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小説評論もどき 2012下半期 (20編)


私の読書記録です。2012年7月分-12月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2012
天冥の標Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河 著: 小川一水
ハヤカワ文庫 2011年,760円, ISBN978-4-15-031050-9
前篇からさらに数年後が舞台。 小惑星上で農場を運営する中年の農夫ヴァンディは、日々の農作業に追われ、経済的に厳しく先の見えない生活を送っている。 さらに、反抗期を迎えた一人娘ザリーカが、泥にまみれた農業を嫌い、家を出たいと言い出したことも悩みの種だ。 実は、ヴァンディとザリーカの親子には、過去に太陽系を揺るがした事件にかかわる秘密があり、 その秘密をめぐり彼らを狙う者たちに見つかってしまう。 一方、6億年前、地球から遠く離れたある惑星のサンゴ様群生生物の生態系に一つの意識が誕生した。 物理的基盤ではなくデータフローの中に実体を持つ、後にノルルスカインと言われるそれは、あるとき、 その星を訪れた宇宙船に取り込まれて、図らずしも宇宙へと飛び出すことになった。 あらゆるシステムの中に隠れ、ときにそれを操るノルルスカインは、永い時を経るうちに様々な星間文明を渡り歩き拡大していく。 そのうちに、ノルルスカインと同居していたこともある同種の情報知性ミスチフと融合し、 宇宙全体を自らで覆い尽くそうと急拡大し他を食らい尽くす文明/生態系が出現し、過酷な生存闘争が始まる。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★
おお、ついに来た。とんでもなく壮大な、でも描写は飄々とした、怒涛のドSF展開だ。 これまで背景で物語を操っていた、謎に包まれた被展開体ノルルスカインとミスチフの正体が明らかになってきた。 人類が想像もしない銀河系をも超える世界で繰り広げられている闘争の、飛沫のような一部が地球に到達したことに始まる、 前哨戦または代理戦争だったとは。このガクンと視野が広がる感じがSFの醍醐味。
イカした言葉  生命の速さには留意しなければならない(p202)
ゴリアテ ロリスと電磁兵器  (原題: Goliath) 著: スコット・ウエスターフェルド (Scott Westerfeld) / 訳: 小林美幸
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 2012年(原典2011), 1700円, ISBN978-4-15-335007-6 ローカス賞受賞のスチームパンク冒険譚〈リヴァイアサン〉シリーズ完結!
『リヴァイアサン』 『ベヒモス』に続くシリーズ完結編。 オスマントルコでのドイツ軍の企みを退けた英空軍の巨大飛行獣リヴァイアサンは、次の任務のために日本へ向かう途中、 同盟国であるロシア帝国の要請を受けてシベリアの奥地ツングースカを通過する。 広大な森林が想像を絶する巨大な爆発で薙ぎ払われた跡地の調査を行っていた科学者ニコラ・テスラを収容するためだ。 テスラの主張では、その爆発は彼が発明しアメリカに設置した電磁兵器ゴリアテの実験によるもので、 地球全土を射程とするその力をもってすれば大戦を終わらせることも可能だというのだ。 イスタンブールでの一件で、オーストリア帝国の公子であることが知れ渡ってしまい、 捕虜のような賓客のような微妙な立場でリヴァイアサンに搭乗する少年アレックは、大戦の終結を自らの使命と任じ、 テスラとの出会いを天の采配として協力しようとする。 そんな折、アレックは、親友と思っていた英空軍士官候補生のディランが女性であり しかも彼に恋心を抱いていることに(ようやく)気づいてしまう。 困惑し裏切られたと憤るアレックだが、その秘密を守ることは約束する。 リヴァイアサンは日本を経由し、さらにテスラをアメリカに送り届けるべく太平洋を渡るが、 やがて、ゴリアテを狙うドイツ軍の影が彼らに迫る。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
