることを発見し、 探査船〈テーセウス〉を送り込む。 搭乗員は、遺伝子操作で人類史の深奥から復活した吸血鬼の指揮官、感覚器の大半を機械化し拡張した生物学者、 人工的に人格を分割し並列的な情報処理を行う四重人格の言語学者、多数のロボット兵士とリンクし拡大した身体性を持つ軍人、 そして、脳の半分を失った代償に理解というステップを踏まずに認知・説明する能力を得たこの遠征の記述者。 彼らが見たのは準矮星の軌道上で成長しつつある巨大な構造物。〈ロールシャッハ〉と自称する それとのコンタクトを図ろうとする彼らだが、人類とは全く異質な存在との接触は悪夢のような結末へとつながっていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
どこかの外国人のカリカチュアではない、真に異質な異星人を描く試みは、 例えばレムの諸作や、スターリングの「巣」 (『蝉の女王』に収録)などSFの重要な一分野をなす。 また最近は「意識」に関する研究成果を受け、その意義や必要性を論じる、 伊藤計劃『ハーモニー』を代表とする試みも多い。 人間性の本質を問うこれらの系統に属す本書では、拡大された人類の定義ですら境界線(吸血鬼はその外だが)の遠征隊と、 人類とは全くかけ離れた異星人とのコンタクトを通じて、 高コストかつ非効率な「自意識」は知性にとって偶然獲得した重荷に過ぎないのではという課題提起がなされる。 しかし、そういう先鋭的・哲学的テーマはさておき、読んでいて想起されるのは、むしろ映画『エイリアン』。 冷凍睡眠から目覚める冒頭から、未知の異星文明の宇宙船に向かうところや、 何より全編を通じての不穏な雰囲気など、かなり共通したものがある気がするのだが、 色んなレビューを見てもこのことに触れているのがないのが不思議。
イカした言葉 「きみはおれを幸せにしたいんじゃなく、カスタマイズしたいんだろう」(下p27)
皆勤の徒 著: 酉島伝法
東京創元社 2013年, 1800円, ISBN978-4-488-01817-7 第2回創元SF短編賞受賞作にはじまる、誰も見たことのない、世界水準の傑作。
奇怪な生物学を基盤とする異形の遠未来を途方もなくグロテスクな言語表現で描き出し、 第2回創元SF短編賞を受賞した表題作。そしてそれに連なる、極限の異形の未来史連作4編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★
SFは、読者をアッと驚かせてナンボの文芸で、独特な漢字で記された造語で描かれる グチャグチャな臓物やら蟲がひしめきうごめく異形の世界のイメージと、 ときおり挿入される現代の日常とのギャップで読者に強烈なイメージをぶつける本書はまさにそれ。 しかも背景には相当にハードなSFが隠れているし。 最近珍しいテイストで、椎名誠のSFから軽妙さを減じてグロさを増した、というか、 グレッグ・ベア「鏖戦」酒井昭伸訳を彷彿させる。 映画にしたら観客が卒倒しそうだが、マンガにするなら、やっぱり二瓶勉で。
October, 2013
日本SF短篇50(ⅠⅡⅢⅣⅤ)
日本SF作家クラブ創設50周年記念アンソロジー
編: 日本SF作家クラブ
ハヤカワ文庫SF 2013年, 900円/1040円/1000円/960円/1020円, ISBN978-4-15-031098-1/978-4-15-031110-0/978-4-15-0311115-5/978-4-15-031126-1/978-4-15-031131-5 Ⅰ:黎明と勃興の10年。 / Ⅱ:浸透と拡散の10年。 / Ⅲ:転換と継承の10年。 / Ⅳ:多様と先鋭の10年。 / Ⅴ:豊穣と疾走の10年。
1963年に発足した日本SF作家クラブの50周年記念のアンソロジー。 発足後各年度ごとに1作、しかもクラブ在籍メンバーから同じ作家を重複させずに選出。 10年ごとの5冊、50人50編の収録作でその歴史を振り返る。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★
