黒沢美香賛江

黒沢美香試論

桜井圭介

 黒沢美香の踊りを見るたびに強く感じるのは、そこに「快楽」と「禁欲」が同時に存在している、という驚きだ。その「対語」は「エクスタシー/ロゴス」「感覚/精神」「聖/俗」等々、言い換えは可能だが、あくまで「両極」が「同時」に存在している。
 この点から見て、N.Y.ジャドソン派、ポスト・モダンダンスの流れを汲む、いわば由緒正しきコンテンポラリーダンサー黒沢のダンスを特徴付ける「外観」の最たるものが、なぜか「ショーダンス」のボキャブラリー(より正確には「ストリッパー」のそれ)である、ということは一考に値する。
 「ショーダンス」(註) とは何か? たしかにそれは、タップやボールルームダンスをはじめ、バレエからオリエンタルダンスまでありとあらゆるダンスから流用された雑多なあれこれの寄せ集めに過ぎない。ただし、そこでは出自を問わずすべての「振り」が、性的な使用法を義務付けられる。つまり「セクシー」という身上のダンス。それはソフィスティケートされた形、暗示的な姿をとることが多いが、ストリップにおいては露わにされる。例えば、バレエ起源の180度の「開脚」もアクロバット起源の「ブリッジ」も、つまるところ「ご開帳」というものに到るわけだ。
 ところが、黒沢のダンスにおいては、あきらかに「ご開帳」モード(ムード)でそれらが存在するにもかかわらず、あまりにも正確に厳密に身体操作が行われるので、同時にアラベスクやグラン・バットマンあるいはロン・ド・ジャンブ・ア・テールが、つまりバレエの「パ」がどうしてもダブって見えてしまう。あるいは、両腕を上げ片脚を緩ませて斜め前に膝を突き出す。これもストリップによくある「挑発」の所作だが、黒沢の場合あまりにも俊敏・鋭利に行うので、やはりオリジンの「スペイン舞踊」が透かして見える。これは、どちらかが「表」でどちらかが「裏」という象徴関係にはなく、必ずや「二重写し」(体操の「平均台競技」=ストリップの「テーブルダンス」)になる。
 ところで、ショーダンスの振付の基本は音楽(カウント)に合わせての「ステップ」である。そして、曲のテンポに乗って身体のあらゆる部分でカウントを取ること。腰で、腹で、胸で、肘で、肩で。まさに「芸術ダンス」が常に敵視してきたのが、この「音楽への従順」である。舞踊批評においても「振付がそんなにベッタリと音にくっついてはダメだ、ショーダンスじゃあるまいし!」という(ほとんど「そんなにベッタリと男にくっついてはダメだ、商売女じゃあるまいし!」といったニュアンスの差別的な)物言いがなされてきた。
 確かに、それが単にクネクネポーズをカウント=「イチ、ニ、サン、シ」に張り付けただけのものだとしたら、某共和国リズム体操と似たようなものに過ぎないことになる。だが、例えば「腰(ヒップ)でカウントを取る」と言っても色んな「腰の振り方」があるだろう。クイクイっと突き出すようにするのとユサユサと揺するのではニュアンスがまるで違う。つまりそこには(基準=カウントに対してどれくらい突っ込むか/モタるかによって決定される)微妙な「グルーヴ」の差異が存在するのだ。音楽において「グルーヴ」を生むオフビートやモタりは、あくまで一定のビート(ドラムのリズムパターンやベースラインの上に)に「ノる」ことを前提とする。同様に、ショーダンサーが踊るとき、カウント(音楽)はそこを通っていくことによってのみ快楽的なポイント=グルーヴを見つけることが可能になる「レール」のようなものなのだ。
 ただ、黒沢の場合、その快楽ポイントの精査が尋常な細かさではなく、針の穴ほどの隙間を見つけてステップを置く。その結果、見ているこちらも「うっ、ソコ、効く!」という超快感なツボを押されると同時に、険しい「芸の道」を精進する求道者としての厳しく凛とした姿に思わず襟を正す、ということになる。ここでも「快楽」と「禁欲」の「二重写し」だ。
 その「両極」のどちらかにおいて傑出したダンサー、厳格で精神的(ストイック)な舞い手、エクスタシーが堰を切って氾濫する踊り子、ならば(ごく少数とはいえ)存在するだろう。だが、黒沢においては両極が常に「同居」している。そしてそれは決して、交互に現れる「二面性」といったものではなく、極度の禁欲を経た後に獲得される途方もない快楽、一千回のセックスの末に到達する高次の精神性、というような時間的な前後関係(弁証法)でもなく、あくまでも「快楽的かつ禁欲的」という相即的なものなのだ。いわば、四世井上八千代とジプシー・ローズ・リー(知らないけど)が同じ身体、同じ踊りに存在する、それが黒沢美香。凄いことだ。
(2003.2)


※本稿は『CUT IN』紙2003年3月号に掲載されたものに若干の修正を加えたものです。

copyright (C) by Keisuke Sakurai


(註)「ショーダンス」、文字通り「ショー」で踊られるダンスだが、「ショー」自体のスタンダードはアメリカのボードヴィル、フランスのレヴューと言えよう。日本でもかつては、日劇ミュージックホールや浅草国際劇場(SKD)のショー、ラテンクォーター、ミカドといったナイトクラブをはじめ全国津々浦々のキャバレーで、そして「夢で会いましょう」等のTVショーや歌番組の歌のバックでも踊られた。ストリップもフーゾクというより娯楽産業の一部に組み入れられており、なかでもフランス座は「演芸の殿堂」として有名。今日では、かなり薄まった形ではあるが、タカラヅカのレヴュー(第2部)と小柳ルミ子のショー、ショー・パブ、ストリップ劇場でのダンスにそのスタイルは残っている。
■ 黒沢美香に関してこれまでに書いた
以下の拙稿も参照されたい。

「ダンス☆ショー/黒沢美香&Dancers」
「無為ということ/『偶然の果実』
「バカ万歳/黒沢美香『薔薇の人・Roll』他」
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