戦争の行く末より、若い二人の恋の行方になんだかドキドキ。 デリンの一途な思いの強さに読んでて当てられっぱなしだったが、全てが落ち着くところに落ち着く大団円。 シリーズを通してみると、スチームパンクな科学技術は行き過ぎだが、 それも含めて歴史・社会の構築がかなりしっかりしていて奥行と強固さのあるリアリティが感じられた。 例えば、クランカーとダーウィニストの両技術が共存する日本の描写にトヨタ創始者の豊田佐吉と、 真珠養殖に成功したミキモトの祖、御木本幸吉を(ほぼ名前だけだけど)登場させるのは渋い選択。 ヤング・アダルトながら、若い人から大人までお勧めの佳品。やっぱり誰かにマンガ化してほしいなぁ。
イカした言葉 「それに時として、暗闇の中を探ると、思いもよらない光明を見出すものですよ。」(p109)
邪神金融道 著: 菊池秀行
創土社 2012年, 1600円, ISBN978-4-7936-8 こ、これがクトゥールー神話か!? (オーガスト・ダーレス:故人)  それがどうした? (菊池秀行:存命中)
街金の凄腕営業マンである「おれ」のもとに、ラリエー浮上協会なる怪しげな団体の人間が、 深海に沈んでいる都市を引き上げるための資金として5000億円の融資を申し込んできた。 非現実的な金額なのになぜか実行された融資だが、初回から返済が遅れてしまう。 オカルトマニアの同僚によると、クなんとかという太古に封印された神が復活する兆しの余波で世界中に怪異が発生し、 また、邪神の信者たちが復活の準備に奔走し人類滅亡の危機がせまっていたものの、 星辰の配置がどうとかで今回も邪神は機会を逃したということらしい。 しかし、そんな世迷言は放っておいて、「おれ」は取り立てのために、 うらさびれた港町や辺鄙な山村やその地下などに彼らを追いかける。 行く先々で怪しげな儀式やら、得体の知れないうごめくものや、人が突然消える奇妙な現象を目にするが、 それらすべてをハッタリかトリックと断じて突き進む。神様だかなんだか知らないが、借りた金は返すのが道理だ。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
クトゥールー神話は、 すくなくとも創始者ラブクラフトの書いた物語は僕の偏愛するところではあるが、 名状しがたいとかゴテゴテとした修飾で語られる太古の悍ましい神格は、人知をはるかに超越しているはずなのに、 どうも足元がおろそかで、気配だけで人々を狂気に陥れたかと思うと意外とあっさりと退けられるし、 禁断の智慧を記した闇に埋もれた文書の内容もなぜか広く知られていたり。 そんなチグハグさにスポットをあてた、神話体系の変化球が本書。 ハメットばりのハードボイルドな主人公が、実は○○マニアで、宇宙的恐怖の前に現実の土台がどんなにぐらつこうとも、 その現実にどっしりと足をつけて金貸しの論理を貫くギャップが面白い。 クトゥールー神話をバカにしたようでいて、著者の愛情が感じられる「あとがき」も秀逸。
イカした言葉 「うるせえ。これで筋が通るんだ。他に何かあるか?」(p129)
量子怪盗 (原題: The Quantum Thief) 著: ハンヌ・ライアニエミ (Hannu Rajanirmi) / 訳: 酒井昭伸
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 2012年(原典2010), 1800円, ISBN978-4-15-335006-9 太陽系を股にかける量子怪盗ジャン・ル・フランブール登場!
小惑星帯にある監獄で無限の刑罰を科せられているジャン・ル・フランブールを、 高度な戦闘能力を持つ少女ミエリと彼女の宇宙船が脱獄させた。 テクノロジーの進歩の末に肉体のくびきから解き放たれた神のごとき知性群をも出し抜き、 鮮やかな手口で太陽系中を荒らし怪盗として名をはせたフランブールを救出した目的は、 火星でのある仕事のためであった。 その頃、火星の移動都市ウブリエットでは、テクノロジーだけでは解決できない事件を推理の力で解決する探偵イジドールが、 千年紀長者ウンルーのパーティーの警備を依頼された。怪盗フランブールからの予告状が届いたというのだ。 現実のカスタマイズすら可能となっている太陽系のなかで、比較的伝統的な人類社会を維持している火星を舞台とした 探偵と怪盗の頭脳戦の背後で、都市の深層に潜む秘密が動き出す。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
ポスト・シンギュラリティのワイドスクリーン・バロックなニュー・スペースオペラ、 といってもSF読み以外には何のことかサッパリだと思うけど、 生死、記憶、人格、現実をも自在に扱うテクノロジーを派手でキャッチ―な筆致で描く、SFならではのケレン味たっぷりの作品。 これが作者の第一長編ということで、続編も書かれているようだが、翻訳されるかな?
