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小説評論もどき 2013上半期 (14編)


私の読書記録です。2013年1月-6月分で、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

June, 2013
生ける屍 (原題: Walking Dead) 著: ピーター・ディキンスン (Peter Dickinson) / 訳: 神鳥統夫
ちくま文庫 2013年(原典1977), 1000円, ISBN978-4-480-43037-3 ああ、こんなセリフを言ってみたいものだ!! 佐野史郎さん推薦!
有能な実験薬理学者フォックスは、勤務する医薬品会社の上司に命じられカリブ海の小国に出張する。 ヴードゥーを思わせる魔術が広く信じられていて、人々の信仰と強力な秘密警察を基盤とした絶大な権力を持つ独裁者が 支配するその国に置かれた研究所で実験を行うフォックスは、たまたま訪れた独裁者に気に入られてしまう。 身の危険を感じ出国しようとしたが、ある事件に巻き込まれ参考人として拘束された彼は、 独裁者に、監獄に収監された政治犯達を使った生体実験を強制される。 やむなく従うフォックスだが、監獄という閉鎖的・極限的環境は次第に魔術的な様相に転じていく。 そして、合理性を揺るがされたフォックスの行動は、この小国を根底から揺るがす事件につながっていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★
サンリオSFの一冊が復刊、ということで購入したところ、 「ビブリア古書堂」銘柄だったと知ってちょっとガックリ。 とはいえ、それでこんな渋い作品が再度世に出るというなら、むしろ喜ばしいことか。 さて、タイトルの「生きる屍」とは、定められた計画の実行には有能だが、 独創と自主性に欠ける自分を揶揄する主人公の言葉で、その空虚さゆえに彼は、ある神格の憑代になってしまう。 それも含めて、この物語の中の魔法は、壁のシミに人の顔が浮かび上がることがあるのと変わらないとも言えるし、 それを見出す人の精神を強力に規制する現実の力でもある。決してSFではないのだが、舞台や魔術のあり方が、 グレッグ・ベアの『女王天使』にも通じる。
イカした言葉 「あたしの利口なほうの息子は、魂のことについてはばかだよ、 そして、あたしのばかな息子は、魂だけはりこうなのよ」(p241)
ダンウィッチの末裔 著: 菊池秀行, 牧野修, くしまちみなと
創土社 2013年, 1700円, ISBN978-4-7988-3005-6 「ダンウイッチの怪」を菊池秀行、牧野修、くしまちみなとが競う豪華絢爛クトゥールー・オマージュ・アンソロジー
クトゥールー神話の代表作の一つ、 「ダンウィッチの怪」を題材としたアンソロジー。 菊池秀行「軍針」は、最初の事件後も怪異が続くダンウィッチで、米軍が東洋の秘技を以て魔に対峙する、 「退魔針」シリーズに連なる作品。 牧野修「灰頭年代記」は、舞台を日本に移し替え、作者一流の厭ホラーから伝奇アクションにスライドする一作。 くしまちみなと「ウィップアーウィルの啼き声」は、名前も忘れられたダンウィッチの廃墟を 取材するテレビクルーを率いる「あなた」が出会う怪異を描くゲームブック。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
マイナー出版社の割に、と言っては失礼だが、 充実したラインナップが続く創土社のクトゥールー神話シリーズ。 「ウィップアーウィルの啼き声」のゲームブック形式というのが面白い。 読み進める選択によって、幽霊にとり殺されたり、邪神が復活して人類が滅びたり、 またはその復活を阻止したり、の並行する展開の表裏一体な感じが、題材に合っている。 巻末に「ダンウィッチの怪」が冒頭3ページだけ紹介されているのはなぜ?
