YS−11
YSな日々 〜奇行ログ


一番下へ



2015/12/26(土)
そのようなわけで「日本の輸送機コレクション」。新旧政府専用機やらにウハウハしつつ、さてさて肝心のYSはというと、海自のM/M-Aと空自のPは、 過去に出てた同シリーズとレジから同じ模様・・・・・いや海自の9044は無い様子。派手にやらかした最終号機だし、アレか。 結局YS的には空自50周年記念塗装の1158だけが新味だった模様。

2015/12/24(木)
エフトイズ「日本の輸送機コレクション」、忘れてた。改めて確認すると、10ヶ入箱の中身はランダムだそうで、ソイツを大人買いしたところで、お目当てがスカのおそれがある。 なんだよそれ・・・・・一気に冷めたところへ、開封済み9種コンプリートのセット、が目に止まり・・・。(ぉ

2015/12/23(水)
イカロスの「三菱航空機MRJ」確保。過去の「エアライン」記事からの再掲などあるのかどうかはよく判らないが、試作4号機が初号機と同じ塗装であることをやっと知った。 道理で数が合わないと思ったわけだ・・・・・これまでの経緯に、MRJへ至る歴史と、取り巻く環境等々が綴られて、まさに「今」をパッケージングしたような1冊。 後々見返す際により価値を持ちそうな、そんな。当然ながらYSの物語も避けては通れず、相応なページが割かれている。 ◆初飛行にからめて登場するようでしてないように思われた前間孝則氏、ここに寄稿されてた。YSの顛末からその後遺症、米国の「下請け」に甘んじる業界への嘆きや、 MRJへの期待と、マネジメントの甘さへの苦言も記してきた同氏だが、良い意味での冷め加減で、内容的にはその延長にあると言えようか。 氏のフィールドの多くを占めるであろう産業史の世界では、主に過去へ遡っての物語を扱うことになるが、リアルタイムに「今」を綴り、未来から読まれる記録を、 氏には是非に、残し見届けて頂きたいところで。 ◆今上陛下におかれては、今年の出来事の中でMRJの初飛行に、羽田へ飛来した開発中のYSの姿を重ねていらした由。やはりそうなるのかな。

2015/12/11(金)
FlyTeam、(独)評価制度委員会での科博の量産初号機についての、査定(?)の記事。10月のお話らしいが、その価値は大いに認めつつ、 更なる活用を促すものであった由。同独法の資料に当たると、¥7〜8M/年の維持費に対して、H.23年以降・・・・・公開を始めたのはその前年から・・・・・ の公開の機会と動員数が入っていて、これっぽっちですかと言いたげな雰囲気。 ◆そもそも、退役後は今の国際線ターミナル付近にあったJALのハンガー、そこを追われて旧整備場地区のANAのハンガーへ・・・・・ 転がせない箇所があったため吊って”飛んだ”・・・・・移り、そこも取り壊さることになって現在は由緒ある旧〜いハンガーに収まっているものの、 ANAにいた頃まではほぼ”知る人ぞ知る”存在だった。 ◆そこへかの「事業仕分け」である。やる気満々の仕分け人に「もっと広く国民に見てもらわないと勿体無い!」とか言われて、2010年の夏にまずはハンガー内の限定公開、 そしてその年・・・・・国際線ターミナル開業直前・・・・・から、空の日イベントに顔を出すようになった、という経緯がある。あの時仕分け人に言われたことが、 またここで言われてる格好なわけで。 ◆つまりそれは、その間の取り組みへの評価、ということでも、ある・・・・・最初の年から見て来た目には、年々惰性的に映っていたのも事実ではあったが、 しかし何をするにも経費は確実に掛かるワケで、無料の公開であれこれ求めるのも、酷というものではあり・・・・・航空博物館構想が実現すれば、 話も変わってくるのだろうけども、今はそれが前提に入りそうな状況でもなく。


