題 |
ブックマン秘史1 革命の倫敦 (原題: The Bookman) |
著 | 著: ラヴィ・ティドハー (Lavie Tidhar) / 訳: 小川隆 |
版 | ハヤカワ文庫SF 2013年(原典2010), 860円, ISBN978-4-15-011916-4 |
帯 |
ヴィクトリア朝オールスターキャストで贈るスチームパンク冒険SF三部作開幕! |
話 |
詩人を志す孤児の青年オーファンの平穏な日々は2つの爆弾によって失われた。
王位を簒奪した大蜥蜴種族が統治する大英帝国を揺るがす正体不明のテロリスト・ブックマンの爆弾テロに連続して巻き込まれ、
2回目のそれにより恋人ルーシーが命を落としたのだ。
しかし、失意のオーファンの前に、バイロン卿の人格を移植した自動人形や、Mと名乗る政府の要人らしき男が現れ、
ブックマンを探せと彼に迫る。
訳も分からぬうちに、運命に流されるようにブックマンを探すことになったオーファンだが、
一連の事件の背景には彼が知らない自身の過去も関わっているらしい。
人ならざる爬虫類種族や、思考する自動機械が闊歩する異形のヴィクトリア朝時代を舞台に、
オーファンの冒険はロンドンからフランス、カリブ海の島へと予想もつかぬ方向へと進む。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★ |
スチームパンクは賑やかでないとね、と言わんばかりに、
実在・架空の人物をこれでもかと数多く登場させる派手なエンターテインメント。
時代背景や登場人物は『ディファレンス・エンジン』や
『屍者の帝国』と似ているんだが、
これらの思弁性はあまりない娯楽に徹した作風で、これを書いたのがイスラエル人だというのが面白い。
多分、日本人の手になる『屍者の帝国』を外国人が読むのと同じ感覚かな。
ちょっととっ散らかった若書きな感じはするけれど、心意気は買う。3部作は通して読もうかな。 |
イカした言葉
「詩というものは、できるかぎり退屈な人生からのほうがよいものが生まれるのに」(p388) |
題 |
ブラインドサイト(上/下) (原題: Blindsight) |
著 | 著: ピーター・ワッツ (Peter Watts) / 訳: 嶋田洋一 |
版 |
創元SF文庫 2013年(原典2006), 各840円, ISBN978-4-488-74601-8/978-4-488-746012-5 |
帯 |
突如地球を襲った65536個の流星群/謎の巨大構造物と最悪のファースト・コンタクト |
話 |
2081年。地球軌道を囲んだ多数の小物体群が突然、光を放ちどこかに何かを通信した。
予期せぬ地球外知性の到来を意味する事態にパニックになった人類文明だが、侵略か友好かの意図も不明、
所在も正体も不明な相手を探索するうちに、太陽系外縁のほぼ不可視の準矮星に何かがあることを発見し、
探査船〈テーセウス〉を送り込む。
搭乗員は、遺伝子操作で人類史の深奥から復活した吸血鬼の指揮官、感覚器の大半を機械化し拡張した生物学者、
人工的に人格を分割し並列的な情報処理を行う四重人格の言語学者、多数のロボット兵士とリンクし拡大した身体性を持つ軍人、
そして、脳の半分を失った代償に理解というステップを踏まずに認知・説明する能力を得たこの遠征の記述者。
彼らが見たのは準矮星の軌道上で成長しつつある巨大な構造物。〈ロールシャッハ〉と自称する
それとのコンタクトを図ろうとする彼らだが、人類とは全く異質な存在との接触は悪夢のような結末へとつながっていく。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★ |
どこかの外国人のカリカチュアではない、真に異質な異星人を描く試みは、
例えばレムの諸作や、スターリングの「巣」
(『蝉の女王』に収録)などSFの重要な一分野をなす。
また最近は「意識」に関する研究成果を受け、その意義や必要性を論じる、
伊藤計劃『ハーモニー』を代表とする試みも多い。
人間性の本質を問うこれらの系統に属す本書では、拡大された人類の定義ですら境界線(吸血鬼はその外だが)の遠征隊と、
人類とは全くかけ離れた異星人とのコンタクトを通じて、