もうひとつの街 (原題: DRUHÉ MĚSTO) 著: ミハル・アイヴァス (Michal Ajvaz) / 訳: 内田昌之
河出書房新社 2013年(原典2005), 1900円, ISBN978-4-309-20614-1 この街からは戻れない。命知らずは読むと良い。―― 円城塔
プラハに住む〈私〉が古書店で手に取った菫色の装丁の本。 見たこともない解読不能の文字で書かれたその本に導かれ、 街のそこかしこの隙間から覗く、プラハに重なるもう一つの街に足を踏み入れる。 道路の地下に隠れた、魚を収めたガラスの彫像が立ち並ぶ礼拝堂。人々をどこかに連れ去る緑の大理石でできた路面電車。 図書館の書架の向こうに広がるジャングル。現実とは異なる遠近法に司られ、住人が奇妙な論争にふける、 もう一つの街に取りつかれた〈私〉は、その中心を探しながら、夜ごともう一つの街をさまよう。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★
チェコを代表する幻想文学作家の日本初訳。といっても本書の一部は、 東欧ファンタスティカのアンソロジー『時間はだれも待ってくれない』 で紹介されている。現実世界に隣接する異界というのは定番ネタだが、シュールレアリスム絵画のごとき街や人の描写 (また、作中にはそのような絵画と現実世界との間の越境のモチーフもたびたび出てくる)の硬質さ、濃厚さは類を見ない。 超現実的なイメージの連なるリズムを味わおう。
イカした言葉 「つまり、本当の出会いとは、怪物との出会いを指すんだ。」(p86)
機龍警察 自爆条項(上/下) 著: 月村了衛
ハヤカワ文庫JA 2012年, 700円/680円, ISBN978-4-15-031075-2/978-4-15-031076-9
『機龍警察』シリーズ第2作。 摘発時に被疑者が銃を乱射、捜査関係者と港湾関係者が多数死傷する惨事となった密輸事件の現場で2体の機甲兵装が発見された。 自殺した犯人の身元、犯行グループの正体などを示す手がかりはないが、 同様の手口で既に実行された密輸事案も発覚し、多数の機甲兵装を使った大規模テロが想定される。 これに気付いた警視庁特捜部の捜査は、開始早々なぜか政府筋の横やりで中断を余儀なくされるが、 沖津部長の辣腕で半ば公然と再開され、極秘来日する英国要人をターゲットとするIRFのテロ計画が浮かび上がる。 北アイルランド独立を掲げるIRAの分派が離合集散した末生まれた最悪のテロ組織IRFは、 特捜部配備の龍機兵の搭乗要員ライザ・ガードナーの出身でもあった。 時を同じくして、IRFの主要メンバー〈詩人〉キリアン・クインがガードナーの前に現れ、 特捜部が察知したテロと、組織の裏切り者である彼女の処刑を宣告して再び姿を消す。 かつて、ライザを見出しIRFに引き入れ最凶の処刑人〈死神〉に育て上げた〈詩人〉の大胆な宣戦布告に色めき立つ特捜部だが、 天才的テロリストの計画を捉えることのできないまま、英国要人の来日スケジュールが迫る。 そして、ライザは、北アイルランドの歴史に翻弄されるようにIRFに身を投じ、 ある事件をきっかけに永劫の罪を抱えIRFから離反するにいたる壮絶な半生を思い起こす。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
とんでもなく面白い。今、人から何か面白い本は、と聞かれたら、このシリーズで即答。 機龍兵の戦闘シーンのズバ抜けたカッコよさもそうだが、国際的謀略を背景とした悪霊が跋扈するような事件に、 地道な熱意と正義感で立ち向かう捜査員たちの姿、二人の天才的策略家の緊迫感あふれる頭脳戦にシビれるね。 北アイルランドなどの怨恨と憎悪が積み重なる歴史の過酷さは、比較的平和に過ごしてきた日本人には心底の実感はなく、 テロリストがテロリストになったことを非難するのは平和ボケかもしれないが、でも、やっぱりコッチの方がいいや。 ここまで文庫で読んできたので、第3作『暗黒市場』も文庫化待ち。待ち遠しい。
イカした言葉  歴史とは時間経過の別の呼称であり、同時に死体の山の高さを示す単位だ。(下p234)
May, 2013
怪獣文藝 編: 東雅夫
メディアファクトリー 2013年, 1900円, ISBN978-4-8401-5144-3 あの興奮と恐怖が一冊に!