巻頭で語られるように、日本SF作家クラブは日本SFを代表する団体ではない。 しかし、会員である作家たちがその中心であり核であり推進力であったことは確かだろう。 日本SFの礎を築いてきた第一世代から、21世紀の今日、最前線を拓きつつある人たちへと続く名作の数々は、 日本SFの歴史そのものだ。僕は、人生の大半をSFとともに暮らしてきたので、ここに掲載された作家たちの名前に感動しつつ、 全ての収録作品を堪能した。さて、未来は続く。 50年前のⅠ巻から最新のⅤ巻に至る過程で、世界・社会認識の劇的な変遷が読み取れるように、 次の50年の間に社会は現在の僕らには(SFの機能をもってすら)想像もつかないような変化をし、 これをSFは取り込んでいくだろう。 さすがに100周年記念が出ても読むことはかなわないとは思うが、意外とそうでもないかも。
スペシャリストの帽子 (原題: Stranger Things Happen) 著: ケリー・リンク (Kelly Link) / 訳: 金子ゆき子,佐田千織
ハヤカワ文庫FT 2004年(原典2001), 840円, ISBN4-15-020358-X
世界幻想文学大賞を受賞した表題作を含む11編を収録した、 21世紀初頭のアメリカ文学を代表する作者の第一短編集。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
収録作それぞれの何が面白いのかは分かる。そして、この夢または妄想の論理に沿って展開する物語が、 幻想文学、SF、ホラー、主流文学などの各分野で高く評価されるのも分かる。 だが、残念なのはそれが僕のポイントではないということで、僕個人にはあまり刺さらなかった。
ホームズ鬼譚 ~ 異次元の色彩 著: 山田正紀, 北原尚彦, フーゴ・ハル
創土社 2013年, 1700円, ISBN978-4-7988-3008-7 ホームズ×クトゥールー
クトゥールー神話の代表作の一つ「宇宙からの色」に、 シャーロック・ホームズを重ねたアンソロジー。 コナン・ドイル、メアリー・シェリー、エミリー・ブロンテらの物語が作者を侵食する、 混沌に満ちた山田正紀「宇宙からの色の研究」、クトゥールー作品としてもホームズ物としても 見事に成立している北原尚彦「バスカヴィル家の怪魔」、ワトソン博士が奇怪な事件を捜査するゲームブック、 フーゴ・ハル「バーナム二世事件」の3編を収録。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
「宇宙からの色」はラブクラフト作品のなかで、ホラーとしてとても怖く、あまり有名でないながら僕が最も好きな一編なので、 当叢書にこのタイトルが予告されたときは喜んだものだが、なぜ、ここにシャーロック・ホームズを絡めるかね。 それぞれ、かなり凝った仕掛けになっているが「宇宙からの色」よりシャーロック・ホームズが強く出ているのがねぇ。 白状するとゲームブック形式の「バーナム二世事件」は乗り切れず、あまりまともに読めなかった。
September, 2013
夢幻諸島から (原題: The Islanders) 著: クリストファー・プリースト (Christopher Priest) / 訳: 古沢嘉徹
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 2013年(原典2011), 2000円, ISBN978-4-15-335008-3 英国SF協会賞 ジョン・W・キャンベル記念賞受賞
その惑星の全周をとりまき表面積の70%を覆う大洋には、無数の島々が点在し、 それぞれの島ごとに多様な文化・社会を築いて人々が暮らしている。 夢幻諸島と呼ばれるその島々は、時間勾配の歪みというこの惑星の特性上、俯瞰的・全体的な地図は作成不能で、 また、島々の名称に関する混乱もあって、研究者にすらその全貌は分からない。 そんな島々の幾つかをアルファベット順に紹介するガイドブックという体裁の本書だが、 中には手記やら書簡などが混じり、いくつかの事件が複数の視点から暗示されたりと、それぞれの島が幻惑的に語られる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ第一期完結となる本書は、技巧をつくした語り/騙りで 読者を罠にはめるプリーストの連作短編集。 といっても、個々の断章は短編と呼ぶにはそれぞれが完結していないし、全体で一つの長篇小説か、というとそうでもない。 そして、ガイドブックの序文で「本書に書かれている事柄はどれひとつをとっても厳密には事実に基づいていない」と記され、 読み進むうちに序文を寄稿した当の作家の死にまつわるエピソードが収められているなど、 読者を惑わせる仕掛けが張り巡らされている。 とはいえ、緩やかに繋がったり微妙に矛盾したりするエピソード群が点在するものの、 それらは筋道だった「物語」にはならず、語られる夢幻諸島そのもののごとく混沌としている。