イカした言葉 「盗みというのは、他人の財産に敬意を払うことさ。」(p150)
November, 2012
青い脂 (原題:Голубое сало) 著: ウラジミール・ソローキン (Владимир Сорокин) / 訳: 望月哲男・松下隆志
河出書房新社 2012年(原典1999), 3500円, ISBN978-4-309-20601-1 ソローキンの兄貴が、また〈文学〉に殴り込みをおかけになりやがりました。岸本佐知子(翻訳家)
ソローキンを読むと、小説が書けなくなってとても困る。ソローキンを読むと、小説を書きたくなってとても困る。円城塔(作家)
近未来のロシア、シベリア辺境の遺伝子研究施設で秘密の実験が行われていた。 それは、文豪たちの異形のクローンがテキストを執筆した後の休眠中に体内に蓄積する、不可解な特性を持つ物質「青脂」の抽出だ。 生成された「青脂」は、ロシア大地交合者教団の信者たちに奪われ、さらに1950年代ソ連のスターリンのもとに送られる。 ドイツ・ソ連が第二次世界大戦の戦勝国となっているその過去で「青脂」を受け取ったスターリンは、ある計画を実行するためにヒトラーが君臨するドイツへと向かう。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
ムチャクチャだ。あらゆる常識や権威、小説作法をぶち壊して予測不能というより理解不能な展開で読者を翻弄する、暴走ポスト・モダン。 奇怪きわまりない文体、挿入される悪趣味なパロディのようなテキスト、史実や現実基盤の容赦ない歪曲、 男色をはじめとする多様なパラフィリアの露骨な描写と、相当グロテスクな文学的モンスターなのだが、 それでも、それらを通じて、ロシアの現代史・文学史を解体する試みにもなっているようだ。筒井康隆なら書きそうな。
イカした言葉 「あなたの糞で新たな真実の玉座を建てるわ。天の小便でも洗い流すことができないようなのを!」(p238)
パヴァーヌ (原題: Pavane) 著: キース・ロバーツ (Kieth Roberts) / 訳: 越智道雄
ちくま文庫 2012年(原典1968), 950円, ISBN978-4-480-42996-4 「改変世界」小説の傑作、復刊
16世紀、女王エリザベス1世が暗殺され英国は力を失い、ローマ・カトリック教会による ヨーロッパ支配が20世紀まで続く世界。産業革命は起こらず、信号手が腕木を操作し通信を伝達する 信号塔のネットワークが全欧に張り巡らされ、蒸気エンジンによる道路機関車が物流の中心を担っている。 しかし永きにわたる教会の抑圧に対する不満は次第に高まっており、いたるところに不穏な空気が広がりつつある。 そんな世界・時代の英国南部のドーセット州を舞台として、運輸業を父親から継いだ無骨な男、信号手ギルドの若者、 貧しい港町で暮らす少女、工芸に秀でた修道院の修道士、などの物語が積み重なる。 そして、領民を守るため、教会に対する当初はささやかに思われる反乱を率いる女城主の物語へ連なっていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
改変歴史小説の傑作として名高い本書が、再復刊 (1987年にサンリオSF文庫で初出、2000年に扶桑社から復刊)。 恥ずかしながら、原典がこんなに古い(1968年)作品だとは知らなかった。 社会や産業のディテールまで書き込まれた、ありえたかもしれないこの世界はスチームパンクのはしりのようでもあるが、 ヨーロッパの辺境でしかない英国の、その辺境のさらに向こう側に垣間見える 妖精のようなケルト以前の「古い人々」の存在が、本書をファンタジーとして際立たせる。 解説にあるように宮崎駿の映画世界のテイストだ。
イカした言葉 「私にできるのは祈ることだけだ。祈ることは誰でも自由にできる……」(p226)
スラッシャー 廃園の殺人 著: 三津田信三
講談社文庫 2012年, 676円, ISBN978-4-06-277153-5 〈魔庭〉。そこは怖ろしい怖ろしい決して入ってはいけない場所
スプラッター描写でカルト的な人気のあったホラー作家が、 巨費を投じて自書中の惨劇の舞台を現実化した廃墟庭園。 決して公開されることはなく、人間嫌いの作家がひきこもる庭園では、 忍び込んだ若者たちが行方不明となったり惨殺死体となる事件が起こるが、 いつしか、作家自身も失踪しており、以来、呪われた場所となっていた。 そんな魔庭を舞台としてドキュメンタリー仕立てのホラー映画を撮ろうと、ロケハンにやってきた俳優と製作会社のスタッフたち。 彼らの目の前に広がる荒れ果てた庭園は、異形の意匠に満ちた広大な迷宮で、 そこここに悪意と狂気にみちた罠まで仕掛けられていた。やがてどこからともなく現れた全身黒装束の怪人が忍び寄る。 そして、惨劇の幕が開け、一人また一人と、残虐な方法で殺されていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
ダリオ・アルジェンテに捧ぐ、という献辞でわかるように、 スプラッタホラー映画のヘビーなファンである作者が、その趣味を全開にした作品。 最近はあまり見なくなったけど僕自身も好きな方なので、作中で出てくるタイトルは半分くらいは分かるかな。 そして、一番最後のあの描写が出てくるってことは、最後の人物は結局...
