| 題 | 生ける屍 (原題: Walking Dead) |
著 | 著: ピーター・ディキンスン (Peter Dickinson) / 訳: 神鳥統夫 |
| 版 | ちくま文庫 2013年(原典1977), 1000円, ISBN978-4-480-43037-3 |
帯 | ああ、こんなセリフを言ってみたいものだ!! 佐野史郎さん推薦! |
| 話 |
有能な実験薬理学者フォックスは、勤務する医薬品会社の上司に命じられカリブ海の小国に出張する。
ヴードゥーを思わせる魔術が広く信じられていて、人々の信仰と強力な秘密警察を基盤とした絶大な権力を持つ独裁者が
支配するその国に置かれた研究所で実験を行うフォックスは、たまたま訪れた独裁者に気に入られてしまう。
身の危険を感じ出国しようとしたが、ある事件に巻き込まれ参考人として拘束された彼は、
独裁者に、監獄に収監された政治犯達を使った生体実験を強制される。
やむなく従うフォックスだが、監獄という閉鎖的・極限的環境は次第に魔術的な様相に転じていく。
そして、合理性を揺るがされたフォックスの行動は、この小国を根底から揺るがす事件につながっていく。 |
| 評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★ |
| サンリオSFの一冊が復刊、ということで購入したところ、
「ビブリア古書堂」銘柄だったと知ってちょっとガックリ。
とはいえ、それでこんな渋い作品が再度世に出るというなら、むしろ喜ばしいことか。
さて、タイトルの「生きる屍」とは、定められた計画の実行には有能だが、
独創と自主性に欠ける自分を揶揄する主人公の言葉で、その空虚さゆえに彼は、ある神格の憑代になってしまう。
それも含めて、この物語の中の魔法は、壁のシミに人の顔が浮かび上がることがあるのと変わらないとも言えるし、
それを見出す人の精神を強力に規制する現実の力でもある。決してSFではないのだが、舞台や魔術のあり方が、
グレッグ・ベアの『女王天使』にも通じる。 |
| イカした言葉
「あたしの利口なほうの息子は、魂のことについてはばかだよ、
そして、あたしのばかな息子は、魂だけはりこうなのよ」(p241) |
| 題 |
もうひとつの街 (原題: DRUHÉ MĚSTO) |
著 | 著: ミハル・アイヴァス (Michal Ajvaz) / 訳: 内田昌之 |
| 版 | 河出書房新社 2013年(原典2005), 1900円, ISBN978-4-309-20614-1 |
帯 | この街からは戻れない。命知らずは読むと良い。―― 円城塔 |
| 話 |
プラハに住む〈私〉が古書店で手に取った菫色の装丁の本。
見たこともない解読不能の文字で書かれたその本に導かれ、
街のそこかしこの隙間から覗く、プラハに重なるもう一つの街に足を踏み入れる。
道路の地下に隠れた、魚を収めたガラスの彫像が立ち並ぶ礼拝堂。人々をどこかに連れ去る緑の大理石でできた路面電車。
図書館の書架の向こうに広がるジャングル。現実とは異なる遠近法に司られ、住人が奇妙な論争にふける、
もう一つの街に取りつかれた〈私〉は、その中心を探しながら、夜ごともう一つの街をさまよう。 |
| 評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★ |
| チェコを代表する幻想文学作家の日本初訳。といっても本書の一部は、
東欧ファンタスティカのアンソロジー『時間はだれも待ってくれない』
で紹介されている。現実世界に隣接する異界というのは定番ネタだが、シュールレアリスム絵画のごとき街や人の描写
(また、作中にはそのような絵画と現実世界との間の越境のモチーフもたびたび出てくる)の硬質さ、濃厚さは類を見ない。
超現実的なイメージの連なるリズムを味わおう。 |
| イカした言葉
「つまり、本当の出会いとは、怪物との出会いを指すんだ。」(p86) |
| 題 | 復活するはわれにあり |
著 | 著: 山田正紀 |
| 版 | 双葉社 2013年, 1700円, ISBN978-4-575-23818-1 |
帯 | 余命宣告された車椅子の実業家が、ハイジャッカーに立ち向かう! |
| 話 |