2015/11/30(月)
MRJがらみで「エアライン」確保。今号より横書きに変わっていて一瞬MOOKかと思ったが、今月発売分の中ではMRJにページを割いてる方。 当然ながらというか、YSの初飛行の模様も少し入る。あの当時のことは全く判らないが、MRJを透かして追体験するようなところもあって、 しかし今度は三舵問題のようなことで梃子摺ることなきよう、祈るばかりであり・・・・・でやはり、来月MOOKが出る由。 これまで初号機ロールアウトに至るまでの、いくつかのタイミングで大きく扱ってきた同誌だが、ここらの区切りで一旦纏めて頂けるのはあり難い。 「MRJ前史」としてのYSの物語も、恐らくはと・・・。

2015/11/22(日)
航空雑誌物色。MJの名の頃より「YS−11以来の」なる枕詞が入るMRJであったが、同じ小牧ということもあってか、 その初飛行においてもYSとの因縁が絡められるところで、まずは割いたページが多く、US−1A最後の重整備の記事にも惹かれて、 「航空ファン」を確保・・・・・もうそこまで来てたかUS−1A。

2015/11/12(木)
で結局3本分が1枚に入って二束三文だった「永遠の翼 YS−11 WINGS FOREVER」が手許に・・・・・こりゃ「寝落ち」で観るのに好都合、 と布団に入って観ていると、寝落ちどころか昂り・・・・・までは想定内だったが、その映像の丁寧な作りといい、ダートの音といい、窓から臨むプロペラ越しの風景、 三浦半島に駿河湾、大型機に交じっての羽田、見覚えのあるポプラと雪化粧の丘珠・・・・・在りし日の、それがフツーの日常だった頃の記憶に、 泣いてしまいましたがな。

2015/11/11(水)
飛んだ。MRJ。同じ小牧で、YS初号機から53年ぶり。報道では「11並びの日に」とその因縁を絡めるが、 朝駅ナカのコンビニのPOPの「ポッキー&プリッツの日」に上書きされて、そのコトを忘れていたというこの我ながらの鈍さよ。 ◆YSの初飛行は全然「11」の日ではなかったが、さらに遡って57年前の12/11、 日飛でのモックアップお披露目は「横浜(Y)杉田(S)で11日に会いましょう」とやったくらいだから、やっぱりそういうの、 好きなんだろか・・・・・尤もこれも後付けだったようだし、今日のMRJにしても天候やらの条件を考えてのことだったのだろうけど。

2015/11/10(火)
エアロラボのN462AL、週末の高松空港のイベントではエンジンは回すとのことだったが、それに留まらず滑走路も走ってきたらしい。 むむむむむ・・・・・高松空港も、なかなかやるじゃん。

2015/11/8(日)
先日の「あの人に会いたい」から、そういえば木村秀政の肉声の収まったCDがあったナ、と「永遠の翼 YS−11 WINGS FOREVER」を引っ張り出す。 あれはANK機が退役した頃だったか、DVD3枚とCD2枚、結構奮発したような気がする・・・・・CDの音源は発出がLPらしく、木村秀政インタビューと、 添乗録音を交えた、パイロットによるエンジン始動からタキシング、離陸、アプローチ、着陸、エンジン停止といったそれぞれの手順の解説、 それと地上でのいくつかの生録、で1枚。もう1枚は「台風飛行」で、台風に挑むJACの離島便のドキュメンタリーだが、音効の感じでラジオドラマのようでもある。 ◆2枚ともデータに落として出先で聴こう、と音楽ソフトで取り込んで、ジャケット写真が無いなとネットで検索かけていると、手許のと違う絵柄のが沢山ヒットした。 タイトルは同じく「永遠の翼 YS−11 WINGS FOREVER」。2008年に出ていたらしい・・・・・見落としていたハズがないから多分、 5枚組と同じだから要らないやとスルーして、そのまま忘れてしまっていたのかもしれない。実際収録の尺が「135分」とあり、 かつての3本・・・・・官庁編、ANK編、JAC編で元々はVHSで初出・・・・・がそれぞれ45分だったから、符合する。 で、7年も経っててか新品にして二束三文で投げ売りされており・・・・・ふーむ、1枚にしておくのは楽だな、5枚組は紙パッケージで気を遣うし・・・。(ぉ

