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小説評論もどき 2011下半期 (16編)


私の読書記録です。2011年7月分-12月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2011
物語のルミナリエ — 異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2011年, 895円, ISBN978-4-334-76344-2 闇を照らす小さな物語の燦めき  物語よ、永遠なれ……。
異形コレクション第48弾。 この特別な年を送る、様々な思いの込められたショートショート78編を収録。
統合人格評★★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★
2011年は特別な年だった。幸い、僕と僕の周辺の人たちには直接的な被害はなかったが、 震災は、突拍子のない物語、恐ろしい物語を語る創作者たち(被災者となった人も少なくない) にとって自分の仕事の意味を問い直される出来事だったようだ。 『ひとにぎりの異形』に続き、ショートショートを収めた今回の異形は、 鎮魂、復興と再生への誓い、創作者としての決意、など、多種多様な思いがきらめく今年を送るにふさわしい一冊となった。
ゴースタイズ・ゲート 「イナイイナイの左腕」事件 著: 中井拓志
角川ホラー文庫 2011年, 629円, ISBN978-4-04-100033-5 科警研心理三室。あらゆる不可思議な事件は、ここで解決される。
警察庁科学警察研究所心理第三研究室。霊能力者の脳機能解析というオカルティックな鑑識技法を研究する彼らは、 警察内ではほぼ無視される異端ながら、まれに金星をあげるため、取扱いに困る部署として存続している。 山梨県の湖畔で連発する不可解な自殺事件を解決し、一定の評価を得た彼らは(「case01:鏡の縁の女」)、 被害者の頸部を素手で抉り引きちぎるという人間離れした、しかも、 犯人が左利きらしいというほか一切の証拠が残っていない異様な事件に投入される。 心理三室のメンバーは、心霊動画の創作を趣味としていた被害者がネタ採集のために訪れていた岐阜の山奥の廃病院に向かう。 そこには、暴走する左手にかかわる都市伝説めいた因縁話が伝わっているのだ。 彼らは研究対象である制御困難で邪悪な霊能少女を通じて事件の真相に迫る。(「case02:イナイイナイの左腕」)
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★
警察本流からはバカにされるか無視される異端・弱小の組織だが、 かれらの異能にしか見えない事件がある、という特殊警察ものはこのジャンルの定番のテーマで、 そのフォーマットに沿った手堅い一品ではある。が、そこまで。 暴走する左腕、といえば、作者のデビュー作で角川ホラー小説大賞をとった『レフトハンド』を思い出すね。
イカした言葉 「ここでぞっとしたら廃墟の思う壺」(p260)
NOVA6 責任編集: 大森望
河出文庫 2011年, 950円, ISBN978-4-309-41113-2
10編を収録する、日本SF短編書き下ろしアンソロジーの第6巻
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
初登場となる宮部みゆきなど、大御所・ベテランも名を連ねてはいるが、 今回の特徴は、新人またはそれに近いキャリアの作者の占率が高いことだ。 樺山三英の独特な作風を除くと、挑発的なものは少なく、こなれてなさが目立つ。 ベテラン勢もいま一つ盛り上がらない感じで、読者のわがままとして言わせてもらうと、 NOVAシリーズの中では一番完成度が低いかも。
虚無回廊 著: 小松左京
徳間書店 2011年, 2000円, ISBN978-4-19-863285-4 “知”を讃え、“愛”を謳った巨星、最後の長篇小説