脊髄の腫瘍による全身の麻痺が次第に進行し、身体がほとんど動かなくなり、余命わずかと宣告されても、
あくどい剛腕で事業を拡大してきた「おれ」は、経営する会社があるプロジェクトで罠にはめられたことから訪れたベトナムで、
ジエイゾなる謎めいた人物に出会う。
グローバルな金融リスクの解消が目的という彼は、複雑な国益と企業利権が絡み合う南シナ海の大規模海上油田掘削施設に
対するテロを回避するため、おれにその油田に向かう客船に搭乗してほしいと依頼する。
申し出を受けたものの、客船は出航早々に、環境テロリストにジャックされる。
さらに、人質ごとテロリスト達を制圧しようとする正体不明の勢力の襲撃など、事態は混乱を極める。
身体の機能を急速に失いつつあるおれは、ジエイゾに渡された特殊な車椅子と、
それにより拡張された知覚を武器に立ち向かうのだが、誰が誰の差し金で動いているかも、
多重に入り組んでいるであろう謎の真相も定かでないまま、行きがかり上、テロリスト達に加担することになっていく... |
| 評 |
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★ |
| はっきり言って、ストーリーには意味がない。片腕すらまともに動かない主人公が、
正体不明の陰謀に巻き込まれ、激しい戦闘を生き抜くべくふてぶてしく立ち向かう、
という様式を純化するためにあえて脈絡を欠落させているかのようだ。
タイトルには冒険小説を書く自分を復活させるという宣言も含意させているということだが、
画家が円熟するにつれ描画の線が簡潔になるような、デビュー当初の熱い勢いとはまた違う味わい。 |
| イカした言葉
「寺山修二は負けてなんかいない。負けるふりをするのが得意なだけだ。
おれのような負け犬とは何の関係もない人だよ」(p96) |
| 題 | 言語都市 (原題: Embassy Town) |
著 |
著: チャイナ・ミエヴィル (China Miéville)
/ 訳: 内田昌之 |
| 版 | 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 2013年(原典2011), 2000円, ISBN978-4-15-335008-3 |
帯 | ローカス賞SF長篇部門受賞 |
| 話 |
超光速航法をもってしてもなお辺境の惑星アリエカ。奇跡のようなバイオテクノロジーを駆使する
原住種族アリエカ人は、二つの口で同時に発話し、また、単語と事物が直接対応するため、
比喩や代名詞や嘘という概念がない特殊な言語「ゲンゴ」を使う。
人類は彼らのゲンゴを翻訳して理解することはできるのに対し、ゲンゴの特異性故か、
アリエカ人はゲンゴに単純に翻訳された人類の言葉はノイズにしか聞こえず認識できない。
そこで、アリエカにある人類の居留地であるエンバシー・タウンでは、
精神を機械的にリンクさせた「大使」と呼ばれる双子を養成し、彼らにゲンゴを話させることで
アリエカ人とのコミュニケーションを成立させている。
ところが、あるとき、人類文明の中枢から一組の異色の大使が派遣されてきたことから、
アリエカ人の文明を崩壊させる、そして、アリエカ人のテクノロジーに環境維持を依存している
エンバシー・タウンが壊滅する一大事が引き起こる。 |
| 評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★ |
| 言語というのは、それを使う人の世界認識の仕方そのものである、ということで
これを題材にとった本書は、同じく言語をテーマとした『バベル17』などと同様、
エンターテインメントながらコムズカしいタイプのSFで、読者を選ぶ。
特に、物語が動き始める前の、星間に広がった遠未来の人類文明や、
アリエカ人のゲンゴの特殊性を描写する前半部は結構難解で、とっつきづらい。
でも、アリエカ文明が一大変革を遂げる/遂げようとする後半部のダイナミックな
展開はそのとっつきづらさを超えて読み進めるだけの価値はある。
ゴリゴリの社会主義活動家でもある著者であることを考えると、
世界認識を特殊な形で制約するゲンゴとその革命的解体という物語からは、
ある種の社会的メッセージも読み取れたりする。 |
| イカした言葉
「わたしは夜の中で光り輝く、だからわたしは月に似ている。わたしは月なの」(p435) |