2015/11/5(木)
そこに居合わせながら、エアロラボもじっとはしていないだろうと思ってはいたが、11/7の高松空港のイベントでグッズ販売やエンジンのデモを行う由。 行き掛かり上折角なので、という側面は大いにあったろうが、航空イベントに活かす等々と示された将来像へ、近付いてるとも言えて。

2015/11/4(水)
全日空商事よ・・・・・ANA3代のフラップダウンのシリーズ、塗装とレジそのままに、滑走路の板切れの代わりに木製スタンド付と。 板切れ不評だったか(笑)・・・・・それよか2年半ばかし閊えてる分、どうすんの。

2015/11/3(火)
入間航空祭。ピーカンである。昨年に味を占めて稲荷山門に回ってみたが、ゲート前がギッチギチ・・・・・直に荷物チェック待ちと判り、 その先は踏切までずんずん進めた・・・・・で、そこに櫓があって軽妙に喋るは「DJ自衛官」って・・・・・このベタさ加減が、自衛隊クオリティー。 ◆結局YSの離陸には間に合わづ、地上展示のYSと絡めてみたかった、ミス航空祭のパレードにも間に合わづ・・・・・かつてであれば、 ブルーの列線の前に陣取るつもりでなきゃ余裕のよっちゃんだったのだが、セキュリティ・チェックが加わったのと、出番がトップになってしまってるのが、キツイ。 で、いよいよ飛行展示となって、パチリ、パチリ・・・・・大体毎年撮り方がパターン化してしまい、いかんいかんとは思いつつも、半ば撮り直し、 前に撮ったのより出来が良ければめっけもの、的なトコロではあり・・・・・たーだ今年はカメラ本体も望遠レンズも新調したので、そこいらへんの期待はありつつ。 いつもの感じの展示飛行と、いつもの感じの地上展示と、いつもの感じの遠くに見えたEA/EBと。

2015/11/2(月)
あらっ、HDDレコーダーに入ってますがな、先週の「あの人に会いたい」。「YS−11」のキーワードで引っ掛かってたらしい・・・・・ありがたや(涙)。


2015/10/31(土)
出掛けに点けっ放しのテレビでNHKの「あの人に会いたい」が始まり、点けっ放しにしてただけだから特に気にも留めずにいたら、聖火輸送云々、 と聞こえたのでそちらを見やれば、おおっと前回の東京五輪の時の、YS−11でわないの・・・・・YS−11が日本へ運んできた、 ような風にナレーションが聞こえた気がするが、運んだの国内だけですからNHKサン。 ◆でコレ、なんと木村秀政の回。ひぇぇぇぇ再放送は無いのかとNHKサイトを当たるも、予定は一切無い由(沈)。ライト兄弟の初飛行の年に生まれ、 東京帝大の航空学科で堀越二郎や土井武夫と共に云々、というところから、航研機、敗戦と航空禁止、 そして輸送機設計研究協会・・・・・とこの辺りは「プロジェクトX」のトレースとも言える流れだが、そのプロXやニュース記録の映像の数々・・・・・くぅぅぅ。 何よりもご本人のインタビュー映像、その肉声が貴重であって・・・・・そういえばインタビューは、CDになってるのがありましたな。 ◆そのような次第で、終わるまでテレビの前で足止めを食ってしまい。再放送、なんとかならんかなあ・・・。

2015/10/13(土)
エフトイズの食玩、「日本の輸送機コレクション」てのが出ますか。現政府専用機に次の777のそれ、空自と海自のC−130に、空自と陸自のCH−47、 そしてそしてYS−11の、海自のMと空自のP、空自には50周年記念塗装も加わって全9種。むぅぅ大人買い発動かこれわ。