高コストかつ非効率な「自意識」は知性にとって偶然獲得した重荷に過ぎないのではという課題提起がなされる。
しかし、そういう先鋭的・哲学的テーマはさておき、読んでいて想起されるのは、むしろ映画『エイリアン』。
冷凍睡眠から目覚める冒頭から、未知の異星文明の宇宙船に向かうところや、
何より全編を通じての不穏な雰囲気など、かなり共通したものがある気がするのだが、
色んなレビューを見てもこのことに触れているのがないのが不思議。 |
イカした言葉
「きみはおれを幸せにしたいんじゃなく、カスタマイズしたいんだろう」(下p27) |
題 |
日本SF短篇50(ⅠⅡⅢⅣⅤ)
日本SF作家クラブ創設50周年記念アンソロジー |
著 | 編: 日本SF作家クラブ |
版 |
ハヤカワ文庫SF 2013年, 900円/1040円/1000円/960円/1020円,
ISBN978-4-15-031098-1/978-4-15-031110-0/978-4-15-0311115-5/978-4-15-031126-1/978-4-15-031131-5 |
帯 |
Ⅰ:黎明と勃興の10年。 / Ⅱ:浸透と拡散の10年。 / Ⅲ:転換と継承の10年。
/ Ⅳ:多様と先鋭の10年。 / Ⅴ:豊穣と疾走の10年。 |
話 |
1963年に発足した日本SF作家クラブの50周年記念のアンソロジー。
発足後各年度ごとに1作、しかもクラブ在籍メンバーから同じ作家を重複させずに選出。
10年ごとの5冊、50人50編の収録作でその歴史を振り返る。 |
評 |
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★ |
巻頭で語られるように、日本SF作家クラブは日本SFを代表する団体ではない。
しかし、会員である作家たちがその中心であり核であり推進力であったことは確かだろう。
日本SFの礎を築いてきた第一世代から、21世紀の今日、最前線を拓きつつある人たちへと続く名作の数々は、
日本SFの歴史そのものだ。僕は、人生の大半をSFとともに暮らしてきたので、ここに掲載された作家たちの名前に感動しつつ、
全ての収録作品を堪能した。さて、未来は続く。
50年前のⅠ巻から最新のⅤ巻に至る過程で、世界・社会認識の劇的な変遷が読み取れるように、
次の50年の間に社会は現在の僕らには(SFの機能をもってすら)想像もつかないような変化をし、
これをSFは取り込んでいくだろう。
さすがに100周年記念が出ても読むことはかなわないとは思うが、意外とそうでもないかも。 |
題 |
夢幻諸島から (原題: The Islanders) |
著 |
著: クリストファー・プリースト (Christopher Priest) / 訳: 古沢嘉徹 |
版 | 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 2013年(原典2011), 2000円, ISBN978-4-15-335008-3 |
帯 | 英国SF協会賞 ジョン・W・キャンベル記念賞受賞 |
話 |
その惑星の全周をとりまき表面積の70%を覆う大洋には、無数の島々が点在し、
それぞれの島ごとに多様な文化・社会を築いて人々が暮らしている。
夢幻諸島と呼ばれるその島々は、時間勾配の歪みというこの惑星の特性上、俯瞰的・全体的な地図は作成不能で、
また、島々の名称に関する混乱もあって、研究者にすらその全貌は分からない。
そんな島々の幾つかをアルファベット順に紹介するガイドブックという体裁の本書だが、
中には手記やら書簡などが混じり、いくつかの事件が複数の視点から暗示されたりと、それぞれの島が幻惑的に語られる。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★ |
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ第一期完結となる本書は、技巧をつくした語り/騙りで
読者を罠にはめるプリーストの連作短編集。
といっても、個々の断章は短編と呼ぶにはそれぞれが完結していないし、全体で一つの長篇小説か、というとそうでもない。
そして、ガイドブックの序文で「本書に書かれている事柄はどれひとつをとっても厳密には事実に基づいていない」と記され、