「怪獣」をモチーフとする文藝アンソロジー。絵物語2編+小説7編+対談2編+ルポルタージュ1編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
昔の子ども雑誌の怪獣グラビアか怪獣図鑑を模した装丁で、 特撮ファンをターゲットにした企画モノと思いきや、相当にコアなホラー作品が並ぶ。 そういう意味ではマニア向けはマニア向けなのだが。 居並ぶ作者たちも、菊池秀行、夢枕獏、 山田正紀牧野修などの小説家や、 怪奇文芸趣味で知られる俳優の佐野史郎、『ガメラ』監督の樋口真嗣といった、そうそうたるメンバー。 日本では、怪獣は駆除される対象ではなく、鎮め、祓われる神の系譜であることをあらためて確認。
復活するはわれにあり 著: 山田正紀
双葉社 2013年, 1700円, ISBN978-4-575-23818-1 余命宣告された車椅子の実業家が、ハイジャッカーに立ち向かう!
脊髄の腫瘍による全身の麻痺が次第に進行し、身体がほとんど動かなくなり、余命わずかと宣告されても、 あくどい剛腕で事業を拡大してきた「おれ」は、経営する会社があるプロジェクトで罠にはめられたことから訪れたベトナムで、 ジエイゾなる謎めいた人物に出会う。 グローバルな金融リスクの解消が目的という彼は、複雑な国益と企業利権が絡み合う南シナ海の大規模海上油田掘削施設に 対するテロを回避するため、おれにその油田に向かう客船に搭乗してほしいと依頼する。 申し出を受けたものの、客船は出航早々に、環境テロリストにジャックされる。 さらに、人質ごとテロリスト達を制圧しようとする正体不明の勢力の襲撃など、事態は混乱を極める。 身体の機能を急速に失いつつあるおれは、ジエイゾに渡された特殊な車椅子と、 それにより拡張された知覚を武器に立ち向かうのだが、誰が誰の差し金で動いているかも、 多重に入り組んでいるであろう謎の真相も定かでないまま、行きがかり上、テロリスト達に加担することになっていく...
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★
はっきり言って、ストーリーには意味がない。片腕すらまともに動かない主人公が、 正体不明の陰謀に巻き込まれ、激しい戦闘を生き抜くべくふてぶてしく立ち向かう、 という様式を純化するためにあえて脈絡を欠落させているかのようだ。 タイトルには冒険小説を書く自分を復活させるという宣言も含意させているということだが、 画家が円熟するにつれ描画の線が簡潔になるような、デビュー当初の熱い勢いとはまた違う味わい。
イカした言葉 「寺山修二は負けてなんかいない。負けるふりをするのが得意なだけだ。 おれのような負け犬とは何の関係もない人だよ」(p96)
SF JACK 編: 日本SF作家クラブ
角川書店 2013年, 1800円, ISBN978-4-04-110398-2 変わらない毎日からトリップしよう 奇跡のオール書き下ろし
日本SF作家クラブ50周年記念アンソロジー。 現代日本SFを代表する作家たち(若干ベテラン率高し)の書き下ろし12編。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
今年は、日本SF作家クラブ結成50周年ということで、アンソロジーなど諸々動いていて、その一冊。 収録作品はいずれもレベルの高い力作ぞろいなのだが、アンソロジーは編者の意志が見えないと画竜点睛を欠く。 巻頭に編者が企画の意図を宣言する文章もなく、また、そもそも編者が誰だかわからないというのは、やはりダメ。 もったいないなぁ。
April, 2013
言語都市 (原題: Embassy Town) 著: チャイナ・ミエヴィル (China Miéville) / 訳: 内田昌之
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 2013年(原典2011), 2000円, ISBN978-4-15-335008-3 ローカス賞SF長篇部門受賞