2015/10/3(土)
羽田の空の日イベント。今年はターミナルの催しと旧整備場地区のそれとで日程が分かれ、後者については大田区のイベントの一部のようになりつつあり。 午前中眼科で瞳孔全開にされて、サングラスしてもまだ眩しいわフレア出まくるわで難儀しつつ、天空橋駅を上へ上がれば、 まず大田区のイベント会場は環八を挟んで昨年から移動して、モノレール駅のすぐ後で開かれてる。 ◆まずは本題である。今年も出て来た国立科学博物館所蔵YS−11量産初号機JA8610の他には、 航空機は海保のQ300「みずなぎ」がいるだけでややお寂しかったが、YSさえ見られればという人間には、この晴天と、良い塩梅ののんびりムードがあり難い。 まず金網越しに外からパチリ。入口で受け取った入場証を首から提げて、張り切るうみまるを撮ったりしながら奥へと進む。J:COMの取材クルーが来てる。 コスプレ軍団がやたらと目に付くのだが隣のイベントから流れて来たか。 ◆昨年のYSは櫓を設けてハイアングルから見ることも出来たが、今年はオーソドックスに柵越しに眺めるのみ。とはいえ少し角度を変えて据えてられており、 昨年とちょっと違う感じではある。パチリパチリとやっていると、お客と係の人がJAレジ機・・・・・つまり自衛隊機以外・・・・・の退役の経緯について話してる。 お客の方は「アメリカが潰したんだろう」と言い張るのだが、製造中止の段ならともかく、TCAS義務化がらみでの老朽機退役の文脈には無理がある。 ◆アレですよね、国交省的にはエアラインに義務付けた手前、自分とこだけ飛ばすのも具合が悪かったんでしょう、TCAS搭載の改造費も馬鹿にならないし、 先の見えた旧式機にそんな投資するなら新しいの買っちゃいましょうって流れでしょう・・・・・みたいな感じで加わっていると、 なんでもエアロラボが機体本体と一緒にトーバーを持って行った・・・・・譲渡目録の「一式」に入っていたのだろう・・・・・らしく、 今回格納庫から引っ張り出すのに空自の入間基地から借りたらしい(笑)・・・・・ナルホド「2輸空 検査隊 73格」とバーに読める。 何故かYS−11FCの説明ボードが掲げられてる、そのワケが判った。その説明文にもしっかり、トーバー借用の旨が書かれてる(笑)。 国交省と防衛省、役所は違えどそれぞれに、飛行検査という同様な務めのYS同士、これも縁ではありますな。 ◆そのJCABもセントレアに越してしまったので、このYSの役割や飛行検査業務に通じた人が傍にいなくなってしまった由。そういえばそうだ。 今年の展示機もJCAB機がいないし・・・・・これでもかと並べて来た頃も、あったのだ。JA8610の保存状況などを訊いていると、 格納庫に大事に仕舞われる本機と違って、という文脈で成田の試作初号機JA8611について「鉄道文化むらのように」・・・・・ってオイ、 その例えは普通に通じるのか?? こちとら鉄っ気出した覚えもない。 ◆暫く眺めた後、食べ物の物色がてら隣の大田区イベントを覘くと、お、あったあったHASMのブース・・・・・実機のいる所から離れてしまったな。 で、下田信夫氏のJA8610のイラスト入り缶バッジ、売ってる。これは1口¥300ナリの寄付で貰えるもので、3口寄付するから3ケ下さい、 というのもちと厚かましいような気がしていたが、ここでは¥300で「売ってる」形なので、心理的に求めやすい・・・・・というわけで3ケ所望。 珍しいヤツだな的な気配が感じられぬでもなかったが、いやいやだって下田信夫氏のイラストが良いのだもの・・・・・そういう素朴なニーズというのもあるわけで、 ¥500でもいいから普通に売れば良いのに。