チャイルド・オブ・ゴッド (原題: Child of God) 著: コーマック・マッカーシー (Cormac McCarthy) / 訳: 黒原敏行
早川書房 2013年(原典1973), 2000円, ISBN978-4-15-209381-3 お前らみんな地獄に堕ちやがれ
アメリカ中南部の貧しい山村で独り暮らす青年レスターは、粗野で人嫌いの性格もあって、 周囲の社会から孤立していた。ある事情で自宅を失った彼は、廃墟から山の洞窟へと住処を移しながら、 絶望的な孤独の度合いを深めていく。 あるとき、山中でカップルの死体を見つけたことをきっかけに、レスターは陰惨で救いようのない行為に身を染めていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★★
アメリカ文学の巨匠の初期長篇の一作。ひたすらに荒涼とか凄惨という言葉でしか形容できない物語で、 他の誰が書いてもホラーにしかならないだろう。 実際、本書も相当なホラーテイストなのだが、この作者の筆にかかると、それだけでない詩情や哲学性を帯びる。 なかば自ら疎外と孤独を選択した主人公の、それでも他者とつながる欲求を捨てきれず道を踏み外していく遍歴は、 なぜか読者の精神を突き刺してくるのだ。 この主人公が偶然にでもこの環境で家族を得てしまうと、ジャック・ケッチャムの『オフ・シーズン』につながりそうだ。
イカした言葉  煙出しの穴から見える冷たい星の大集団を眺めてあれらの星は何でできているのか、 自分は何でできているのかと考えた。(p164)
クラーケン(上/下) (原題: KRAKEN) 著: チャイナ・ミエヴィル (China Miéville) / 訳: 日暮雅通
ハヤカワ文庫SF 2013年(原典2010), 各880円, ISBN978-4-15-011910-2/978-4-15-011911-9 全長8メートルの巨大ダイオウイカの標本が忽然と消えた!?
ロンドン自然史博物館の学芸員ビリー・ハロウは、見学客のガイド中に、 展示品の目玉であるダイオウイカの標本が巨大な水槽ごと消失していることに気づき驚愕する。 この事件を契機に、ビリーは、ロンドンの裏側に秘かに広がる魔術が当たり前のように機能する世界に引きずり込まれる。 ダイオウイカ教会をはじめとする様々なカルト、ロンドンの街そのものを読み占う集団、 古代エジプトで作られた泥人形に宿る精神が結成した使い魔たちの労働組合、 ある男の背中に彫られた刺青の顔を首領とする奇怪な改造人間たちのギャング、 数百年の時を超えて生きる桁外れの暴力をふるう殺人者など、様々な魔術を操る裏ロンドンの住民たちがビリーの前に現れる。 彼らが一様に語るのは、間近に迫りながらも正体の見えない世界の終末と、 重要な役割を持つらしい消えたダイオウイカに対するビリーの影響力。 当然そんな自覚などないビリーだが、諸勢力のいくつかに追われ、またいくとかと協力し、 ダイオウイカの行方と終末の謎を求めてロンドンの異界を駆け回る。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
空前のダイオウイカブームのなか出版された本書だが、書かれた時期から言ってもブームの先取りだ。 でも、作中のダイオウイカは生物学的な標本であるより、魔術のアイコンなので関係ないといえばそうだが。 現代社会になじむ、でも、さりげなくなどない高輝度な魔術の設定・描写が、この著者ならではの度肝を抜くトガり具合。 一作ごとに全く異なる、典型的という言葉と無縁な突拍子もない世界を作り上げる著者のイマジネーションに改めて感嘆。
イカした言葉 「じゃあ、おたくの黙示(アポカリプス)はどうよ?」(p231)
August, 2013
奇病探偵 著: 牧野修
竹書房タソガレ文庫 2013年, 762円, ISBN978-4-8124-9556-8 狂気と暴力と死は感染する――