超光速航法をもってしてもなお辺境の惑星アリエカ。奇跡のようなバイオテクノロジーを駆使する 原住種族アリエカ人は、二つの口で同時に発話し、また、単語と事物が直接対応するため、 比喩や代名詞や嘘という概念がない特殊な言語「ゲンゴ」を使う。 人類は彼らのゲンゴを翻訳して理解することはできるのに対し、ゲンゴの特異性故か、 アリエカ人はゲンゴに単純に翻訳された人類の言葉はノイズにしか聞こえず認識できない。 そこで、アリエカにある人類の居留地であるエンバシー・タウンでは、 精神を機械的にリンクさせた「大使」と呼ばれる双子を養成し、彼らにゲンゴを話させることで アリエカ人とのコミュニケーションを成立させている。 ところが、あるとき、人類文明の中枢から一組の異色の大使が派遣されてきたことから、 アリエカ人の文明を崩壊させる、そして、アリエカ人のテクノロジーに環境維持を依存している エンバシー・タウンが壊滅する一大事が引き起こる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
言語というのは、それを使う人の世界認識の仕方そのものである、ということで これを題材にとった本書は、同じく言語をテーマとした『バベル17』などと同様、 エンターテインメントながらコムズカしいタイプのSFで、読者を選ぶ。 特に、物語が動き始める前の、星間に広がった遠未来の人類文明や、 アリエカ人のゲンゴの特殊性を描写する前半部は結構難解で、とっつきづらい。 でも、アリエカ文明が一大変革を遂げる/遂げようとする後半部のダイナミックな 展開はそのとっつきづらさを超えて読み進めるだけの価値はある。 ゴリゴリの社会主義活動家でもある著者であることを考えると、 世界認識を特殊な形で制約するゲンゴとその革命的解体という物語からは、 ある種の社会的メッセージも読み取れたりする。
イカした言葉 「わたしは夜の中で光り輝く、だからわたしは月に似ている。わたしは月なの」(p435)
March, 2013
邪神帝国 著: 朝松健
創土社 2012年, 1050円, ISBN978-4-7988-3003-2 ナチス×クトゥールー神話
第二次世界大戦当時のナチスに関わる、もともと非現実的な史実について、 クトゥールー神話の世界を注入することで さらに魔術的な様相に語りなおす連作7編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
ナチスは実際にオカルトや魔術を志向していたので、クトゥールー神話との親和性は極めて高い。 そして、それをオカルトホラーの第一人者の朝松健が書くのだから、間違いない。 これは翻訳して世界中のクトゥールーのマニアに読ませるべきだよね。
墓頭 ボズ 著: 真藤順丈
角川書店 2012年, 1900円, ISBN978-4-04-874113-2 頭に死体が埋まった、史上最強の“聖なるモンスター”、ここに誕生。
スマトラ大地震と津波で壊滅した島で隠者のように暮らす日本人が語る、ある男の波乱の人生。 後に墓頭(ボズ)と呼ばれるその男は、一卵性双生児の兄弟の死体が詰まった巨大なコブで醜く歪んだ容貌と、 関わる人々が次々と非業の死を遂げる呪われた運命に取りつかれていた。 肉親からも見放されていた彼を受け入れたのは、特別な理想を掲げた学園で、 ボズや他の生徒たちの異能を伸ばす教育が行われるのだが、そこを運営する教育家は実は、 アジアを股にかける過激な革命の扇動者だった。 そして、中国での異様な修学旅行で起こった事件で学園は消滅し、ボズたちも散り散りになり、 それぞれが過酷な運命に翻弄されることになる。やがて、ボズはアジアの血生臭い現代史の裏面のそこここで目撃され、 生きる伝説となって秘かに語られる。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★