October, 2012
天冥の標Ⅳ 機械じかけの子息たち 著: 小川一水
ハヤカワ文庫 2011年, 860円, ISBN978-4-15-031033-2
救世群の一員である少年キリアンは、どこかわからない場所で目覚め、 そこで会った少女アウロラとセックスをした。そして、奇妙に記憶が欠落するなかで、 様々なシーン、シチュエーションでアウロラとのセックスを重ねていく。 ようやく我に返ったキリアンが知ったのは、アウロラとその仲間は、 人を性的に満足させ喜ばれることを第一の行動原理として創出された完全自律型生体ロボットであり、 ここが、彼ら《恋人たち》が小惑星に築き上げた娼界《ハニカム》であることだ。 太陽系中から密かに訪れる人々の多様な欲望を受け止める《恋人たち》の中で一部のグループが暴走していて、 その内乱状態を収められる外部勢力へのアクセスとしてキリアンが呼ばれたのだが、結局彼は役割を果たすことができない。 事情があって行く先のない彼は、《ハニカム》にとどまり、混乱を収める別の手立てを得るために、 アウロラと共にセックスの究極の境地『混爾』を求めることになる。 しかし、《ハニカム》の現下の混乱の背景には、太陽系全体に新たな道徳的価値観を 押し広げる力が送り込んだ異様な兵器の存在があり、やがてそれらが不気味な姿を現す。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
前巻の数年後の出来事を描く4作目はエロかった。 本格的な、というほどではないものの、ライトな官能小説の体だ。 1作目で重要な役割を担っていた 《恋人たち》の発祥が描かれるわけだが、どうも、登場人物たちの行動がしっくりこない。 なんでソレに対してそうするんだ、そっちに行くんだ、と。 次第に世界像の材料が積み重なっていくが、まだまだ全貌は見えないね。
イカした言葉 「きゅんきゅん可愛く鳴かせてあげますから、覚悟してくださいね!」(p279)
暗黒のメルトダウン(上/下) (原題: The Fall) 著: ギレルモ・デル・トロ & チャック・ホーガン (Guillermo Del Toro & Chuck Hogan) / 訳: 嶋田洋一
早川書房 2012年(原典2010), 各760円, ISBN978-4-15-041265-4/978-4-15-041266-1 皆既日食、沈黙したジェット機、そして街を襲う地に飢えた「悪疫」……
ニューヨークは、夜ごと拡大する「暴動」と続々と増える行方不明者に崩壊しつつある。 そして、その異変は世界中に飛び火し、社会秩序は急速に蝕まれている。 大富豪パーマーが引き入れた「マスター」が人々を次々に吸血鬼に変成させ、生ける屍者の群れを拡大させているのだ。 ナチスのユダヤ人収容所での吸血鬼の脅威を生き延び、彼らを倒すべく準備を続けていた老人セトラキアン、 事件の真相を告発しようとしたが罠にはめられ、殺人容疑をかけられ逃亡中の元CDCの医師イーフレイムたちは、 何とかマスターを倒そうと戦い続ける。 また、長い歴史の陰に潜み、マスターの暴走を快く思わない吸血鬼の長老たちにハンターとして雇われた メキシコ人ギャングのガスも彼らの戦いに参戦するが、恐るべき勢いで拡大する悪疫と、 政財界へのパーマーの影響力に次第に追い詰められていく。 世界を永遠の闇に閉ざそうとするマスターの計画がついに実行されようとする中、 戦いのカギとなる一冊の古書がオークションにかけられる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★
『ザ・ストレイン』が『沈黙のエクリプス』と 改題して文庫化し、続編と合わせて3部作が毎月刊行する第2部。 細かいアラはあるが、そんなことに有無を言わせぬスピードとパワーで押し切り、怒涛の展開に盛り上がる。 とにかく読者を愉しませてやろうというエンターテインメントの化身で、 クライマックスとなる次巻への引きも完璧。最終巻を括目して待て。
イカした言葉 「こんな世界はくそだろう?」「だが、おれたちにはこの世界しかない」(下p253)
屍者の帝国 著: 伊藤計劃 × 円城塔
河出書房新社 2012年, 1800円, ISBN978-4-309-02126-3 今、わたしは目を開く。
早逝した伊藤計劃が冒頭のみを書き残した原稿を、円城塔が引き継ぎ完成させた大作。 19世紀。フランケンシュタイン氏の発見から始まった、死体に疑似霊素を書き込むことで命令に従い動く屍者として 使役する技術は社会を変え、単純労働や危険作業などは大量に流通する屍者が支え経済活動の基盤となっている。 ロンドン大学の医学生ワトソンは、ヴァン・ヘルシング教授にスカウトされ、 英国諜報機関のスパイとしてアフガニスタンに派遣されることになった。 筆記者として調整された屍者フライデーと肉体派の軍人バーナビーとともに、 ロシア人アレクセイがアフガニスタンの奥地に築こうとしている「屍者の王国」を目指すが、 彼から聞かされたのは「ザ・ワン」に関する物語であった。 フランケンシュタインが作り上げた最初の屍者にして、いまだ他の屍者に実装できない自意識と高度な知性を持つザ・ワンは、 北極の海に消えたのではなく、その後も世界中を巡り何かを探求し続けている。 どうやら、ワトソンの任務には彼自身には知らされていないザ・ワンに関する何かの意図も隠されているらしい。 やがてワトソンと一行は、ザ・ワンとその特異性の源泉とされる「手記」を追って、 日本、アメリカへと向い、生と死と意識と言語と魂にまつわる奇怪な冒険行は混迷を深めていく。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