苦難の末、世界連邦が成立し、人類の関心が宇宙開発に向かいはじめた未来、 地球から5.8光年の距離に、突如、直径1.2光年、長さ2光年という天文学的サイズの円筒形の物体が出現した。 「SS」と名付けられた、明らかに何らかの、しかも人類をはるかに凌駕する知性の存在を 暗示するそれに世界中が色めき立つが、そこまでの距離を超えて有人探査を行う技術はまだなく、 開発されたばかりの人工実存HEによる無人探査が行われることになった。 開発者の人格をもとに形成され主体的な自己意識を備えたHEはついにSSに到達するが、 そこには、この巨大な謎を調査すべく様々な文明から訪れた多数の異星種族が存在していた。 広大無辺な内部空間で、HEは、数千年先行するものもいる彼らとコミュニケートしながら SSとは何かという謎を解明しようと調査と議論を展開する。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 -
今年7月に亡くなった日本SF界の巨人を追悼するために、未読であった最終長篇をセレクト。 1986年の雑誌連載開始から、掲載誌の休刊による中断を経て2000年に後半部分が出版されたものの、未完のままとなった大作。 気宇壮大な物語で、イーガンの『ディアスポラ』を 一部先取りするような思索をみせるものの、物語を貫く価値観が古めかしい。 それに、さっきファースト・コンタクトしたばかりの異星人が「ジグゾーパズルのような」とか言っちゃいかんよね (コンタクトにあたって構成される辞書の意訳だとしても)。 SSが巨大だといっても、バクスターのジーリー・リングには7桁ほど敵わないし。 巨匠に対して申し訳ないが、追悼の意味を乗せても★3つ。
イカした言葉 「ただ……人間の精神の奥底には、人間自身がまだ、どう使っていいかわからない、 異様で、おそろしいものが秘められているような気がする。 ――これまで、その使い方に真の意味で成功したものは誰もいないような……」(p19)
November, 2011
蝉の女王 著: ブルース・スターリング (Bruce Sterling) / 訳: 小川隆
ハヤカワ文庫SF 1988年, 420円, ISBN4-15-010822-6
サイバーパンク運動の象徴的小説『スキズマトリックス』 に連なる〈機械主義者/工作者〉シリーズの短編5編。いずれも1980年代発表。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★
スターリング強化月間で、引き続いて初期のサイバーパンクの作品群を選択。 人類が広大な宇宙に広がるにつれ、テクノロジーで自らを改変し、 従来の人間性を脱しあらゆる意味で様々に拡散していく未来を描き、スターリングの名を一躍高めた過激なヴィジョン。 この(通常の意味ではなく)非人間的でトンがったヴィジョンはSFのSFたる証明なのだが、しかし、改めて読むと、 前項の『タクラマカン』などその後のポストサイバーパンクの作品とくらべて若書きな感じも否めないかな。
タクラマカン (原題: A Good Old-Fashoned Future) 著: ブルース・スターリング (Bruce Sterling) / 訳: 小川隆・大森望
ハヤカワ文庫SF 2001年(原典1999), 800円, ISBN4-15-011341-6 電脳都市東京からタクラマカン砂漠まで迫真の近未来SF七篇を収録
1990年代に発表された代表作7編からなる短編集。 2011年現在から見てももう少し先の近未来を舞台とした、既存の社会の尺度が解体された一歩先の世界を描く。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
たまにスターリングを読みたくなることがあって、その欲求に従う再読。 90年代のスターリングは、ギブスンと同じく、 旧来の価値基準が崩壊し、新しい価値観が台頭する過程の混乱した社会を鮮やかに切り出す作品を多数出している。 影響は劇的だが文化の外縁で静かに進行する変化が引き起こす、本書に描かれたポストモダンの近未来はいまだ到来していないが、 かつてない技術や文化の革命がいくつもの国で進行する現在、実は再び近づいているのかもしれない。
August, 2011
21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集
時間はだれも待ってくれない
編: 高野史緒
東京創元社 2011年, 2500円, ISBN978-4-488-01339-4 「現代の「もう一つのヨーロッパ」の息吹を伝える斬新なアンソロジー」— 沼野充義
