アクチュアリーはあまり知られていない職業ですが、それでもごくまれに小説等の物語の中に登場することがあります。
ここでは、そんなアクチュアリーをとりあげてみました。
ただし、経済小説ではおもしろくないので(というより、私がそんなの読まないのと、そのジャンルでも多分あまり出てこない)、
エンターテインメント系に限ります。
ジャンルは… 非常に偏ってますね。
ハーレクインロマンスで、ヒロインの相手役としてアクチュアリーが出ているというような情報ありませんか?
ジャック・ニコルソンがアクチュアリーを演じる、人生の悲哀と喜びを描いたヒューマン・コメディ。
アカデミー賞こそ逃したものの、その演技は高く評価されました。
彼が演じるのは生命保険会社を定年退職したアクチュアリー。後任の若造は自分をないがしろにするし、
退職直後に長年連れ添ってきた伴侶に先立たれ、離れて暮らす娘はどこの馬の骨ともしれない男と結婚するということで、
社会から求められているという実感を喪失するのですが、娘の結婚式に向かう旅の途中での出会い、
娘の結婚相手の家族との出会いを通じて、新しい生き方・考え方に目覚めていきます。
そこで描かれているアクチュアリーの姿が、「数学オタクで、人付き合いができなくて、ヘンな髪型で」ということで
米国のアクチュアリー会(SOA)が抗議していたのですが、どうもある種のお約束のようで、
あまり真面目に怒っているようには見えませんでした。
実際、生真面目で不器用程度のキャラクター設定なのですが、
面白いな、と感じたのは主人公が自らの境遇 — 66歳の無職のヤモメ — から
自分の余命を9年と計算して残された人生の寂寥を想うシーンです。アクチュアリーならではの描写ですよね。
ちなみに、原作では主人公の職業は弁護士です。
映画の中にはたまに、本筋には関係なくても、登場人物がアクチュアリーの設定だったりすることがあります。 私が観た映画の中で気づいたもので、映画鑑賞記録との連動です。
この小説ではアクチュアリーが主役で登場します。といっても、連続殺人犯なのですが、何しろ主役なので。
アクチュアリー("保険計数士"と訳されてます)であることは犯人の動機というかそうなったいきさつとは関係なく、
そのあたりは普通のサイコサスペンスです。
ただ、面白いのは、犯人を追う側の主人公が、犯人の勤務する保険会社に聞き込みにいったときに、
アクチュアリーの上司と話をするんですが、こいつが本当にハナにつく男で、そのやり取りを読むだけでも面白いでしょう。
曰く、
「ほかのどこへ行ってもスーツとネクタイをはずした管理職なんてお目にかかれませんよ」
(着たきり雀のカーディガンを誇らしげに)
「...頭脳と言ったほうが比喩としては適切でしょう。わたしたちがいなくなれば、保険産業は手探りでやるしかなくなるのです。」
ヤな勘違いヤローですねぇ。こんなのと一緒にはしてほしくないです。
でも、イメージは実際こんな感じなのかも。
ホラーファンには有名な小説です。第4回日本ホラー小説大賞受賞作にして、
映画化もされてます(大竹しのぶ、こわかったですねぇ)。
作者は保険会社勤務の経験があり、小説中で語られる保険会社の業務はかなりリアルで、保険会社の人間にはより怖い小説です。
そんなことやられちゃたまんないよな、と。そういえば、和歌山の事件の時にも話題になりましたね。
さて、この小説には、アクチュアリーが登場するわけではないんですが、
理学部出身で財務部門勤務後、支社で支払査定を担当している主人公が、
数学科を出ていればアクチュアリーになれてたのに、と語る個所があります。
ただし、そういう仕事が好きなのか聞かれて、「いや。全然」と答えてますが。
SFです。この小説にはアクチュアリーが出てくるわけではありません。
が、保険数理に携わるものとしては多少考えさせられる小説ですので取り上げてみました。
(このサイトに載せる作品があまりにも少ないから、というのもありますが)
ソウヤーの作品はわかりやすい(ここではホメ言葉です)ので、SFなんか読んだことない、という人にもお勧めできます。
私の知る限り、遺伝子情報による保険契約の審査の是非をメインテーマの一つに据えた唯一の小説です。
ハンチントン舞踏病等の遺伝病を保険会社・保険契約者の両サイドとしてどう考えるかという問題が、
かなり突っ込んで、そしてわかりやすく展開されています。
ナチスの優生学的思想や人類の進化についても絡めた、スリリングなSFミステリです。