円城塔が芥川賞受賞記者会見で本書を予告した時は、驚いた。 同じ賞の同期の出身者で、交流があったことは知っていたが、なにしろ作風が違いすぎる。 しかし、伊藤計劃だけでも円城塔だけでも書けない、二人の傑出した才能がかみ合った文学的奇跡といえる物語が出来上がった。 さて、この物語はフランケンシュタインの怪物のごとく様々な物語のパッチワークでもある。 直接的に物語やキャラクターが引用されているのは僕が分かるところでは 『フランケンシュタイン』『吸血鬼ドラキュラ』、 「007」シリーズ、「シャーロック・ホームズ」シリーズ、『カラマーゾフの兄弟』、 『風と共に去りぬ』、アシモフのロボット3原則シリーズに、クトゥール―神話も少し。 間接的には伊藤計劃の『虐殺器官』『ハーモニー』に連結されてはいないが共通する世界であり、 そして、なんといっても、ギブスン&スターリングの 『ディファレンス・エンジン』のある種の再来となっているが、 これら全てを土台とし、さらに超越する物語がこれだ。想像を超えてる。
イカした言葉 「自分の意志なんていうものが何をするかはわからんよ。」(p275)
September, 2012
シップブレイカー (原題: Ship Breaker) 著: パオロ・バチガルピ (Paolo Bacigalupi) / 訳: 田中一江
ハヤカワ文庫SF 2012年(原典2010), 880円, ISBN978-4-15-011867-9 沈んだ世界、見えない未来
石油資源が枯渇し、温暖化で上昇した海面に多くの土地が沈んだ未来。 文明は退縮しつつも自然エネルギーや遺伝子工学を基盤とした新しい姿に変わりつつある。 そんなささやかな繁栄から取り残されたアメリカ南部の海岸のスラムに住む少年ネイラーは、 海岸に打ち捨てられた旧世界の遺物であるタンカーを解体し資源を回収するシップブレイカーだ。 過酷で危険な仕事にしがみつき日々の糧を得るのが精いっぱいで、将来の希望など見えない生活だが、 超大型の嵐の後に海岸に打ち上げられた高速船を見つけ、唯一の生存者である美しい少女ニタを助けたことから運命が変わり始める。 裕福な一族の娘だが、父親が経営にかかわる企業の内紛から逃れる途で難にあった彼女は、 海岸の裏社会で幅を利かせるネイラーの父親にネイラーともども囚われる。 ニタを追ってやってきた敵に売られる寸前に、なんとか逃げ出した彼らは 彼女の味方がいるはずの沈んだ大都市ニューオーリンズを目指すが...
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
『ねじまき少女』とリンクする未来で、 過酷な境遇に負けず、運命を切り拓く少年と少女の冒険物語だが、他の作品に比べ何かヌルいのは否めない。 というのも、本作はヤングアダルト向けで、この世界に圧倒的に存在するはずの真の非道は語られないからだ。 そのためか、高校生が読書感想文を書く題材にしても違和感がない。 ただし、ネイラーの環境は決して未来のものでも仮想のものでもない。 フィリピンのスモーキーマウンテンで、電子部品ゴミの街として知られる中国貴嶼鎮で、 それ以外にも世界中の様々な場所で現在進行中のリアルな社会問題で、 この不条理に作者が感じている怒りが、物語の背景にあるように思える。
イカした言葉 「若者がものを習うことに興味をもつのは、いつ見てもいいものだ」(p354)
THE FUTURE IS JAPANESE 編: Nick Mamatas & Masumi Washington
ハヤカワSFシリーズ Jコレクション 2012年, 1700円, ISBN978-4-15-209310-3 日米作家13名が豪華競作を果たした日本テーマのアンソロジーを凱旋出版
日本のSFやファンタジーなどを翻訳出版し英語圏に紹介するハイカソル社。 そのハイカソルが刊行した「日本」をテーマとする同名のアンソロジーの逆輸入。 日本勢は円成塔、小川一水、菊池秀行、飛浩隆、伊藤計劃の4編。 海外勢は、大御所のブルース・スターリングから新鋭まで8編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
海外から日本に輸入されたSFは、独自で洗練された発展をとげたものの、 言語の壁もあって英米にはあまり知られていなかったが、漫画、アニメなどの海外進出のトレンドもあって、 小説作品もハイカソルなどが近年精力的に紹介を進めていてそれなりに認知は高まっていたようだ。 本書は、その一つの成果ともいえるアンソロジーで、特に、円成塔、小川一水、菊池秀行の作品は、 このアンソロジーのために書き下ろされたもので、初出が英語という点も意義深い。 海外のレビューをざっと拾い読みしても概ね好評で、日本の片隅のSF読者としてうれしい限り。 ただ、海外勢の作品の日本人像はやっぱりまだステロタイプな感じだね。