読み進むうちに序文を寄稿した当の作家の死にまつわるエピソードが収められているなど、
読者を惑わせる仕掛けが張り巡らされている。
とはいえ、緩やかに繋がったり微妙に矛盾したりするエピソード群が点在するものの、
それらは筋道だった「物語」にはならず、語られる夢幻諸島そのもののごとく混沌としている。 |
題 |
チャイルド・オブ・ゴッド (原題: Child of God) |
著 | 著: コーマック・マッカーシー (Cormac McCarthy) / 訳: 黒原敏行 |
版 | 早川書房 2013年(原典1973), 2000円, ISBN978-4-15-209381-3 |
帯 | お前らみんな地獄に堕ちやがれ |
話 |
アメリカ中南部の貧しい山村で独り暮らす青年レスターは、粗野で人嫌いの性格もあって、
周囲の社会から孤立していた。ある事情で自宅を失った彼は、廃墟から山の洞窟へと住処を移しながら、
絶望的な孤独の度合いを深めていく。
あるとき、山中でカップルの死体を見つけたことをきっかけに、レスターは陰惨で救いようのない行為に身を染めていく。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★★ |
アメリカ文学の巨匠の初期長篇の一作。ひたすらに荒涼とか凄惨という言葉でしか形容できない物語で、
他の誰が書いてもホラーにしかならないだろう。
実際、本書も相当なホラーテイストなのだが、この作者の筆にかかると、それだけでない詩情や哲学性を帯びる。
なかば自ら疎外と孤独を選択した主人公の、それでも他者とつながる欲求を捨てきれず道を踏み外していく遍歴は、
なぜか読者の精神を突き刺してくるのだ。
この主人公が偶然にでもこの環境で家族を得てしまうと、ジャック・ケッチャムの『オフ・シーズン』につながりそうだ。 |
イカした言葉
煙出しの穴から見える冷たい星の大集団を眺めてあれらの星は何でできているのか、
自分は何でできているのかと考えた。(p164) |
題 |
クラーケン(上/下) (原題: KRAKEN) |
著 |
著: チャイナ・ミエヴィル (China Miéville)
/ 訳: 日暮雅通 |
版 |
ハヤカワ文庫SF 2013年(原典2010), 各880円, ISBN978-4-15-011910-2/978-4-15-011911-9 |
帯 | 全長8メートルの巨大ダイオウイカの標本が忽然と消えた!? |
話 |
ロンドン自然史博物館の学芸員ビリー・ハロウは、見学客のガイド中に、
展示品の目玉であるダイオウイカの標本が巨大な水槽ごと消失していることに気づき驚愕する。
この事件を契機に、ビリーは、ロンドンの裏側に秘かに広がる魔術が当たり前のように機能する世界に引きずり込まれる。
ダイオウイカ教会をはじめとする様々なカルト、ロンドンの街そのものを読み占う集団、
古代エジプトで作られた泥人形に宿る精神が結成した使い魔たちの労働組合、
ある男の背中に彫られた刺青の顔を首領とする奇怪な改造人間たちのギャング、
数百年の時を超えて生きる桁外れの暴力をふるう殺人者など、様々な魔術を操る裏ロンドンの住民たちがビリーの前に現れる。
彼らが一様に語るのは、間近に迫りながらも正体の見えない世界の終末と、
重要な役割を持つらしい消えたダイオウイカに対するビリーの影響力。
当然そんな自覚などないビリーだが、諸勢力のいくつかに追われ、またいくとかと協力し、
ダイオウイカの行方と終末の謎を求めてロンドンの異界を駆け回る。 |
評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★ |
空前のダイオウイカブームのなか出版された本書だが、書かれた時期から言ってもブームの先取りだ。
でも、作中のダイオウイカは生物学的な標本であるより、魔術のアイコンなので関係ないといえばそうだが。
現代社会になじむ、でも、さりげなくなどない高輝度な魔術の設定・描写が、この著者ならではの度肝を抜くトガり具合。
一作ごとに全く異なる、典型的という言葉と無縁な突拍子もない世界を作り上げる著者のイマジネーションに改めて感嘆。 |
イカした言葉