素直だけがとりえの青年森田がようやく見つけた就職先は、日本疾病管理予防研究所、 感染症の研究では日本で最先端という施設だ。 しかし、そこで働く研究者たちは極めて有能だが、非常識で倫理など気にもかけないエキセントリックなメンバーばかり。 彼らに引きずられて連れて行かれる現場で森田が目にするのは、強烈な暴力衝動を引き起こす脳炎の感染症、 モノを捨てられなくさせゴミ屋敷を誘発する寄生虫など、奇怪な病気とそれらが原因となる異様な事件。 そして事件を鮮やかに解決していく研究員たちに森田はふと疑念を持つ。 そんな中、研究所を狙うどす黒い悪意がおぞましい計画を実行しようとしていた。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★★
まさかの『病の世紀』の続編。単行本で発行されたのは確か15年くらい前で内容はだいぶ忘れてしまったが、 それでも「嘘ついたら針千本飲ます」のくだりの異様な怖さは覚えている。 続編といっても、一部前作が仄めかされるだけで独立しているのだが、だいぶライトになった印象は、 多分、若い読者を想定しているからか。 本書では、基本、勧善懲悪路線で、奇病もむしろ研究員たちの使役する道具になっているので、 得体のしれない恐怖とか想像を超える呪いのような疫禍の描写があまり出てこないのもそうだね。 なお、表紙に描かれた怖いルックスの人は物語には出てこない。
イカした言葉 「馬鹿にしてるんじゃない。馬鹿として扱っているんだよ。」(p124)
チャールズ・ウォードの系譜 著: 朝松健, 立原透耶, くしまちみなと
創土社 2013年, 1700円, ISBN978-4-7988-3006-3 朝松健 クトゥールー作品最新作!
クトゥールー神話の代表作の一つ、 「チャールズ・ウォードの事件」を題材としたアンソロジー。 邪法を極めた祖先が子孫の体を奪い復活しようとする物語を原型に、 1930年代のニューヨークのマフィア間の抗争の背後に潜む怪異、 肖像画の秘法による邪悪なものとの時を超えた追跡・逃走劇の様相、 千葉県のさびれた街を舞台とした錬金術とそれにより生まれたものがもたらす恐怖を描く3編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
『ダンウィッチの末裔』に続き、 クトゥールー神話の代表作へのオマージュ・アンソロジー。 下敷きとなる「チャールズ・ウォードの事件」はものすごくよくできた話だったが、 今回のアンソロジーの収録作は若干焦点がぼけた感じ。ドリアン・グレイの伝説とか、 作者の他の著作をからめたりする手法は悪くないのだが。
ズー・シティ (原題: Zoo City) 著: ローレン・ビュークス (Lauren Beukes) / 訳: 和爾桃子
ハヤカワ文庫SF 2013年(原典2010), 860円, ISBN978-4-15-011906-5 南ア発ハードボイルドSFミステリ
南アフリカ・ヨハネスブルグの最底辺ズー・シティ。重犯罪者は魔術的なシステムによって、 一匹の動物と超常的な能力を結合させられるこの世界の、彼ら動物連れたちの吹き溜まりの街。 かつて、兄を殺して服役していたジンジは、ナマケモノを連れてズー・シティに流れてきた。 遺失物発見能力を活かした探し屋や、詐欺師のパートナーとして日々の糧を得ていた彼女は、 ある日、音楽界の大物から、失踪したポップスターの捜索を依頼される。 多額の報酬にこれを受けたジンジは、ヨハネスブルグに潜む得体のしれない闇を目の当たりにし呑み込まれていく。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★
どうもモヤモヤするなぁ。「動物連れ」とは結局何であるか、とか、ジンジの犯した罪とか、 本書で語られる事件の真相・動機が、はっきりしない。自分の読解力を疑いつつ、なんとなく釈然としない読書体験。 あと、翻訳も微妙。ビデオゲームのタイトル「大盗賊オート」って、多分「グランド・セフト・オート」だし、 ポップスターのブレイクのきっかけとなった番組を「スタ誕」って、いくらなんでも。 面白いのは、この話の舞台は、本書の発行と同時期の2010年前後なのだが、作中で語られる架空の(架空だよね?)事件や映画が 現実にあったものと並んで2008年とかそういう近過去に置かれているのは珍しい気がする。
イカした言葉 「祖霊たちはテクノロジーにもっとすんなりなじんでます。人間の頭ほどこだわりがありませんからねえ」(p243)
July, 2013
NOVA10 責任編集: 大森望
河出文庫 2013年, 1200円, ISBN978-4-309-41230-6 第1期 完結!!!!