| 題 | 墓頭 ボズ |
著 | 著: 真藤順丈 |
| 版 | 角川書店 2012年, 1900円, ISBN978-4-04-874113-2 |
帯 | 頭に死体が埋まった、史上最強の“聖なるモンスター”、ここに誕生。 |
| 話 |
スマトラ大地震と津波で壊滅した島で隠者のように暮らす日本人が語る、ある男の波乱の人生。
後に墓頭(ボズ)と呼ばれるその男は、一卵性双生児の兄弟の死体が詰まった巨大なコブで醜く歪んだ容貌と、
関わる人々が次々と非業の死を遂げる呪われた運命に取りつかれていた。
肉親からも見放されていた彼を受け入れたのは、特別な理想を掲げた学園で、
ボズや他の生徒たちの異能を伸ばす教育が行われるのだが、そこを運営する教育家は実は、
アジアを股にかける過激な革命の扇動者だった。
そして、中国での異様な修学旅行で起こった事件で学園は消滅し、ボズたちも散り散りになり、
それぞれが過酷な運命に翻弄されることになる。やがて、ボズはアジアの血生臭い現代史の裏面のそこここで目撃され、
生きる伝説となって秘かに語られる。 |
| 評 |
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★ |
| 無数の人命が無意味に失われたアジア現代史の裏面を、生まれながらにして死を内包した男と、
彼にかかわる異形の人物たちとの抜き差しならない関係を軸として描く。
グロテスクな、しかし過剰なまでの熱さで神話として語られる物語は、いくつもの血まみれの惨劇を経て、一つの救済へと至る。
フラットになった世の中に汚物をぶちまけるような圧倒的な狂気(または聖性)でドライブする物語だが、
多分、世界の真実の姿はこれに近いのだろう。 |
| イカした言葉
「他者の記憶ってのはありとあらゆる恐怖の淵源です」(p201) |
| 題 |
永遠の夜(上/下) (原題: The The Night Eternal) |
著 |
著: ギレルモ・デル・トロ & チャック・ホーガン (Guillermo Del Toro & Chuck Hogan) / 訳: 嶋田洋一 |
| 版 | 早川書房 2012年(原典2011), 各800円, ISBN978-4-15-014269-2/978-4-15-041270-8 |
帯 | 「吸血鬼ホラー小説の歴史に残るであろう、スケールの大きなスペクタクル巨篇」堺三保 |
| 話 |
『ザ・ストレイン』(『沈黙のエクリプス』に改題)、
『暗黒のメルトダウン』に続くシリーズ完結編。
吸血鬼禍を蔓延させるとともに、敵対する長老たちを滅ぼした吸血鬼の王・マスターが
世界中の原発をメルトダウンさせてから2年。
地球全土の空を覆う膨大な灰に太陽は遮られ、マスターの血族の吸血鬼たちが文明を蹂躙し、
その支配のもとで人間は彼らの食糧として管理されている。
マスターがアメリカに移動してきた当初から、その脅威に気付き戦ってきた元CDCの医師イーフレイムたちは、
隠れて抵抗活動を続けているが、食糧調達さえ困難で、勝ち目など一向に見えない。
間一髪入手した切り札、旧約聖書の時代から歴史の闇に隠れてきたマスターら吸血鬼の秘密を記した古文書
「オーキッド・ルーメン」は、イーフレイムらの指導者であったセトラキアンが倒れた今、解読は困難だが、
それでも残された幾つかのサインを手がかりに記された謎に近づいていく。
そして、残された唯一の脅威である「ルーメン」を奪おうとするマスターの魔の手が迫る。 |
| 評 |
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★ |
| この手の物語のツボと盛り上げ方を誰よりも心得ている、ギレルモ・デル・トロ監督の真骨頂。
吸血鬼を描くのに、バイオホラーの要素も織り込みつつも、凡百のそれにとどまることなく、
オカルトを主軸とするグロテスクも壮麗なヴィジュアルなイメージで読むものを圧倒する。
吸血鬼ホラーのジャンルを代表する大作になったが、
原発メルトダウンによる闇の始まりと、核の炎による浄化というモチーフは、
フィクションであっても受け入れられないという人にまでは勧めない。 |
| イカした言葉
通貨とはそもそも人間の血でできているものだ。 (下p33) |