「じゃあ、おたくの黙示(アポカリプス)はどうよ?」(p231) |
題 | ズー・シティ (原題: Zoo City) |
著 | 著: ローレン・ビュークス (Lauren Beukes) / 訳: 和爾桃子 |
版 | ハヤカワ文庫SF 2013年(原典2010), 860円, ISBN978-4-15-011906-5 |
帯 | 南ア発ハードボイルドSFミステリ |
話 |
南アフリカ・ヨハネスブルグの最底辺ズー・シティ。重犯罪者は魔術的なシステムによって、
一匹の動物と超常的な能力を結合させられるこの世界の、彼ら動物連れたちの吹き溜まりの街。
かつて、兄を殺して服役していたジンジは、ナマケモノを連れてズー・シティに流れてきた。
遺失物発見能力を活かした探し屋や、詐欺師のパートナーとして日々の糧を得ていた彼女は、
ある日、音楽界の大物から、失踪したポップスターの捜索を依頼される。
多額の報酬にこれを受けたジンジは、ヨハネスブルグに潜む得体のしれない闇を目の当たりにし呑み込まれていく。 |
評 |
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★ |
どうもモヤモヤするなぁ。「動物連れ」とは結局何であるか、とか、ジンジの犯した罪とか、
本書で語られる事件の真相・動機が、はっきりしない。自分の読解力を疑いつつ、なんとなく釈然としない読書体験。
あと、翻訳も微妙。ビデオゲームのタイトル「大盗賊オート」って、多分「グランド・セフト・オート」だし、
ポップスターのブレイクのきっかけとなった番組を「スタ誕」って、いくらなんでも。
面白いのは、この話の舞台は、本書の発行と同時期の2010年前後なのだが、作中で語られる架空の(架空だよね?)事件や映画が
現実にあったものと並んで2008年とかそういう近過去に置かれているのは珍しい気がする。 |
イカした言葉
「祖霊たちはテクノロジーにもっとすんなりなじんでます。人間の頭ほどこだわりがありませんからねえ」(p243) |
題 |
すばらしい新世界 (原題: Brave New World) |
著 | 著: オルダス・ハクスリー (Aldous Huxley) / 訳: 黒原敏行 |
版 | 光文社古典新訳文庫 2013年(原典1932), 1048円, ISBN978-4-334-75272-9 |
帯 | 冲方丁さん驚愕! “これはもはや架空の物語ではない。” |
話 |
26世紀。H・フォードが自動車の大量生産を開始した年を紀元とするこの時代、
人間は定められた規格に基づき工場生産され、役割・階級を固定化されている。
それゆえに極めて安定的で、また、生産時の強力な条件付により誰もが不満を持たない社会で、
統計的誤差として生まれたバーナードは、ひとり社会に違和感を感じている。
そんな彼が、いまだ家族や宗教を基盤とする野蛮人居留地を訪れたとき、もとは文明世界にルーツを持つ青年ジョンに出会う。
属する社会の中で孤立するジョンをバーナードは連れ帰る。
一様な価値観に刺激的な一石を投じる野蛮人の登場ににわかに騒然となる文明世界だが、
注目され舞い上がるバーナードとジョンを思わぬ運命が待ち受けていた。 |
評 |
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★ |
『一九八四年』と並び称せられるディストピア小説だが、
『一九八四年』と比べるとそんなに悪い社会ではない。
人間を工場生産するという、現代の倫理には相容れない部分を除くと、
ここで語られる世界は良かれ悪かれ我々の社会が目指す先であり、その何割かはすでに実現されているからだ。
特定の人物、家系、階級が特権を独占しているわけでもなく、安定を第一原理とする社会に合わせた規格化・条件付の結果とはいえ、
全ての人に居場所があり、置かれた境遇に満足している、というのはある意味素晴らしいことかもしれない。
なにより、今から80年前の小説ながら、その先見性・思索性の高さだけでなく、今読んでも抜群に面白い、ということに驚く。 |
イカした言葉
「いいかねきみ、文明には高貴なことも英雄的なことも全然必要ないんだ。
そんなものが現れるのは政治が機能していない証拠だ。」(p341) |