無数の人命が無意味に失われたアジア現代史の裏面を、生まれながらにして死を内包した男と、 彼にかかわる異形の人物たちとの抜き差しならない関係を軸として描く。 グロテスクな、しかし過剰なまでの熱さで神話として語られる物語は、いくつもの血まみれの惨劇を経て、一つの救済へと至る。 フラットになった世の中に汚物をぶちまけるような圧倒的な狂気(または聖性)でドライブする物語だが、 多分、世界の真実の姿はこれに近いのだろう。
イカした言葉 「他者の記憶ってのはありとあらゆる恐怖の淵源です」(p201)
February, 2013
天冥の標Ⅵ 宿怨 (PART 1/2/3) 著: 小川一水
ハヤカワ文庫 2012年,720円/760円/880円, ISBN978-4-15-031067-7/15-031080-6/15-031094-3
21世紀初頭のパンデミック以来、危険な致死率と感染力で人類社会の脅威でありつづける疾病「冥王斑」。 回復後も感染源であり続ける患者およびその子孫からなるコミュニティ《救世群》は500年にわたる疎外と迫害、 それに伴う困窮・流転の歴史の中で、外部への怨念を自分たちの立脚点として、教義化、体系化していた。 太陽系を実質的に統治するロイズ保険社団の子会社で、あらゆる社会・政治インフラを自動機械として供給する ロイズの執行機関MHD社は《救世群》先鋭化の兆候に気付き彼らを解体しようと画策する。 そして、太陽系を密かに訪れた第3の異星人ミスン族が接触したのが《救世群》であったことから歴史が大きく動き始める。 彼らの超技術を得た《救世群》はついに人類社会に対して宣戦布告する。 しかしミスチフ(だったもの)に乗っ取られ、やはり人知を超えたテクノロジーを隠しているロイズとの戦いは、 次第にエスカレートし、太陽系の文明社会全体を巻き込む災厄を引き起こす。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★★
希望はあるのだ。あるのだが、それは叶わず、底知れない絶望がすべてを呑み込んでいく。 《救世群》も他の陣営も、元来持っている純粋な思いが、知らないうちに歪められていき、誰も望まない最悪の結果へ至る。 第1巻と呼応する物語が展開するこの巻では、怪物としての「救世群」の始まりが描かれる。 そして、ついに第1巻の世界が垣間見えてきた。 読者の立場では刊行ペースに追い付いてしまったので、これからは、新刊を待ちわびることになってしまった。
イカした言葉 「われわれは動き、生き延びた。ここにいる理由のひとつがそれで、同じ理由により百年後には別の場所にいるだろう。」 (PART1 p303)
機龍警察 著: 月村了衛
ハヤカワ文庫JA 2010年, 720円, ISBN978-4-15-030993-0
世界中の戦場を変えた人型有人兵器・機甲兵装。犯罪やテロに流用されるようになったそれは、 日本にも密輸され幾つかの悲惨な事件を引き起こし、警察法などの改正を経てこれに対応する警視庁特捜部が創設された。 元外務省官僚の沖津部長が率い、特殊な権限が与えられた特捜部は、既存の機甲兵装とは次元の異なるスペックの3体の 「龍機兵」が配備され、しかも、その搭乗要員は、それぞれ高額の報酬で契約された、凄腕の日本人傭兵、 ある事件で故国を追われた元ロシア民警刑事、死神と呼ばれたアイルランド人元テロリスト(その経歴は極秘)という 従来の警察では考えられない異質な部署で、他の警察部門の強烈な侮蔑・反感・憎悪にさらされている。 そんな折、数体の機甲兵装が立てこもり事件を起こす。当初、単なる外国人犯罪者の偶発的犯行と思われていたが、 多数の民間人が殺傷され、突入した警察部隊が全滅し、かろうじて射殺した犯人の一人が、 龍機兵パイロットの姿警部と同じ戦場を戦ったことのある傭兵であったことが判明するにいたり、 周到に計画されたテロ事件であると断定される。 他部署との確執の中、特捜部も独自の捜査を進めるうちに、正体も定かでない巨大な敵の影と、 警察組織内部の底知れない闇の気配、そして、次のテロ事件の計画が見えてくる。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