天冥の標Ⅲ アウレーリア一統 著: 小川一水
ハヤカワ文庫 2010年, 880円, ISBN978-4-15-031003-5
23世紀。人類は太陽系に進出し、多様な国家・企業・家族が広大な空間で活動している。 その中でも、厳格な宗教的階級制を敷くノイジーラントは、自由独立の気風が強く、 ラディカルな人体改造で真空に適応した《酸素いらず》と呼ばれる人々の国で、 宇宙における戦力の提供や海賊討伐を生業としている。 そのノイジーラントの誇る強襲砲艦の一つ、エスレルの艦長アダムスは、少女と見まがう美貌の若者で、 有力な家系のアウレーリア一統を率いる主教でもあった。 そんな彼に、小惑星エウレカの救世群を海賊が襲ったと一報が入る。 いまだ危険な感染力と致死性を保つ冥王班患者の共同体である救世群、辺境の地に追いやられ経済的にも貧しい彼らを襲ったのは、 近年、海賊のネットワークを作り上げ、その中心となったと噂される正体不明の勢力だった。 どうやら、60年前に発見されそのまま行方不明になった謎の動力炉に関する、 救世群が手に入れた真偽も定かでないレポートが奪われたようだ。 もとより追い求めている敵であり、レポートが本当なら太陽系の勢力図を一変しかねない動力炉を探すため、 アダムスはその海賊ナインテールの捜索を始める。 しかし、姿を現さず、予想もつかない攻撃を直接・間接に仕掛けてくる海賊にアダムズたちは翻弄される。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
シリーズ3作目は、スペースオペラ。しかもかなりストレートで、アニメ化されそうな。 派手で、きらびやかで、実は熱血。 海賊が変則的な攻撃をしてくるのが分かっているのに、それに対する構えをせずに、 されたら驚くだけのノイジーラント勢の純情ぶりはいくらなんでも、だが。 当然、シリーズ2作目の過去と、 1作目の未来をつなぐ位置づけでもあって、 全体としての世界観の一端がさらに明かされてくる。
イカした言葉 「死んだな。だから次は、あんたが彼になれ」(p393)
August, 2012
ベヒモス クラーケンと潜水艦  (原題: Behemoth) 著: スコット・ウエスターフェルド (Scott Westerfeld) / 訳: 小林美幸
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 2012年(原典2010), 1600円, ISBN978-4-15-335004-5 ローカス賞受賞のスチームパンク冒険譚〈リヴァイアサン〉シリーズ第二部
『リヴァイアサン』の続編。 英空軍の巨大飛行獣リヴァイアサンはついにオスマントルコ帝国の首都イスタンブールに到着した。 しかしトルコは既にクランカー陣営としてドイツとの連携を強化しつつあり、皇帝に対する外交工作は失敗する。 そして、ドイツ軍の追手から逃れるために図らずもリヴァイアサンで共闘していたオーストリア公子のアレックは、 本来は敵陣営の英軍に拘束されることをおそれ数名の家臣とともに飛行獣から逃亡する。 彼らはイスタンブールの街に隠れ、そこで帝政打倒を目論む革命家たちと出会う。 一方、性別を偽り士官候補生としてリヴァイアサンに搭乗しているデリンは、極秘任務を与えられ上陸するが、 帰還に失敗し敵地での潜伏を余儀なくされるも、アレックを手助けしようとわずかな手がかりから彼と合流しようとする。 やがて、リヴァイアサンを粉砕するドイツ軍の秘密兵器の存在を知ったアレックとデリンは、 リヴァイアサンを守るべく思い切った作戦に出る。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
前作に引き続き、熱く、面白い。もう細かいツッコミはいれない。 エキゾチックなデザインの機械が闊歩するイスタンブールでの活劇にも心躍るが、 アレックへの想いからどんどん乙女になっていくのに秘密を明かすことができないデリンのもどかしさと、 彼女を同性の親友と信じ心許しながら、本当の姿に気付けないアレックの鈍感さにヤキモキ。 さらに革命に情熱をささげるトルコ人一家の勝気な美少女まで現れて、彼らの関係に、もう、何というか、 じれったくて甘酸っぱい気分に。最終巻は、さらに東へ移動し、アジア・日本が舞台になるようだ。期待しよう。
イカした言葉 「いったい何をするつもりだ?」「なんかすげえ馬鹿なことだよ!」(p117)
NOVA8 責任編集: 大森望
河出文庫 2012年, 950円, ISBN978-4-309-41162-0
10編を収録する、日本SF短編書き下ろしアンソロジーの第8巻
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
山田正紀のハッタリが効きまくった「雲の中の少女」は、 大御所なのにあいかわらずのハイテンションだが、さすがにコケおどしがキツいかな。 作者の本職を考えるとありえないほどSF純度の高い、東浩紀の連載長篇「クリュセの魚」の完結編や、 飛浩隆の2編など硬質なSFも目を引くが、一方で、脱力系バカ作品も複数並んでいて、 ある意味バランスのとれたアンソロジーに仕上がっている。