2015/10/2(金)
ジェミニジェット空自40周年記念1/200確保。ときにアナウンスがあってからが長い全日空商事の方は、たまに連絡が来たかと思えば、発売予定日変更のお知らせ。 丘珠のフラップダウンのは8月予定が9月に延び、11月に延び、感触からすると年内も怪しそうなものだが、そうこうするうち海自退役記念の12月も迫ってて、 ひょっとするとこっちが先になるかという気がしなくもなく。


2015/9/19(土)
「横田基地日米友好祭」。これまで知らなかったりタイミングが悪かったりで一度も行ったことがなかったが、今年はこんな時期かと思っていたところへ、 や氏が声かけてくれたので行ってみることにした。コンデジだけ持って飲み食いする程度のつもりでいたら、空自からはYS−11も展示するという。 なんだおいおい・・・・・というわけで、便利ズームながら一眼レフを持って行くことに。 ◆牛浜駅から・・・・・えっこんなに便利だったんかい・・・・・歩いて行くと、混んでもおらずすんなり入れた。飛行展示が殆ど無いというせいもあったろうが、 それでも人出はそれなりにあって、しかし厚木と違って行列が延々続くでもなく、全員に身分証提示を求めるでもなく、なんだこの緩い感じは・・・・・いやこれは、余裕か。 ◆エプロン目指して進んで行き、そのテントに囲まれた広場の向うに、をを、をを。いるいるいるいる・・・・・そしていきなし、YS−11P、しかも1152!  先週乗ったまさにその機体。一週間の御無沙汰デス・・・・・入間のFCか、まさかEA/EBは無いだろうとは思っていたが、いやいや遥々美保からおいでなすったか。 入間航空祭にも随分長いこと顔を出してなかったから、美保以外でこうして拝むのは本当に、久しぶりで。 「先週乗せて頂きました!」「お、おう・・・」・・・・・これが最後かもしれず、という念が常に付き纏う昨今にあっての、図らずもの再会。 ◆これまたわざわざ韓国から飛んできたA−10の、手練れ感満点な凄味やら、そこそこプレミア感も薄れてきたオスプレイやら。ギャラクシーの不在が残念だったが、 煙吐いただけで終わった風なドラッグレーサーだの、ブルーJr.も足元に及ばない白バイ隊の演技だの、肉食ってビール飲んで、変な日本語の看板見て、 入間航空祭あたりとはまるで違う時間の流れ方に、ダラーっとこりゃええわと。 ◆なんだーかんだーと結局夕暮れまで居付いてしまい、雲が増えたとはいえ若干染まった西の空に、シルエット気味のYS−11Pを絡めてみたり。 人も疎らになってきたところで、思いの外のめっけもの気分で、ぱちり、ぱちりと。来年も来てくれるだろうか。

2015/9/16(水)
またジェミニジェットかと思えば、空自40周年記念、今度は1/200。うーむむむ・・・・・1/200に絞るかなもう。

2015/9/15(火)
ジェミニジェットから久々1/400、なんと空自40周年記念の、あのレインボーカラー・・・・・もう20年も前になるが、ナニユエに、今。 昔ぁ〜し、1/100のが出ていて手許にあったりもするのだが、うーむさてさて。

2015/9/13(日)
まさかね。旅客機として退く直前のJAC機に乗ったのが、
丁度9年前 のことだった。これが最後、とその時には信じていたが、ここに来て再び、その機会が訪れよ・・・・・ 全文


2015/8/9(日)
TBSよ、テニアン離陸するB29の映像に当ててる音、ダートサウンドじゃあるまいな。

2015/8/7(金)
封書が届く。「ご案内 (美保基地体験搭乗について)」・・・ぬおおおお!! 昨年に続き見に行こうと思ってはいたのだったが、もう台風とかそういうのだけは勘弁。