やたら評判の良いシリーズに遅ればせながら参戦。人が搭乗し操縦する警察のロボット、といえば 「パトレイバー」だが、その衣鉢を継いだうえで相当ハードな警察小説になっている。 加えて、龍機兵3体の造形と起動場面、戦闘場面のカッコよさにシビれるわけで、 舞台をアメリカに変えてハリウッド資本でもよいので、ぜひとも実写映画化してもらいたい (注意しないととんでもなくつまらない作品になりそうだが)。 龍機兵とはそもそも何なのか、とか、沖津部長の過去など残された謎は多いので、続編を愉しみにしよう。
イカした言葉 「使いたければ使っていい。おまえには撃つ資格があり、私には撃たれる理由がある」(p157)
January, 2013
NOVA9 責任編集: 大森望
河出文庫 2013年, 950円, ISBN978-4-309-41190-3
日本SF短編書き下ろしアンソロジーの第9巻
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
日本SF第1世代の眉村卓が参加し、デビュー時期が半世紀にわたる新旧の作家たちの競作。 夕張のゆるキャラ(というには獰猛なルックスだが)のメロン熊をフィーチャーした、 木本雅彦「メロンを掘る熊は宇宙で生きろ」が意外と本格SFだった。 ただ、全体的にSFというよりは一般文芸誌に掲載されていそうな作品が多く、 トガッたものもあまりなくて、ちょっとパワーに欠ける感じ。
永遠の夜(上/下) (原題: The The Night Eternal) 著: ギレルモ・デル・トロ & チャック・ホーガン (Guillermo Del Toro & Chuck Hogan) / 訳: 嶋田洋一
早川書房 2012年(原典2011), 各800円, ISBN978-4-15-014269-2/978-4-15-041270-8 「吸血鬼ホラー小説の歴史に残るであろう、スケールの大きなスペクタクル巨篇」堺三保
『ザ・ストレイン』(『沈黙のエクリプス』に改題)、 『暗黒のメルトダウン』に続くシリーズ完結編。 吸血鬼禍を蔓延させるとともに、敵対する長老たちを滅ぼした吸血鬼の王・マスターが 世界中の原発をメルトダウンさせてから2年。 地球全土の空を覆う膨大な灰に太陽は遮られ、マスターの血族の吸血鬼たちが文明を蹂躙し、 その支配のもとで人間は彼らの食糧として管理されている。 マスターがアメリカに移動してきた当初から、その脅威に気付き戦ってきた元CDCの医師イーフレイムたちは、 隠れて抵抗活動を続けているが、食糧調達さえ困難で、勝ち目など一向に見えない。 間一髪入手した切り札、旧約聖書の時代から歴史の闇に隠れてきたマスターら吸血鬼の秘密を記した古文書 「オーキッド・ルーメン」は、イーフレイムらの指導者であったセトラキアンが倒れた今、解読は困難だが、 それでも残された幾つかのサインを手がかりに記された謎に近づいていく。 そして、残された唯一の脅威である「ルーメン」を奪おうとするマスターの魔の手が迫る。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★
この手の物語のツボと盛り上げ方を誰よりも心得ている、ギレルモ・デル・トロ監督の真骨頂。 吸血鬼を描くのに、バイオホラーの要素も織り込みつつも、凡百のそれにとどまることなく、 オカルトを主軸とするグロテスクも壮麗なヴィジュアルなイメージで読むものを圧倒する。 吸血鬼ホラーのジャンルを代表する大作になったが、 原発メルトダウンによる闇の始まりと、核の炎による浄化というモチーフは、 フィクションであっても受け入れられないという人にまでは勧めない。
イカした言葉  通貨とはそもそも人間の血でできているものだ。 (下p33)