ゴースト・ハント 著: H・R・ウェイクフィールド (H. Russell Wakefield) / 訳: 鈴木克昌 他
創元推理文庫 2012年, 1200円, ISBN978-4-488-57803-9 かれらは夜ベッドから急に起き上がり、庭を走って…… 川に身をなげました。
1920年代から1940年代に活躍したものの、その後はほぼ忘れられていた英国の怪奇小説作家の 日本初のオリジナル短編集。18編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★★
M・R・ジェイムズを筆頭とする英国怪奇小説の書き手のなかでも、 最後の名手と呼ばれた著者の作品群は、意外とモダンで趣向に富んだ、でも端正な幽霊譚の数々。 ところどころに顔をだす女性蔑視の文章が時代を感じさせるのだが、英国の古城を巡るような読後感。 『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を彷彿とさせる表題作と、 全てが消し飛ぶ結末に唖然とする『蜂の死』が面白かったかな。
年刊日本SF傑作選 拡張幻想 編: 大森望・日下三蔵
創元SF文庫 2012年, 1300円, ISBN978-4-488-73405-3 10年代日本SFの新しい波!!
日本人の精神を大きく揺るがした大震災と原発事故が発生し、小松左京が没した2011年。 日本SFにとって特別な年となったこの年に発表された日本SF短編の傑作17編に加え、 第3回創元SF短編賞受賞作1編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
SFは科学技術を能天気に信奉する文学ではないが、大震災と原発事故を前に、 このジャンルの書き手・読み手は、自分たちが築き上げたもの、蓄積してきたものの意味の再考を迫られることになった。 そして日本SF最大の立役者である小松左京が世を去った2011年は、大きな節目として記憶されることになるだろう。 これらを消化する試みも複数掲載されているが、本格的な動きはおそらくはまだこれからだ。 むしろ、顕著なのは2009年に夭折した伊藤計劃のトラウマだ。 彼以前・以後で日本SFを変えてしまった才能は未完成だったがゆえに、ある種の呪い・縛りとなっていたが、 そんな呪いは存在しないのだと喝破する神林長平「いま集合的無意識を、」や、 彼を直接乗り越えようとする伴名練「美亜羽へ贈る拳銃」は読み応えがあった。 しかしなんといっても、第3回創元SF短編賞受賞の理山貞二「〈すべての夢|果てる地で〉」が すごい。受賞後、かなり改稿したようだが、新人のレベルではない。本書中のベスト、つまり 2011年のベストと言ってもおかしくない出来栄え。
July, 2012
天冥の標Ⅱ 救世群 著: 小川一水
ハヤカワ文庫 2010年, 760円, ISBN978-4-15-030988-6
東南アジアのリゾート地を襲った謎の疫病の一報を受け、現地に向かった国立感染症研究所の医師、 児玉たちが目にしたのは、浜辺やホテルに累々と転がる疫病に爛れた罹患者の死体の山だった。 児玉たちの奮闘もむなしく、残った患者も次々と命を落としていくが、奇跡的に回復したわずかな生存者の中に、 日本人の女子高校生、千茅がいた。 有効な治療方法がないうえに、恐ろしい感染力と致死率を持つ〈冥王斑〉と呼ばれることになるこの疾病に世界は恐怖するが、 アウトブレイクの度に、ときに数万人の死者を出しながらも迅速な患者の隔離でギリギリこれを制圧してきた。 さらに、わずかな回復者も体内の残存ウイルスによる感染能を持つことがわかりその隔離も多大な社会的コストとなってくる。 一向に有効な治療薬が見つからない冥王斑への恐怖は、やがて、かれら生存者へのバッシングへと変わる。 千茅をリーダーとする回復者グループはよくその苦境に耐えるのだが...  そして、たまたま時をおなじくして、太古から人類の横で眠っていたある知性存在が目をさまし、 ひっそりと世界に紛れ込んでくる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★
『天冥の標Ⅰ』とはうって変わって 現代が舞台となる本作では、前作で提示された謎めいた言葉のいくつかの起源が明かされる。 単体の疫病パニックものとしても抜群の完成度なのだが、前作で暗示されるように、 この疾病とこれが社会に与える影響は、人類の文明の形そのものに大きな変化をもたらすことになるようだ。 疫病に恐怖するあまり回復者を〈穢れ〉として差別し、ときに物理的な危害を加える、 という本作に描かれる不合理で過剰な一部の社会的反応は、福島に対する現在進行形のものだが、 これを予言したわけではなく、新型インフルエンザ騒ぎやAIDSのときにもあったし、 さらには過去の公害病やハンセン氏病のときから変わらない社会のありようだ。
イカした言葉 「返事は、いい。どっちでもいい。あんたを未亡人にしたくないし、ノーなら聞きたくない」(p205)
ふたり、幸村 著: 山田正紀
徳間書店 2012年, 1900円, ISBN978-4-19-863400-1 「とてつもない物語が生まれた。この作品、すべてが過剰、すべてが豊穣。 奇想と幻想が彩る、偉業の戦国絵巻!」 文芸評論家 細谷正充氏、賞賛!