ただ、やっぱり保険会社にいるアクチュアリーとしては、この結論もキツいなという感想になりますね。
ヘンテコとしか言いようのないスラプスティックSF短編です。宇宙人に捕まったアクチュアリーが、 数学的パラドックスやパズルが現実となる狂った世界でドタバタする話です。 まあ、説明などしようにもできないヘンな小説なのは、スラデックだから仕方がないんですけれど。 やはり欧米ではアクチュアリーは日本より断然メジャーな職業のようで、 例えばSFマガジンに掲載される翻訳SF短編でも、3年に一回くらいはアクチュアリーが出てきますね。
アクチュアリーが何らかの役割を果たすわけじゃなくても、ちょっとした一文に出てくることがあります。 そんなのも紹介してみましょう。 基本的には、読書録との連動なので、書籍情報はそちらを参照のこと。
タイトルどおりの作品です。原作者の名前を聞いてピンと来る人以外にはあまりお勧めしません。
死体が動いたりしますから。
アクチュアリーが登場するのは第4話「九月の雨」(1巻収録)。
生命保険会社の保険数理課で働くアクチュアリーの男が、一見無意味な因子(イニシャルとか月齢とか)
の組合せから正確な事故発生確率を導く手法を発見し、これを悪用して多額の保険金の取得を目論むというストーリーです。
意外とリアルなのは、彼が狙うのは損害保険の保険金ということ。
自分の会社には損害を与えず、徹底的に陰に隠れるための方策なんでしょう。
数秘術的な確率操作に基づき人の生死を操るアクチュアリーというのは、 アクチュアリーの存在とその職能をそれなりに知った上でなければ出来ない奇想で、 博覧強記の大塚英志氏ならではですね。
これもまた「黒い」作品です。山本英夫といえば『のぞき屋』『殺し屋イチ』など、 人の心の地下室を容赦なく暴き立てる過激なマンガで知られる作家です。 主人公は、新宿の公園前に駐めた車の中で暮らす若いホームレス・名越。 虚言癖があり謎の多い彼は、ある医学実験を受けたことから、人の抱えるオブセッションや業が奇怪な姿として 視えるようになってしまう、という話です。 その主人公が、かつて生保のアクチュアリーだった、と語るのが第6巻。 「自分」の所在に迷う彼が、ホームレス仲間に対して自分の素性を明かし、 仲間の「命の値段」を算出しようとする場面が出てきます。 しかし、その前後で描かれるのは、外資系「銀行」のエリート行員として働いていた名越の姿であり、 また、彼が語る際に見せるクセから、この話がウソであることが分かるのですが。
本稿とは関係なく読んでいた物語に、突然「アクチュアリー」という言葉がでて来てビックリです。
正月特番のバラエティですね。フジテレビのHPをそのまま引用してみましょう(ちょっとした誤字はありますが)。
将来への不安、人生への不安、と世の中心配事ばかりが増えている。 こんな悩みに少しでも安心を与えてくれるのが「保険」。 今では「かけられない保険はない!」というほど、保険はあらゆるものに かけられている。 不安のあるところに保険あり!不安を保険で解消!
実は、“人の人生は生まれたときにある程度決まっている…!?”怖い話だが、 人生で何か起こりうる確率こそが保険のシステム。アクチュアリーと呼ばれる プロフェッショナル集団が、膨大なデータをもとに統計学が算出した可能性の確率に より保険は成立している。この番組は、そのアクチュアリーが持つ膨大なデータを もとに、あらゆる悩みを保険で解消する“保険シミュレーションバラエティ”。
とある保険会社・お台場ソンポのおせっかいアクチュアリー(マギー)が 膨大なデータをもとに、あらゆる検証方法ではじき出した確立により、 ゲストの悩みを分析。所長(寺脇康文)と所長秘書(中野美奈子)が、 そのデータをもとに保険に勧誘。
お台場ソンポに訪れた客、高橋英樹や品川庄司の庄司智春は、 勝手にはじき出されたデータなどにより、将来ある重大なことが起きると言われる。 ムッとしながらも、ありとあらゆる数字を突きつけられると段々心配に…。 果たして庄司にはどんな保険が用意されたのか?
また、西川きよしや新婚の磯野貴理子たちに用意された、とんでもない保険とは…?
着眼点は面白いのですが、アクチュアリーがデータマンとして紹介されていたり、 リスクの見せ方が結局は『あるある大辞典』だったりで、あまり保険ぽくはありませんでした。 驚いたのは、坂本さんが出てたことで、 しかも、血液型とハゲの相関をとうとうと説明したりして、なにやってんですか、一体。