2015/7/25(土)
迂闊にも見落としていた、エアロラボのアナウンス、7/20付のFB。それによると売却の噂があるようで、それを否定している。当初このプロジェクトが、 再飛行するまで、を区切りとするような表現だったので、穿って見れば一度飛ばして終わり、という含みがあるようにも、見えなくはなかったが・・・。 ◆しかし今回のアナウンスによれば、 「一度アメリカにフライトしアビオニクスなどを旧式の物から取り替えるなどして正式なアメリカ連邦航空局の耐空証明を取得し、今年中には日本国内へ飛行」 といった由で、やる気満々な風。ただ当然ながら元手のかかる話ではあり、そのあたりのアイデアも募集らしく。今の高松に置いておくだけでも費用は発生し、 月極駐車場並じゃないだろうし、ホテル住まいくらいのものなのか、そのへんの相場観はサッパリだが、羽田の頃はさぞや・・・・・一方、モノさえ押さえれば後は何とかなる、 というのは様々な保存活動の真実でもあって、走りながら考える、という部分は避けられないとは思う。

2015/7/21(火)
鉄雑誌とヒコ雑誌をチェック。おっ、美保の62−1153退役セレモニーの記事。外されていたプロペラをわざわざまた取り付けて、 送り出した由・・・・・昨年9月の目撃から外しっ放しだったかは不明。鮮やかな機体は、最後の化粧直しをしたのかもしれない。 ◆空自初の退役・・・・・だよな。そうだったよな。不肖・宮嶋の写真集のアレ・・・・・3月に入間のFC、62−1154用途廃止・・・・・は、なんなのだろ。 休車と廃車の違いみたいなハナシなのか。

2015/7/19(日)
書店をうろついてて、不肖・宮嶋の「SCRAMBLE!」が目に止まり。空自60周年記念写真集。そういえば文春のグラビアに出てたナ、とパラパラ捲りつつ、 もしやアレはと期待半分・・・・・ををっ、入間のFC出たぁぁ! 62−1154。だがキャプションには、2015年3月で用途廃止となった云々・・・・・え゛ー。 これでFCも2機、Pが1機減って3機ほどと思われたから、これにエアロラボ機を併せると、現役のダートエンジン機は6機前後・・・・・勢力としては、 超少数派のスーパーYSと拮抗するところまで来たのか、もう。

2015/7/18(土)
「サマーフェスタ in 下総2015/オープンスクール」。以前はちびっこヤング大会・・・・・そこはかとなきこの自衛隊テイスト・・・・・と称した気がするがそれはさておき、 海自の下総基地ではいわゆる航空祭的な「開設記念行事」とは別に、より地域向けのスポーツ大会を兼ねた交流イベントが、大体この時期にある。 航空機はここのP−3Cの地上展示くらいのもので、飛来機があるでもなく、ヒコーキ見たいなら断然「開設記念行事」でしょうなという。 ◆だが、今年ばかりは、それだけではない・・・・・昨年の歳の瀬に退役した、厚木のラクダさんことYS−11M/M-Aが、こちらへフェリーされているのである。 そのままこの地で生涯を終えるものと思われ、以前金網の外から様子を窺ったことはあったが、その姿を見ること叶わず、そんな折の「サマーフェスタ」である。 退役から既に半年を過ぎ年度も跨いでいたが、まだいるのかどうかいずれにせよ、見届ける事は出来るかも知れぬ。 ◆鉄な用事を横浜駅で済ませつつ、首都高BからC2と走って現着。丁度始まるタイミングで駐車場へ入れ、いざ、エプロンへ・・・・・開放してる3つのハンガーは、 南側から第1、第2、第3会場とされていて、まずその第1を覘くと、P−3Cと、ここ名物のP−3Cミニ他の原チャリ部隊。これらをパチリパチリと収め、 さて第2会場は・・・・・ん、入口の隙間から日の丸と「海上自衛隊」のロゴが見える・・・・・この見覚えのあるカンジわ!? ◆いた。いた・・・・・もう逢えないものと思っていた(涙)。9043と9041が端で縦列駐車してる。「第2会場」はハンガー内一杯使って紙ヒコーキ教室が開かれていて、 2機のYSの横で切ったり貼ったりしたら、残りの半分以上あるスペースで飛ばしまくるという趣向。つまりYSはたまたまそこにいただけであって「展示」でもなんでもなく、 子供達もお構いなしに紙ヒコーキに興じているのだったが、そこに紛れて熱心にYSにカメラを向ける人も、チラホラと。無論その一人に加わっているわけだが。 まだ時間が早く、賑わいはこれからかといった具合で、お陰で撮るには撮り易く・・・・・一方、紙ヒコーキを飛ばすという事情から、ハンガーは出入口以外ほぼ閉め切りで、 汗がタラタラ垂れる垂れる。 ◆最後まで残っていたラクダさんは3機だったが、ここにいるのは9041と9043で、9042の姿は見えなかった。外にもいなかったので、 今日は公開していないハンガーにいるのか、或いは既に昇天してしまったか、或いは厚木に置き去り・・・・・さてどうだったか。9043はほぼ飛んで来たままの姿に見えたが、 9041は左エンジンが抜き取られていて、竹輪のようなナセルがなんとも侘しく。これはもう部品取りしながらの解体作業に違いなく、半年も時間があれば、 9042はやはり・・・・・また成田や所沢あたりの部品セールで、お目見えするのだろうか。 ◆近く「開設記念行事」がまだ控えているものの、まずは今日、これが今生の別れになるやもしれず、最後のラクダさんを暫し、しんみり眺め。