諏訪の真田家に仕える若者、雪王丸は身寄りも身分もないが、 なぜか戦国の世を代表する軍師たちに見込まれ、様々な試練を与えられる。 やがて、謀略に長けた当主、真田昌幸の養子となり幸村の名を受けた彼は、三男の信繁と共に行動するうちに、 不思議なことに人々から混同されるようになる(さらに後世では完全に同一人物と見なされてしまうのだが)。 そして、軍師たちの采配と謀略で動く戦国時代が終わり、天道をもって世を統べる徳川の時代が始まろうとするさなか、 運命を翻弄されながらも自分を貫く幸村は、戦国時代をカッコよく終わらせる役割を担うことになる。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★
歴史小説は守備範囲ではなくて、大阪城冬の陣・夏の陣の真田幸村の活躍とか真田十勇士とか 言われてもピンとこないので、話の内容にとやかくは言えない。 が、ときに視点を宇宙の規模に(と言ってもSF的なことではなく)引き上げて、歴史的事実というより、 講談で語られた真田幸村の新たな造形を目指す作者の試みは、この人の得意分野でもある伝奇小説の体裁だ。 これをマジックリアリズムと言っていいのかどうかはわからないが。
イカした言葉  「ひどいことをするなあ」「こんなひどいことをしてはいかんのではないか」(p149)
ボーンシェイカー ぜんまい仕掛けの都市 (原題: Boneshaker) 著: シェリー・プリースト (Cherie Priest) / 訳: 市田泉
ハヤカワ文庫SF 2012年(原典2009), 1100円, ISBN978-4-15-011852-5 NEO STEAM PUNK の最高傑作。
19世紀、ゴールドラッシュで栄える都市シアトルは、科学者ブルーが開発中だった 巨大掘削マシンの暴走による破壊と、その後地中から噴出した有毒ガスのために壊滅した。 吸えば即死するだけでなく、死体を生者を襲う〈腐れ人〉に変えるガスを防ぐため、 人々は突貫で厚く高い壁を築き上げ街を封鎖することに成功した。 それから15年。ブルーの年の離れた妻だったブライアと事故直後に生まれた息子のジークは、 壁の外側〈郊外〉で、人々の白い眼に耐えながら暮らしているが、 ジークは行方不明の父親が何をしようとしていたのか確かめようと壁の中に潜入する。 そしてそれに気づいたブライアは彼を連れ戻そうと後を追って街に入る。 誰も住めないはずの街には、しかし、かなりの数の人々が、地下やビルの奥などに作った、 ガスや〈腐れ人〉を締め出す密閉空間の中に暮らしていた。 彼らのコミュニティの力を借りながら、それぞれ街を行くブライアとジークだが、 やがて奇妙な発明品を供給することで街を牛耳る、ドクター・ミンネリヒトなる奇人の噂を聞きつける。 そして、ブライアとジークの存在は、街の均衡をぐらつかせ始める。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
ネオ・スチームパンクは、ブレイロックやジーターが興したスチームパンクとは連結していないらしく、 ムーブメントというよりは何か表層的なファッションという感じも受ける。 まあ、そういうことが悪いわけではなく面白ければ問題ないわけだが、 本作をネオ・スチームパンクの最高傑作とまで言ってジャンルの限界にしてしまうほど優れているわけではない。 面白くない、とは言わないが、本の厚さの割には人物・エピソードの掘り下げが少ないような。 映画の原作としてはちょうどいい感じで、その企画はあるそうだ。
イカした言葉 「母さんは殴られただけみたいだ。枕カバーが血まみれだけど、うちのじゃないからどうってことない。」(p525)