東欧諸国のファンタスチカ(SF、ファンタジー、ホラー、幻想小説等を幅広くカバーする文学ジャンル) の現在を代表する作品を、気鋭の訳者たちが各国語の原文から直接日本語訳して紹介するアンソロジー。 オーストリア、ルーマニア、ベラルーシ、チェコ、スロヴァキア、ポーランド、 旧東ドイツ、ハンガリー、ラトヴィア、セルビアの10ヶ国から12作品を収録。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
東欧の歴史・文化については通り一遍未満のことしか知らないのだが、 それでも、カフカやレムを輩出した文化圏の「いま」に触れられるのは、貴重な、素晴らしい体験だ。 田舎びているが独特の濃度が高い幻想性のエキゾチックさが楽しい。 この企画を立ち上げ、形にした編者の功績をたたえたい。 だれか中南米とかイスラム圏で同様なアンソロジーを作ってくれるとうれしいな。
これはペンです 著: 円城塔
新潮社 2011年, 1400円, ISBN978-4-10-331161-4 叔父は文字だ。文字通り。
文書の自動生成と自動作成文書の判定に関する研究者であり事業家でもある叔父は、 ほぼランダムに世界中を移動しながら、文章を書くという行為に関する思索をつづった奇妙な手紙を姪に送り続ける。 姪は手紙とメールのやり取りを通じて、顔も知らない叔父を再現しようとする。「これはペンです」
完全記憶を持つ父親が亡くなってから20年。記憶と現実の認識が混交し、常に上書きされ変貌する記憶の都市の中に 父親が描き出した家族の歴史をたどる。「良い夜を持っている」
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 -
論理的ではあるが、訳の分からない世界を創りあげるこの作者は、 その訳の分からなさの方向と距離において孤高を誇る。 しかし、本書に収められた(実は連作の)2編で、ヘンなのは世界ではなく人、要はヘンな人の物語なのでとっつきやすい。 取り上げるのが家族の関係で、どことなく優しく穏やかな感じもあるし。 といってもやはり円城塔にしかなしえないヘンな物語ではあるが。表題作は芥川賞の候補作にもなった。
イカした言葉 「姪が炒めてしまったせいで、磁力は当時より衰えています」(「これはペンです」p36)
プランク・ダイヴ (原題: The Planck Dive and Other Stories) 著: グレッグ・イーガン (Greg Egan) / 編・訳: 山岸真
ハヤカワ文庫SF 2011年, 900円, ISBN978-4-15-011826-6 SFの最先端の、その先へ!
日本オリジナル編集の第5(ハヤカワでは第4)短編集。 ほかの誰にもなしえない哲学的思索を通じて現実世界を解体する、極めつけにハードな7編。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★
世界の根底を記述する相対性理論、量子論、そして数学。 これらを、容赦なく深い角度で、しかし精妙極まりない論理展開でネジって現実を再構成する手腕で他を圧倒する作者の短編は、 長くこのジャンルの物語を読んできた僕にとっても目もくらむような現代SFの極限だ。 しかし、奇想により構築された世界から発信される、きわめて哲学的・倫理的な問いこそがイーガンの本質なのだ。 のちに『ディアスポラ』に 組み込まれる仮想現実SFの白眉「ワンの絨毯」や、 相反する数論を基盤とする世界間の闘争を描く数学SFの極北「暗黒整数」が双璧。
September, 2011
晩年計画がはじまりました 著: 牧野修
角川ホラー文庫 2011年, 629円, ISBN978-4-04-352215-6 “晩年計画協会”から届く謎のメール。待ち受けるものは ―― 死
社会福祉事業所でケースワーカーとして働く茜の携帯電話に突然送られてきた 「晩年計画が始まりました」という非通知のメール。そして、担当する生活保護受給者の 一人が自殺した現場に残されていた「晩年計画はじめてください」というメッセージ。 もともと人の厭な面に向かい合うことの多い仕事であるが、その頃から正体不明の悪意が彼女を包囲し始める。 また、彼女の高校時代の親友である千晶は、裕福だった家庭が経済的な苦境に陥ると時を同じくして、悪質で意味不明な、 しかも誰からともわからない嫌がらせを受け始める。そしてそこにも晩年計画という言葉が。 茜と千晶は、死と引き換えに自分の恨みを晴らす互助組織、晩年計画協会の都市伝説に行き着くのだが、 その正体は不明なまま、膨張する悪意が彼女たちを押し包んでいく。 やがて、ある出来事に思い当った彼女たちは、発端かもしれないそこに向かうのだが...