2015/7/9(木)
これまたえらく久方ぶりに阿佐ヶ谷。今度出た伊丹のフラップダウンのうち、モヒカンだけ予約していて、今度の箱大きいですよ、といって出て来たのが本当に、でかい・・・。 ノートPCでも買いましたか級の大きさは1/72以来だが、上蓋を持ち上げると「32R」と入った滑走路・・・・・の「板切れ」・・・・・と、真ん中にちょこん、 と単体で売ってるヤツの内装に納まった1/200の機体・・・・・なんだこの空気運んでる感は。余白の大きさはデアゴの比ではない。 ◆2001年から始まったこのシリーズも既に60種程を数え、思えば初期には単体で¥3K台だったような気がするのだが、その後金型の改良があり、 さらに扉開けたりエアステア出したり、今回はフラップの細工が追加されていたり等々はあるものの、今や値段的に数倍にまでなっており。 ざっと見たところ今回など「板切れ」に半分くらい取られてそうな感覚すら抱くのだったが、いい加減、こちらの身の丈に合わなくなってきたか・・・。 ◆しかしこの遅れっぷりである。2年。過去には予約すっ飛ばされたのかと問合せたことすらあったが、段々ネットで動向が拾えるようになったので、 今は余裕かまして、あーまたですなってなものではあるのだが、聞いた話から総合してこちらで勝手に解釈したところでは、全日空商事、突出して駄目駄目らしい(笑)。 製造元はずっとヘルパのままなのだろうと思うが、一体どの工程で遅れるのやら・・・・・企画後のオーダー段階か、試作で揉めるのか、歩留まりが悪いのか、 はたまた製造元が簡単に後回しにするような間柄なのか・・・。 ◆1/100の、美保基地50周年のゲゲゲ塗装機が、残ってた。てっきり瞬殺で捌けたものと思っていたが、ひょっこりデッドストックが出て来たというわけでもないそうで。 一反木綿と鬼太郎のマークが小さく訴求力に乏しいのもマイナスだったか。最初空自50周年と混同して、もう60周年来ちゃってるぞと思ったが、美保基地はもう少し新しかったようで。

2015/7/5(日)
久方ぶりに、全日空商事の1/200が出荷の模様。フラップダウンで浮いてるシリーズのいくつか。2013年6月発売予定だった分・・・。


もっと前へ