シリーズ完結となる日本SFオリジナルアンソロジー。 収録数12話ながら、中編以上の分量を誇る瀬名秀明「ミシェル」など、質・量ともに大盤振る舞い。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★★
中二病妄想が人生に不可欠であることを証明する冒頭の菅浩江「妄想少女」から、 下の『極光星群』掲載の「Wonderful World」の続編にして、『虚無回廊』を軸に小松左京にオマージュをささげる ラストの「ミシェル」まで、どの収録作もレベルがきわめて高く、 日本SF史に輝くアンソロジー・シリーズの最後を飾るにふさわしい、極上の一冊。 中盤は若干中だるみもあったが、シリーズ全体を通すと日本SFの夏を導いた先導者だった。 ひとまず、お疲れ様でした。
年刊日本SF傑作選 極光星群 編: 大森望・日下三蔵
創元SF文庫 2013年, 1100円, ISBN978-4-488-73406-0 2012年の精華12編 極光が彩る日本SFの夏
本格的に訪れた日本SFの夏のシーズンを彩る、2012年発表された短編から精選された11編と、 第4回創元SF短編賞受賞の宮西建礼「銀河風帆走」を収録。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
本当に、日本SFは夏のシーズンを迎えたんだと実感する一冊。 過去の当シリーズでは、SFの境界ギリギリを探るような作品が多くピックアップされていたが、 この巻では、ストレートなものが並ぶ。それでいて、作者もコアなSF作家だけでなく、 掲載誌も一般文芸誌も含め幅広く、とても追い切れないのでこうして紹介してくれるのはありがたい。
すばらしい新世界 (原題: Brave New World) 著: オルダス・ハクスリー (Aldous Huxley) / 訳: 黒原敏行
光文社古典新訳文庫 2013年(原典1932), 1048円, ISBN978-4-334-75272-9 冲方丁さん驚愕! “これはもはや架空の物語ではない。”
26世紀。H・フォードが自動車の大量生産を開始した年を紀元とするこの時代、 人間は定められた規格に基づき工場生産され、役割・階級を固定化されている。 それゆえに極めて安定的で、また、生産時の強力な条件付により誰もが不満を持たない社会で、 統計的誤差として生まれたバーナードは、ひとり社会に違和感を感じている。 そんな彼が、いまだ家族や宗教を基盤とする野蛮人居留地を訪れたとき、もとは文明世界にルーツを持つ青年ジョンに出会う。 属する社会の中で孤立するジョンをバーナードは連れ帰る。 一様な価値観に刺激的な一石を投じる野蛮人の登場ににわかに騒然となる文明世界だが、 注目され舞い上がるバーナードとジョンを思わぬ運命が待ち受けていた。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
『一九八四年』と並び称せられるディストピア小説だが、 『一九八四年』と比べるとそんなに悪い社会ではない。 人間を工場生産するという、現代の倫理には相容れない部分を除くと、 ここで語られる世界は良かれ悪かれ我々の社会が目指す先であり、その何割かはすでに実現されているからだ。 特定の人物、家系、階級が特権を独占しているわけでもなく、安定を第一原理とする社会に合わせた規格化・条件付の結果とはいえ、 全ての人に居場所があり、置かれた境遇に満足している、というのはある意味素晴らしいことかもしれない。 なにより、今から80年前の小説ながら、その先見性・思索性の高さだけでなく、今読んでも抜群に面白い、ということに驚く。
イカした言葉 「いいかねきみ、文明には高貴なことも英雄的なことも全然必要ないんだ。 そんなものが現れるのは政治が機能していない証拠だ。」(p341)