統合人格評★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★★
残念ながら、作者の過去作品の劣化コピーの印象がぬぐえない。 なんだかいろいろと中途半端だし。あとがきに書いた通りのホラーの効用を目指すなら、 ここは鬼になりきって徹底的に不条理な悪意を書くべきなのだ。
イカした言葉 「諦めた部屋ってさあ、こんな感じなんだよね(p82)
August, 2011
NOVA5 責任編集: 大森望
河出文庫 2011年, 950円, ISBN978-4-309-41098-2
日本SF短編書き下ろしアンソロジーの第5巻。8編を収録。伊坂幸太郎が登場。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
人気作家の伊坂幸太郎を招き、書店での平積み率が高い。 鬼畜作家の因果応報ともいえる末期を描く友成純一「アサムラール」と、 タイトルと冒頭の印象を覆し本格ロボットSFとして着地する宮内悠介「スペース金融道」が面白い。
闇の王国 (原題: Other Kingdoms) 著: リチャード・マシスン (Rechard Matheson) / 訳: 尾之上浩司
ハヤカワ文庫 2011年(原典2011), 1000円, ISBN978-4-15-041238-8 マシスンこそがレジェンドだ!
長年にわたりB級ホラーを書き続けてきた老作家が80歳を超えて初めて記した若き日の超自然的な体験の記録。 米国陸軍に入隊し、第一次世界大戦のフランス戦線に送り込まれた若き日の主人公アレックスは、 英国軍兵士のハロルドと友人になるが、ハロルドはドイツ軍の攻撃に命を落としてしまう。 死の間際の彼の言葉に導かれ、アレックスはハロルドの故郷、英国の片田舎ガトフォードを訪れる。 住民たちに、妖精にたぶらかされないように真顔で忠告された彼は、はじめは笑い飛ばしていたが、 森の中での不思議な体験や、魔女と噂される美しい未亡人の教えを経て、その超自然的な存在を信じ始める。 そして、美しい妖精の少女と出会い、彼は森の奥の妖精郷へと足を踏み入れていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
主人公は、あからさまに、80歳を超えて現役のホラー作家である作者自身。 いろいろな謎が無造作に未解決のまま放り出されていたり、 微妙にバランスの悪いストーリーが逆にリアルさを感じさせる妖精譚。
イカした言葉 「それでも彼らを信じないの?」(p130)
年刊日本SF傑作選 結晶銀河 編: 大森望・日下三蔵
創元SF文庫 2011年, 1100円, ISBN978-4-488-73404-6 ここから始まる10年代日本SF
2010年に発表された日本SF短編の傑作13編に加え、 第2回創元SF短編賞受賞の「皆勤の徒」を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
編者たちが言うように、2010年は、日本SF短編豊穣の年だった。 このため、レベルの高い作品がそろったものの、突拍子もない、というものもなく、 掲載誌もおおむね普通(ロリコン誌と大学のSFファンジンは若干異色だが)。喜ばしいような物足りないような。
July, 2011
ダムネーション・ゲーム(上/下) (原題: The Damnation Game) 著: クライヴ・バーカー (Clive Barker) / 訳: 中田耕治・松本秀子
扶桑社ミステリー 1991年(原典1985), 620円/580円, ISBN4-594-00803-8/4-594-00804-6
強盗事件で服役中のストラウスは、仮釈放と引き換えに財界の大物ホワイトヘッドのボディガードを 務めることになった。豪胆な決断力を武器に一代で巨大な企業帝国を築き上げた大富豪は、しかし、何かを恐れていた。 そしてある日、その恐怖がホワイトヘッドの屋敷を訪れる。 一見優雅な紳士だが底知れぬ虚無の顕現であるマムーリアンが、鈍重だが残虐な暴力の化身たる大男ブリーアを引き連れ、 ホワイトヘッドに借りを返せと迫ってきたのだ。 昔、第二次大戦で灰燼と化したワルシャワで盗賊としてならしていたホワイトヘッドは、 謎めいたギャンブラーのマムーリアンとの勝負を契機に、彼の不可解な力を得て現在の地位を築いていたのだ。 永き年月を経て衰えつつあるものの、いまだ凄まじき人外の力をふるうマムーリアンとの戦いに巻き込まれたストラウスは、 裏をかき生き延びるためは策略を巡らせる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
作者の第一長編。『捕食』のイヤな感じのリアルさにあてられて、非現実の世界を選択。 といってもホラーはホラーなのだが。グロテスクかつ絢爛なイマジネーション、ホラーはやっぱりこういうのがいいよね。 しかし、改めて読むと何しろ訳が悪い。難解な仏教用語や古語をやたら投入するかと思えば、 いまや死語と化した「オジン」なんて言葉を使ってみたりそれ以外でもとてもぎこちない。 20年前のものでいまだにカッコいい小説も多いのに、これはひどすぎるのだ。
イカした言葉 「夜はまだいい。べつに楽しいわけではないが、夜には曖昧さがない。」(上p91)
捕食 著: 渡辺球
角川ホラー文庫 2011年, 705円, ISBN978-4-04-394434-7 おれは呪う。この世界のすべてを。
就職活動に失敗し、大学卒業からの10年間を定職に就けないまま過ごしてきた青年、 輝は自信も希望も失って久しい。ある日、契約社員として働いているレストランの副店長からカードスキミングを強要され、 仕事を失うことを恐れた彼は仕方なく引き受けてしまうが、客の黒川に見破られてしまう。 すべての罪をなすりつけられ解雇された輝に、黒川は自分の運営する「社会福祉事業団」への就職のチャンスを持ちかける。 どう見てもまっとうな人物ではない黒川の、内容不詳の仕事を得ることにした輝だが、 それは社会の底辺からさらに恐ろしい地獄へ堕ちる選択だった。 定年を迎えた問題教師とその娘、幼いときに起こした事件のために両親の愛を得られずに育った女、 輝の不遇をよそに悠々自適の老後を過ごす彼の父親、 現代社会のそこここに口を開ける闇に呑まれてしまう人々の運命が絡み合う。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★★★
この作品の上下に並ぶ、クライブ・バーカーの描く壮麗なイマジネーションとは真逆の 身もふたもなく現実的なホラー。制度として公然と行われているものから、隣の家庭で陰湿に行われているものまで、 生きていることそのものを搾取する構造は、この社会のあらゆるところにリアルに存在する。 この小説で様々に語られる、人が人を食うエピソードは、新聞を広げれば毎日どこかに見つけることができるものだ。 僕自身がどこかで落ち込むかもしれない現実の悲惨に読んでいて落ち着かない気分になってしまう。 社会に出る前の中高生こそこれを読め(ただし黒川は目指すな)。
イカした言葉 「金というのは富を貯蔵するための装置にしか過ぎないにもかかわらず、 時に富そのものより価値があるかのように扱われる。」(p91)
不滅の愛 (上/下) (原題: The Great and Secret Show) 著: クライヴ・バーカー (Clive Barker) / 訳: 山本光伸
角川文庫 2001年(原典1989), 各720円, ISBN4-04-247001-7/4-04-247002-5
さえない人生を送る中年男ジェフは、オマハ郵便局に全米から吹き寄せられる宛先不明の郵便物から 金目のものを探す仕事を押し付けられるが、無数の手紙の中にかすかに仄めかされる世界の秘密を垣間見る。 開眼したジェフは、さらなる知識を求め遍歴し、麻薬中毒の天才生化学者フレッチャーが霊薬ナンシオを創造する援助をするが、 光と闇をそれぞれ志向する二人はついに敵対する。 ナンシオの効力で精霊に変容した彼らの闘争は田舎町パルモグローブで膠着するが、 そこに居合わせた4人の女学生に干渉し、新たな力を得るべく自分たちの霊的な子供を宿させる。 それから18年後、ジェフの双子の兄妹の妹ジョー・ベスと、町に戻ってきたフレッチャーの息子ハワードが出会い、 恋に落ちた時、ジェフとフレッチャーの闘争が再開する。 それは、人の夢を形作る海クィディティの彼岸に住む謎の存在による侵略の引き金でもあった。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
バーカーの旧作を再読。イマジネーションの奔流に圧倒される物語は、 冒頭からは想像もつかない領域に次々に広がり続け、複雑な構成をもつタペストリーを織りなす。 一番のキーとなる登場人物は、実は上で紹介した彼らではない、複数の男女であったりすることもその証左。 この夢の世界を語る小説は〈アート〉三部作の端緒であるのだが、いまだ続編は書かれず、おそらくこのままになるんだろう。
と思ったら、続編“Everville”が1994年に出版されている。今更翻訳は出ないかなぁ。
イカした言葉 「あなたを傷つけるのが楽しいから愛しているだけなの。それともその逆だったかしら」(上p226)